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トトブログ 巡礼記

時空を超えた自分との出会い

日付は変わりましたが、長岡京を歩く番外編からの続きになります。

 

前日、松尾大社で庭を見れなかったので、行きたい気持ちはあったのですが、さすがに20キロ歩いた後は体が悲鳴を上げているので、朝は少し遅い時間からスタートしました。

 

松尾大社は亀の市というフリーマーケットがちょうど開催されていました。拝殿前に着くと、お宮参りの巫女舞奉納をしているところで、私が参拝したときに、ちょうど巫女さんが鈴で祓いをしてくださっていました。なんとも幸運でした。松尾大社は、庭と霊宝殿が有料なんですが、特徴的なのは神像ですね。これはここでしか見られないものだと思います。私はこの日は白山吹を見たかったんですが、神像もとても良かったです。

 

かつては磐座まで参拝できたそうなんですが、今は倒木等の影響で登拝できなくなっています。それでも登拝口のところに立った時に、スーッと御神気がやってきました。こちらは温かい男性的エネルギーだった気がします(ということは大山咋神様なのかな)。そして、それは滝御前の前に立った時にもやってきました。市杵島姫命かどうかは分かりませんが、滝御前は思い返すと女神様のエネルギーであった気がします(写真を拡大したら御祭神は罔象女神でしたね。女神様というのは間違いではなかったみたいです)。

 

人が多かったので、一つずつはゆっくり、お参りできなかったんですが、私はこの日は前日以上に、はっきりと歓迎してくださった、という感覚がありました。ありがたいことです。

 

 

 

 

この日はちょうどフリーマーケット亀の市の日でした。

 

 

 

 

 

 

 

庭の奥の通路の奥に咲く白山吹。

 

 

 

 

 

滝御前。

 

 

 

 

 

そもそも、この日は木嶋坐天照御魂神社の三鳥居に行くというのがメインだったんですが、そこから少し予定が変わってきました。どうせなら歩けそうと思ったので、途中の梅宮大社にも寄ることにしたんです。ところが、ここがすごく大当たりでした。とにかく庭の花が素晴らしく美しかったです。

 

梅宮大社の山門の前に立ったとき、不思議と懐かしい感覚がありました。ここは橘氏系の神社ですが、私の記憶では、全然、どういう関係があるのか、分かりません。ただ、懐かしいな、とだけ感じました。

 

 

 

 

 

 

 

境内にはいたるところに神社の飼い猫ちゃんたちがのんびりしていました。猫カフェもいいけど、梅宮大社もいいです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梅宮大社を後に、太秦に向かって行ったんですが、その途中で大原大神・三光大神・白春大明神の祠と、一緒に祀られているという、本瑞寺内にある船着大明神が気になりました。それぞれの前で身滌大祓を唱えました。何かのお役目だったんでしょうか。

 

 

 

 
まだこの日も続きます。

 

長岡京を歩く1長岡京を歩く2長岡京を歩く3の続きです。

 

長岡京駅(JR)→神足神社→長岡天満宮→寂照院(海印寺)→走田神社→乙訓寺→角宮神社→向日神社→大歳神社→八幡神社(長峰八幡宮)→正法寺→大原野神社→樫本神社→月読神社→松尾大社→松尾大社駅(阪急)(太字が今回のところ)

 

大原野神社からは意外ではないですが、バスも少ないし、他に交通機関もないので、歩いてもそんなに変わらないだろう、ということで、次の月読神社を目指します。

 

 

 

 

神社は基本的に夕方以降にお詣りするのは良くないとは思っているのですが、今回はこの夕方の時間で良かったな、という感じでした。これは月読命の特徴なのかもしれません。昼と夜の端境というのが意味があったようです。これも今、思いついたように書いているので、どのような意味があったのかは分かりません。

 

ここには聖徳太子社がありました。太子はお寺に祀られていることは珍しくないけど、神社に限定すると、私がパッと思い出せるのは森ノ宮神社くらいです。四天王寺が最初にあったところですね。不思議なご縁を感じます。

 

案内板によると、月読神社は、壱岐島からやって来た壱岐氏が祀ったそうです。壱岐島に月讀神社があり、そこが全国の月読神社の総本宮になるようです。なぜ、壱岐島で託宣があって山城国に社を建てることになったのかは謎です。壱岐島の月讀神社からの勧請でもないんですよね。摂社の御舟社もかなり重要で、海上守護のご利益があるようです。壱岐島との繋がりを考えれば、宜(むべ)なるかなという気もするんですが、私の感覚だと、宇宙船っぽい岩舟に通じるなという印象を持ちました。この摂社の御祭神は天鳥船命なんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖徳太子社

 

この角度からのこの空の青さがこの時間!ということを一番表している気がします。

 

 

 

御舟社

 

美しい白椿。

 

松尾大社に着いたのは16時30分を回っていたので、庭園の方を見ることは出来ませんでした。ただ、陽が沈むタイミングで来たということも意味があったようです。境内には、ちょうど山吹が見ごろでした。白山吹も庭園で開花中らしいので、これはもう一回来たいなと思いました。こんな時間でしたが、神様からは歓迎されていたと思います。御祭神の大山咋神は、私の中では厳しい神様のイメージでしたが、全然、そんな雰囲気ではなく「またおいで」という優しい感じでした。何か宿題が残ったような、そんなラストでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 摂社は奥から衣手社、一挙社、金刀比羅社です。御祭神は羽山戸神、一挙神(素戔嗚尊の別名?)、大物主です。羽山戸神は初めて聞きましたが、大歳神の御子神で、大山咋神の兄弟のようです。

 

 祖霊社

 

 

 

 山吹のなかになぜかお地蔵さん

 

 

 

というわけで、1日で神足神社から始まった長岡京を歩く旅、ほぼ大原野神社でミッションは終わっていたと思いますが、次回の宿題をいただく形でラストになりました。正確に測ったわけではないですが、総距離は20キロを超えていたと思います。

 

次の日は、再び松尾大社に行ってから京都を歩きましたので、もう少し続きます。

長岡京を歩く1長岡京を歩く2から続きます。

 

長岡京駅(JR)→神足神社→長岡天満宮→寂照院(海印寺)→走田神社→乙訓寺→角宮神社→向日神社→大歳神社→八幡神社(長峰八幡宮)→正法寺→大原野神社→樫本神社→月読神社→松尾大社→松尾大社駅(阪急)(太字が今回のところ)

 

大歳神社を出た私は、正法寺にまっすぐ向かうのではなく、近くの八幡神社(長峰八幡宮)に向かいました。ここも式内社で古い神社なのですが、御社はかなり傷んでいました。前に立って身滌大祓を唱えました。訪れたときには気が付かなかったんですが、拝殿の下のところの石が石室になっていて、古墳になっているようです。古墳の鎮守社だったのかもしれません。ここが大歳神社に合祀された石作神社の旧鎮座地という説もあるようですね。

 

 

拝殿の斜め右奥のこのあたりに私は力を感じました。

 

楠のご神木がすごく立派でした。不思議と見上げたときに陽の光が差し込むタイミングなんですよね。

 

正法寺に向かう道すがら、ちょうど八幡神社の後ろのあたりです。

 

長峰八幡宮を後に正法寺に向かいます。もともと、私の中のタイムスケジュール的にはさらっと立ち去るつもりだったんですが、あまりに宝生殿の縁側から見る庭園(鳥獣の石庭)の居心地がよく、ついつい気が付いたら一時間くらいはいたと思います。ちょうど桜が散り際で最後のタイミングでした。まさに桜が舞っていたんですよね。

 

ここの仏像、十一面観音や不動明王、薬師如来もパワフルだったんですが、珍しい走り大黒様がいらっしゃいました。また曼荼羅もありました。そして、児玉義隆先生が書かれた梵字についての著作がいくつか販売されていて、そのうちの一冊を求めてきました。これが学識のある書き方でした。児玉先生は住職なのかなと思ったのですが、種智院大学の副学長をなさっているみたいですね。正法寺との関係は分かりませんでした。このほかにも宝生殿にはたくさんのパンフレットが置かれていて、少しずつこのお寺や仏教に自然に入っていけるような、そんな心配りが随所に見られました。

 

正法寺の正面。

 

梅林

 

 

 

 

 

 

 

観音の滝

 

春日稲荷尊

 

 

 

正法寺を出ると、目の前に大原野神社があります。奈良から長岡京に遷ろうとしたときに、藤原氏が春日大社から勧請して作ったとされています。応仁の乱によって衰退していたようですが、近世に再興されています。奈良時代からの歴史が書かれたものの記録として残っているため、注目されますが、1万年以上前の石器もこの近辺から発掘されているそうで、古くからこの地は開かれていたと思われます。


この地はまるで清らかな庭のような場所でした。自然と人間が作ったものが融和しているそんな感じです。この美しさに言葉は不要ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大原野神社の摂社になっている樫本神社

 

 


樫本神社に寄りました。この屋根の形状は、冬の雪に備えたものなのかな。あまり感じたことない雰囲気の神社でしたね。仁徳天皇を祀っています。なんでも仁徳天皇の崩御後の争いの中、一部の逃げて来た人たちが分霊を祀られたのが創始とされています。でも、高津宮とかとは大分、雰囲気が違いましたね。難波ではないからかな。超古代と、春日大社が分霊でやってくる前までの間は、中核的な神社だったのかもしれません。


さて、ここからバスがなかったので、めちゃくちゃ歩きました。