トトブログ 巡礼記 -21ページ目

トトブログ 巡礼記

時空を超えた自分との出会い

スピリチュアル界隈だと、圧倒的に女性が多いので、やはり男性に出会うことは少ないという印象があります。もちろん、そういう出会いがないわけではないのですが、やはり関心を持っているのは女性だなあという感じがあります。

 

今までの時代は、女性が男性を立てる、ということが長く続いてきましたが、今後は女性のなかの神聖性を男性が支える、という古代と同じ時代がやってくると思います。今回、高市早苗さんが総理大臣になって、女性性の時代=女性とイメージしやすいのですが、実はこれからの時代が開かれていくための難しさは逆説的ですが、真の男性性の実現なのです。

 

私の中のイメージで言うと、真の女性性はゼロ(原典の神聖)に戻ることであり、真の男性性は経験を積み重ねて神聖にたどり着くことだと思っています。もちろん、女性がゼロに戻ることだってそう簡単ではありません。ただ、スピリチュアルな分野では、女性がゼロに戻るための方法は結構たくさん開発されていて、それを実践できている巫女的な方も少なくないと私は思っています。しかし、それに比べると、真の男性性というのはなかなか見えにくくなっているなと思います。

 

こういうのは知識で知っていても、実際はよく分からないものです。本当の意味で分かるためには、本物に触れるしかないと思います。ただ、そうはいっても、身近に本当の男性性を実現出来る男性がいるかと言われるとなかなかそういう機会に触れられる人は少ないかもしれません。

 

ですが、今の時代を生きる我々には幸いにも一人のアイコンがいます。大谷翔平選手です。子どもたちに夢を与える、仲間を奮い立たせる選手というのは、今までも私たちは見てきました。しかし、対戦相手やそのファンさえも愛するその姿勢は、今までの先人たちとは次元が違います。私は最高レベルの人たちによる本当の切磋琢磨を大谷選手を通じて初めて見ることが出来たようにも思います。とても雑駁な言い方ですが、大谷選手の人間性を称えるエピソードの中にこそ、真の男性性があります。それは難しい宗教書を紐解くよりも、確実に真の男性性に触れられる道である、と私は思います。

 

 

といっても、私はたまたまこうです、というだけの話なんですが、これを読まれた方も同じような感覚お持ちだったりしますかね。

 

私はお経については、おそらく真言宗系の調子が合っています。般若心経とか、宗派によって少しずつ唱え方が違うので、いくつか動画を比較したこともあるんです。

 

もう少し正確に言うと、最初は誰のものを見なくても、素人なんだし、自分で読めばいいだろうという感覚がありました。唱える数が増えてきて、自然になってきたというか、自分の中でしっくり来る唱え方が見つかってきたんですね。少し前にある人と交流する中で、観音経を練習しようと思って、それでYouTubeで探してたんですが、たまたまそのお坊さんが真言宗で、しかも2、3回練習したら、私もほぼ出来たんです。これには驚きました。というのも、私は歌とか、音でコピーできるタイプではないし、なんなら人より時間がかかるので。

 

驚いた私は、他でもこういうことはあるのかと思って、いろいろ動画を探したんです。他宗派のものも観たんですが、どうもしっくり来ない。それで、自分は真言宗のお経の唱え方が合ってるんだと思うようになったんです。

 

これを書きながらいろいろ思い出したんですが、子どもの頃、なんでうちは浄土宗で、真言宗じゃないんだろう?真言宗の方が良いのにと思ってたことがあって、今から考えたらそれも不思議なんですよね。たしかに、母の実家の近くに等々力不動があって、子どもの頃、お不動さんや稚児大師御影堂が好きだったりしたことはあったんですが、基本的に真言宗の知識なんてないんですよ。ここ数年、弘法大師に導かれるように、いろいろなところに行っていて、真言宗に縁があったんだろうなという感覚はあって、過去生にそういう経験をしていました、という話だったら、ことは単純なんですが、実は他にも続きがあります。

 

というのは、浄土宗にも実は縁がある、ということなんです。これもその人と話をしながら思い出したんですが、私は法然上人の直弟子であった過去生もあったようなのです。その清算はしたので、良いのですが、それをきっかけに結構、思い出す感覚もありました。たまたま増上寺を通りかかったときにお参りしたら、読経が始まって、その歌うような調べを聞いたとき、ああこんなにも繋いできてくれたんだな、という感慨がありました。

 

真言宗にせよ、浄土宗にせよ、仏教の方は実は思い出す感覚があるんですが、神社の祝詞についてはまだ全然思い出せないんですよね。ひょっとしたら、そもそも神官であった経験がないのかもしれません。一応、祓詞と、ここ最近は身滌大祓を唱えるんですが、これっていう節がまだ自分の中で見つからないんですよね。神主さんたちの祝詞はすごく好きですけどね。

 

 

 

 

 

 

 

夏至の日以来の参拝になりました。


熊野本宮で御祈祷を受けたのがきっかけで、大神神社でも受けなきゃ、そして、10月6日にあるセッションを受ける予定なので、それまではこれで本当にとりあえずの完結だと思いました。


祈祷所の前に着いて、説明を聞くと、天壌無窮はないらしく、若いお兄さんは国家安泰か世界平和はと聞くので、世界平和にしました。熊野のときは日本に限定しないでと当初思ってたからです。ただ、神楽奉納を選んだのはなんでなのか。


20分くらい待つと、最初に呼ばれたのですが、もう1人の関東から来た女性と一緒でした。結果から言うと、彼女と一緒に受ける必要があったのだと思っています。その女性はとても深い祈りを持っていました。巫女さんの神楽舞を私は円いなあと思って眺めていました。


幸魂(さきみたま)、奇魂(くしみたま)、守り給へ、幸(さきは)へ給へ。「さきはへ」の発音が「さきあへ」で、抑揚も独特でした。


次は久しぶりのご登拝です。受付時間が9時から10時半までとさらに1時間半短縮されてました。今年は8月は閉鎖していたみたいですね。もともと体調がそんなに良くなかったからかもしれませんが、ご登拝はクタクタでした。出雲や熊野に比べれば、運転もないし、慣れてるしと思ってたら、全然そんなことはなくて、しっかり大変でした。。。このくらいなら、山中のことを書いてないですよね。


御炊社、神宝神社をお参りして、大行事社へ。天皇社は珍しく失礼しました。ここもすごいエネルギーなので、上がって行くのが結構大変なんですよね。成願稲荷を過ぎて木がなくなるあたりで雨でした。午後から晴れと聞いていたのに。でもここまで来たら、行こうと決めました。もともとこの日は大行事社の事代主様に美保のお酒を奉納というか、シェアしたいという気持ちがあったので、とにかく行ってみました。そしたら、大行事社から桜井駅まで、雨に降られることがなかったのです。感謝の前にすご過ぎて引きました😆


一番通い慣れてるので写真が少ない。いつもは選んでるんですが、今回はこれで全部です笑


まほろば、閉店したんですね。後で調べたら、97歳の名物店長が2月に亡くなって、5月に15年の歴史を閉じたそうです。82歳から新しいことをスタートされたことに改めて感動しました。



桜井駅から歩いてきて、最初に出会う三輪坐恵比須神社。






恵比須社の摂社、大物主を祀ります。もともとここは暗い重い雰囲気だったんですが、少しずつ明るくなってきた気がします。




大神神社一の鳥居。


おんぱらさん。祓戸大神、瀬織津姫を祀っています。ここで身滌大祓を唱えます。


若宮社。元神宮寺大御輪寺。ここは仏教と神道の空気が入り混じってるんですが、今日は仏教の雰囲気だったので般若心経を唱えました。




大神神社二の鳥居


祓戸社


拝殿


磐座神社


市杵島姫神社


狭井神社


巳の神杉






御炊社。拝殿の手前で客殿の方に向かい、参道に並行する道を戻っていくと現れます。御祭神は御炊屋姫命。饒速日の妃神です。




神宝神社




大行事社