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トトブログ 巡礼記

時空を超えた自分との出会い

2日目の朝は6時前からスタートしました。実はこの前日は21時前に就寝して、途中で2回、目覚めたもののこんな長時間寝たのは若い時以来(かどうかは分かりませんが、そんな気持ち)です。そういえば、前々日、旅行の前の日は2時間ちょっとしか眠れなかったんですよね。浮浪の滝・蔵王堂とか、立石神社からバンバン、エネルギーが降り注いで来てたんです、行く前から(笑)。とはいえ、こんなに寝たのはエネルギーを使ってたんでしょうね。

 

最初は宿の隣の隠ヶ丘(隠岳神社)からスタートです。ここは素戔嗚尊が神魂を柏葉として飛ばして降り立ったところと言われています。いやー、朝一だったからですかね、御神気が半端なかったです。途中、小さな稲荷社の祠はあるんですが、こちらは神域になっていて、何もありません。でも、素戔嗚尊の魂がある、そんな感じでした。

 

 

 

 

さて、日御碕神社に歩いて向かいます。見えてきたのは経島。一年に一度、日御碕神社の神職だけが島に渡り、ご神事をするそうです。そして、ここはウミネコが集う島のようです。ここの御神気もすごかったです。

 

 

 

 

摂社の宗像神社。

 

 

この宗像神社の前に立つと、女神様がお神酒をご所望でしたので、え?と驚きながら、お供えしました(笑)。とてもお茶目な可愛らしい女神様でした。

 

 

 

有名な楼門

 

隋神門を入ったところからの全景

 

日沉宮=下の宮。

 

門客人社

 

門客人社

 

神の宮=上の宮。

 

 

 

 

 

蛭子社

 

神の宮前から見た日沉宮

 

神の宮前から見た楼門

 

 

 

稲荷社。ここでもお神酒のご所望されました。。。

 

これ、謎にエネルギーがあるけど、磐座でもないし、何だろうと思ったら、神紋石舎で柏葉の化石でした!

 

御井神社。

 

荒祭宮

 

荒祭宮。

 

十九社摂末社

 

宝庫。なぜかこの前でこっそり般若心経を唱える私。

 

荒魂神社。荒魂の社が二つもあるの不思議ですね。

 

日御碕神社は正直、今まで行ったことがないタイプの神社でしたね。海の神社であり、山の神社でもある。祀られているのが天照大御神と素戔嗚尊でした。私は今回はスサノオ様に焦点を合わしていったので、海の方の天照大御神にはピントが合っていませんでした。それはそれでよいのです。なんか時期的にも今回じゃない気がしました。まあでも伊勢神宮とかの天照大御神とは違うエネルギーだった気がする。もっと軽やかな感じ。

 

実は、私は出雲のことを今回の準備をするまでほとんど知らなかったんですが、8月末の岡山巡礼で「あ、これ、出雲もいけるじゃん」ってなり、ちなみに今回で「あ、これ、北九州もいけるじゃん」になりました。でも、出雲大社の名前は知っているので、その周辺をGoogleマップで検索したときに、あ、ここ!と思いました。そして、泊まる場所も日御碕を選んだわけです。出雲大社には朝のうちに行きたいなと思ったこともありましたが、直観的に日御碕は重要だと感じました。夜を見守る宮の近くで夜を過ごすことにしたのも、なかなかなめぐり合わせでした。

 

あ、あと、美保神社と対になってるな、というのは感じました。両方、行けてよかったと思います。

 

 

 

鰐淵寺から次は一路、その日の宿を目指します。日御碕の民宿に宿を取りました。その途中、伊奈西波岐神社があったので、寄りました。実は下調べをしているときに気になったのですが、忘れていました。通りかかったとき、時間的には夕方だったので微妙ではあったのですが、そうそう来るチャンスもないだろうということで、寄りました。

 

ここの神社、今に至るまでよく分かってなかったのですが、調べると、御祭神は稲背脛命(いなせはぎみこと)。神社の名前がまさにそのものですね!Googleで神社の前に大名持がついているのは、そういう前の古社と比定されるからで、現在は単に伊奈西波岐神社となっていました。出雲大社の境外摂社ですね。稲背脛命は出雲の国譲りのときに大国主命が息子の事代主に意見を求めるときに送られた使者であったそうです。景色のきれいなところだな、という印象しかない。でも、ここと次の日に行った因佐神社(速玉社)は、行くことに意味があったんだろうなとは思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鰐淵寺から日御碕まで意外と近く、宿についたときはまだ17時過ぎだったので、お風呂を沸かしてもらいながら、夕飯は18時30分からで、灯台の方を散策してきました。この辺の雰囲気を知るためです。車で向かっている最中、一瞬、太陽が見えたときにはマジ!?これで日の入りが見れたら最高じゃない?と思いましたが、さすがにそこまでは無理でした(笑)。

 

日御碕灯台

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠くから経島が見えました。神聖な感じはしたのですが、このときは何かよく分かってませんでした。

 

宿でメチャクチャ、豪勢な夕飯をいただいた後、部屋に戻ろうとしたら、海底神殿のパンフレットが置いてあったので、一部いただきました。沖縄とかの超古代という話ではなく、どうも日御碕神社の海底神殿が眠っているらしいのです。昔は海面がもっと下だったのでは?という気が今したんですが、それは野暮というもので、何かわからない神秘的だなあというロマンに浸っていました。その方が楽しいですよね。

 

忘れないうちに、どんどん書いときます。

 

 

本当は韓竈神社に行きたいと当初思っていたんですが、調べると、鰐淵寺の方を逃したくないという気持ちが強くなって、こちらを先に優先させて行くことにしました。そしたら、ちょうど鰐淵寺から韓竈神社のある唐川という地域に直接行ける道が通行止めになっていたこと、残りの時間を考えて鰐淵寺の時間を大切にしようと思い、こちらだけ行きました。

 

鰐淵寺は杵築大社(出雲大社)の神宮寺だった時期が長く、中世から近世は杵築大社の御祭神も素戔嗚尊であったと言います。出雲大社の御祭神が現在の大国主に変わった、すなわち、戻ったのは近代に入ってのことです。そして、これを神仏混交以前の純然たる神社の形式に戻ったと理解されています。ただし、出雲口伝では、本当は最初、スサノオを祀りたかったけれども、中央から許可が出なくて、大国主になったとされています。鰐淵寺の中世の信仰については、気になった研究の本を取り寄せて、明日届く予定なので、また考えてみます。そして、ここ十数年で基礎的な鰐淵寺文書を整理する研究も進んだみたいですね。個人的にはこの研究書も読みたいんですが、そこまでやり始めると沼だからな(笑)。

 

私がもう一つ気になったのは、摩陀羅神社の摩陀羅神です。これを観月まひろさんのエントリで知り、桜井識子さんが紹介していたことも知りました。まひろさんが行かれた時は滝の水が落ちていて、識子さんのときには水がほとんどなかったそうです。滝を見たいなと思いつつも、晴れの天気を選んだから、あきらめていたんすが、当日は雨が降ったので、むしろ滝まで参拝してよいのかどうかでした。受付で聞くと、もうこの日、既に参拝した人がいて、大丈夫ですよ、とのことでした。でも、まずはお寺から参拝します。

 

鰐淵寺はおそらく盗難にあったこともあってだと思うのですが、境内のあちこちを見て回れる感じにはなっていません。でも、ここはとにかくエネルギーのきれいなところでした。そもそも駐車場からお寺までの道も最高なんですよね。桜井識子さんの本によると、摩多羅神は中国の神様で、円仁さんが連れてきたそうです。実は、慈覚大師、円仁さんのことをよく私は分かっていなかったのですが、このシリーズの最初の大山寺を書くとき検索してたら、阿弥陀堂も円仁さんが建てたんですね。天台宗は縁が深い。ちなみに、私は天台宗だと、元三大師にひかれていて、最近、思い出したんですが、私はてっきり去年、日吉大社や横川で初めて出会ったと思ったら、四天王寺で一番好きなお堂が元三大師堂でした。全然、一致してなかった(笑)。

 

仁王門が見えてきました。

 

 

 

 

 

根本堂に至る前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

根本堂にあがっていくところ。

 

根本中堂。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気になったお不動様

 

摩陀羅神社

 

 

 

 

 

浮浪の滝への道

 

意外と階段を上っていきます

 

浮浪の滝!

 

浮浪の滝のところには蔵王堂があります。この前で私は御神酒を献上して、般若心経をあげました。そうすると、実はここは滝と蔵王堂を囲む岩で音が反響して、自然にお経が倍音になるんですね。蔵王堂に座って、お経を唱えたらなおさら、そうだっただろうなと思います。持っている装備的にも心許ないし、時間も16時を回ったところだったので、お経をあげているところを録音することは出来なかったんですが、心には残りました。

 

桜井識子さんが何もない平地で転んだということを書かれていて、滝の水が清浄であることを気づかされるためと摩多羅神さんが大笑いされたエピソードも本では紹介されていたので、私も笑いながら「えー、そんなことある?」と思ってましたが、動画の一つ前の写真の階段の真ん中辺のところで、止まってスマホで予定を確認しているときに、見事に私も転びました。転んでる最中の本人はメチャクチャ焦ります💦天地がひっくり返ったかと思いました。きっと大笑いされたことでしょう。