さすがにこれは誰にも信じてもらえないだろうなと思いながら、備忘のために書いておきます。
ある女性二人から御神託で素戔嗚尊からフゴッペ洞窟の場を昔のように調えてくれと聞いたので、12月の1週までは空いてるけど、その後は冬季休みみたいですね、と検索して話したら、行けますね、と返されて、マジ!?ってなりました。北海道はもう雪が降ったとも聞いていましたし、この2ヶ月は1年の中で死ぬほど忙しいのです。雪の運転だったら、マジで嫌だなと不安に駆られながら、行って来ました。結果的にはまったくの杞憂でした。なんなら寒くなかった、車のエアコンを切るくらい笑。
旅自体はいろいろあったんですが、今日はそのうちの御神事の部分だけ書いておきます。と言っても、何をやるのかは予め聞いていませんでした。すごく古い時代、フゴッペ洞窟で祭祀をしていた村の村長(妻子を司っていた人)であった過去生が私にはあるらしく、それをまたやってくれ、ということでした。
フゴッペ洞窟はこの博物館の中にあります。
フゴッペ洞窟は意外と人が来ていました。係の人と少しお話しすると、今日は連休だからだろうということで、いつもはそんなにいないのかもしれません。洞窟の中で岩や古代文字(絵ということになっていますが、私は文字だと思っています)と共鳴して少しエネルギーを調えましたが、全然、これで終わった感がありません。ただ、この博物館ではいくつかの情報を得ました。その一つは、ここが西崎山環状列石(ストーンサークル)を推していること。もう一つは、かつてフゴッペ洞窟は後ろがもっと大きな山(名前は博物館の展示に書かれていたのですが忘れました)だったが、鉄道を通すことでそれを壊してしまったこと(そのおかげで発見されたのですが)、です。実は、そう何度も訪れないだろうと思って、事前に当然Googleマップで検索をしていたのですが、そのときに気になったのはいくつかあるストーンサークルで、特に西崎山環状列石と忍路環状列石が気になっていました。近くの地鎮山環状列石も行きましたが、あまりピンとは来ませんでした。
西崎山環状列石に行ってみると、ピタリのタイミングでした。ここに太陽が照らされています。
西崎山環状列石の向こうを見ると、はるか遠くに見える山(尻場山という名前は後から調べて分かりました)、手前がフゴッペ洞窟がある山です。
ここに立って気が付いたのは、かつてはシリペ岬、フゴッペ洞窟のあったかつての山、西崎山が連なって、天と地をつなぐエネルギーセンターになっていた、ということです。たしかに、フゴッペ洞窟のあったかつての山のところのエネルギーが崩れていると感じました。これには物理的な問題も大きいのですが、フゴッペ洞窟の考古学的な価値を守ろうとして来た現代の人々のなかにこの山を鉄道で壊したことを残念に思ってきた影響もあると思います。自分で書いていて、本当?と思うので、これを読んでくださっている方が信じられないと思っても、そりゃそうだよねと思うのですが、一応、フゴッペ洞窟のあったかつての山全体のイメージでエネルギーを調えて、シリペ岬、フゴッペ洞窟のあったかつての山、西崎山のエネルギーを繋がるように意識しました。自分の感覚では出来たなと思ったので、次に移動したんですが、終わったときもこれ人に行っても絶対信じてもらえないだろうと思ってました。今、これを書くにあたっていろいろ調べてみると、シリペ岬もかつては古代祭祀の伝説があるんですね。
順番としては次に地鎮山環状列石に行きました。ここは墓穴が出てきたということで、今では墓所のように考えられているのですが、私の感覚では墓所になったのは後代でもともとの祭祀場のところに誰かを葬ったのではないかと思っています。ただ、あまりピンときませんでしたので、写真ものせていません。次に、忍路環状列石に向かいました。
忍路環状列石はこの写真なんですが、着いて早々???あれ、並び方がおかしいと感じました。そこにある説明書きを読むと、少し並べ方が変えられたとのこと(ダメじゃん)。
忍路環状列石を後にして、忍路神社に向かいました。その途中で竜ヶ岬を見ました。忍路神社はこの岬を遥拝するように立っていました。なるほどなるほどです。
この山が何かは分からないのですが、おそらくは塩谷丸山ではないかと思います。
この塩谷丸山、忍路環状列石、竜ケ岬の並びがおそらくは、シリペ岬、フゴッペ洞窟のあったかつての山、西崎山と同じようにかつて古代祭祀が行われていたエネルギーセンターだったのではないかと思いました。こちらはエネルギーを調えるという必要はなかったので、意識だけして終了です。検索すると、塩谷丸山は明治以降、本州で禁止された修験の行者たちがやって来た修行していたようですね。それ以前もなんらかの祭祀はあったのではないか、と。
私はおそらく修験をやっていた過去生もあるのですが、最近、修験にも限界があるよなと感じていて、私は今生であまり修験の行をやろうという気にはならないんですよね。山は結構、歩いていますが。今回の旅は、修験よりもはるかはるか昔を思い出す旅であったのかもしれません。








