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トトブログ 巡礼記

時空を超えた自分との出会い

年末に寒川神社にお参りに行ってきました。車や自転車(ロードバイク)で行ったことはありましたが、初めて相模線で行きました。年末だから混んでいましたね(年始はさらにすごかったようですが)。

 

摂社の宮山神社。Youtuberの方が何人か紹介されていましたが、たしかに力の強い神様という感じでした。

 

宮山神社の境内で私が気になったのは、むしろ、こちら。平和塔「和光」のモニュメント。第二次世界大戦の終戦20周年を記念に作られたそうです。身もふたもない言い方をすると、平和モニュメント系はみなさん願掛けしようとしないで、平和を祈るからだと思うのですが、エネルギーがきれいですよね(笑)。

 

 

こちらは神仏分離令の後、唯一残った寒川神社と縁が深いお寺、西善院です。もともとは祈願寺だったようですが、周囲のお寺が廃寺になったのを引き受けたりしたようです。護摩木があって、私は普段、願掛けをしないので、気にしないのですが、ここではふと「世界平和」にしようかなと思ったら、前にあったお二人も「世界平和」と「世界が平和でありますように」とあったので、私も後者の文言で書いておきました(300円です)。なんかここで繋がれたのはすごくうれしい。

 

寒川神社は(今生的な意味で)懐かしいので、ただ味わって帰ってきました。ご祈祷もお守りを買うところもすごい列だったので、もう少し落ち着く春より後で、神嶽山神苑がオープンになるタイミングで御祈願もしたいと思います。そのときによってですが、なんとなくこの流れだと「世界平和」かな。

 

 

 

 

力強い狛犬さん。

 

 

 

 

 

 

 

藤沢で昔通っていたお店に行こうとしたら、年内のランチを終了していたので、そのままバスで長谷まで移動してきました。ここは初めて行った甘縄神明宮という神社。Googleマップで検索したのですが、なぜか気になったので参拝しました。でも、よく考えたら、鎌倉・江ノ島を検索することなんてほぼないのに、わざわざ検索してここにたどり着いたのにはご縁を感じます。ここは天と地(そして海)をつなぐ場所という感じが強いですね。エネルギーを通しました。

 

甘縄神明宮は正式名称は甘縄神明神社なんですが、私はこちらの呼び方がしっくりきました。Wikipediaの記事がとても良かったです。行基の創建説と、平安時代に鎌倉景政によってこの地域が開発され、伊勢神宮に寄進されたため(大庭御厨)、「伊勢の別宮」として作られたのではないかという説があるようです。個人的には、行基の創建もあり得ると思うけれども、中世に中興され、そのときに「伊勢の別宮」というか、鎌倉出張所的な位置づけになったのかなと思いました。


改めて行基を調べてみると、すごいですね。でもこの規模で活動していたなら、もうそれはプロジェクト行基で、行基の名前で創建とされているのは、行基組の弟子の誰かが下調べして作ったか、最後だけ行基が確認しに来たのかという感じになりそうです。この方式ならば、信じられないくらいの全国の行基所縁の神社仏閣の数も別に不可能ではないと思います。

 

参道から甘縄神明宮を見る。

 

 

 

なぜこの写真があるのか分からないですが、拝殿の横できれいだったからだと思います。

 

境内からは海がきれいに見えます。

 

長谷寺に向かいます。長谷寺はシンプルに長谷観音が好きだから、お参りに来たかったんです。今回は弁天窟も回りました。そして、かきがら稲荷、阿弥陀堂、長谷観音、観音ミュージアム、長谷観音とゆっくりお詣りしました。観音ミュージアムではいつもの御前立の十一面観音立像の他にも御後立の十一面観音立像、大黒天像、八臂弁財天像などもありました。

 

 

かきがら稲荷大明神。

 

長谷寺から三浦半島方面です。

 

 

 

長谷駅の混雑がすごいので、極楽寺まで歩くことにして、帰りに御霊神社も寄りました。ここの御祭神は鎌倉(平)景政。大庭御厨を寄進した人物です。そういう意味でここは地主神ですね。ここは鳥居前の江ノ電の風景が美しいので、写真を撮りに来る人が多すぎて、境内での写真撮影があるときから禁止になりました。残念ですが、仕方ない。海街ダイアリーの舞台にもなっていますね。その海街ダイアリーの主人公たちが何度か食べている力餅、私も好きなので買おうと思ったら、売り切れでした泣。

 

御霊神社、御嶽神社と石上神社の背後の石のところもパワーがあります。石上神社と聞くと、石上神宮由来なのかなと思ったら、ここは全然、関係ありませんでした。でも、大事なところです。

 

この踏切が人気スポット。

 

力餅屋を曲がって、極楽寺の切り通しの手前にある虚空蔵堂。ここは私は昔から好きなところです。あら、調べたら、こちらも行基のゆかりのお寺なんですね。忘れてました。というか、行基、空海、役行者は数が多すぎて、覚えられません(笑)。

 

腰越で降りて、途中の魚屋さんでしらすを買ってから、龍口寺に来ました。龍口寺に来たら、いつも通っている御煎餅屋さんでざらめの御煎餅を買って帰ります。昔、友人と来た時に、彼はいろんな御煎餅を買っていきましたが、一番はざらめと言っていました。もちろん、私も以前、いろいろ比べて、最終的にここのざらめが至高と結論するに至りました。江ノ島に行かれた方はぜひ。

 

 

 ここは元々滝の口刑場があり、この洞窟に日蓮が捉えられていたと言います。ところが、処刑寸前に、、、とここからは調べてみてください。


 

私が一番好きな浄行観音。日蓮宗ではよく信仰されているそうです。私はマリア観音と同じエネルギーを感じています。

 

 

 

 

この日は江ノ島にも行こうと思っていましたが、時間的にも体力的にも無理だったので、あきらめました。

 

 

年末に氷川三社を歩いてきました。当日の行程は次の感じです。

 

氷川神社(松尾神社、天津神社、氷川稲荷神社、猿田彦神社、宗像神社、舞殿、拝殿、蛇の池、御嶽神社、門客人神社)、諏訪神社、中山神社=中氷川神社(稲荷大明神、氷川荒脛神社、本殿、旧本殿、大黒様と弁天様の御神影パネル)、氷川女體神社(本殿、神明社、今宮神社、石上神社、坂東神社、住吉明神社、天神松尾神社、覺明霊社・一山霊社、御嶽神社、稲荷社、稲荷社2つ目、龍神社、宮本弁天社、磐船祭 祭祀遺跡)、大牧氷川女體神社、大間木氷川神社

 

氷川神社は言うまでもなく、武蔵国の一之宮ですね。明治になって天皇が江戸に入るにあたって最初に来たのが大宮の氷川神社でした。そこまでは知っていて以前も参拝したことがあったんですが、実はこの氷川神社長い間、三社セットで一之宮と呼ばれていたことがあったんですね。そこで、今回はちょっと長いなと思いつつ、三社を歩いて行きました。

 

 

 

松尾社。何か祓戸社のような役割かなとも思います。早く松尾大社にも行きたいですね。

 

天津神社。少彦名を祀ります。

 

宗像神社

 

氷川稲荷社。

 

氷川稲荷神社の手前にある猿田彦。庚申塔みたいなものかな。

 

美しい手水舎。

 

早くもお正月モードの先取りで、混んでいました。

 

 

 

蛇の池。ここから氷川神社は始まったと言われています。数年前に行ったときに比べて、雰囲気が明るく、というか、軽くなっていました。以前は原始の雰囲気を残していましたが。

 

手前が御嶽神社、奥が門客人神社。門客人神社の方がエネルギーがないと思っていたら、あとで調べたら、こんな経緯があったんですね。現在の御祭神の足摩乳命・手摩乳命というのは稲田姫の両親で、私は出雲の八重垣神社で初めて知りました。ただ、八重垣神社の御祭神とは雰囲気が違うなと思いました。アラハバキだったのかというのが私の感想ですが、この神様は私にはまだよく分かりません。名前はもちろん知っていますが。

 

 

 

諏訪神社。

 

この諏訪神社はお寺の雰囲気だと思ったので、この前で般若心経を唱えたのですが、あとで調べてみると、別にお寺であった歴史はなさそう。なんでだろう。鳥居は両部鳥居ですけどね。

 

中山神社。

 

摂社の稲荷神社の方から入りました。

 

稲荷神社の後ろにある謎の石です。個人的には、稲荷神社の社殿よりもこちらの方が本体という感じがしています。

 

ここに荒脛神社がありました。氷川荒脛神社といい、氷川の中で名前が残っているのはここだけのようです。参考になったブログをあげておきます。このRIOさんの記事は氷川女體神社の部分も含めてとても勉強になりました。

 

拝殿。この裏に旧本殿が保存されています。写真はないのですが、私が中山神社で御神気を感じたのは、その旧本殿の前で身滌大祓を唱えていた時です。左側の木々の上の方に龍神の気配を感じました。なんかぬるっと覗かれている感じでした。

 

 

御神影。

 

御神影。私は一回次の場所に向かおうとしていたのですが、気になって戻って来て、こちらの弁財天の御神影写真を求めました。そしたら、わざわざその場でご祈祷してくださいました。素晴らしすぎて、やや申し訳なくなってしまいました。

この二つの御神像は、倒木したご神木から作られたようです。弁財天はかつて見沼に祀られていたらしい。

氷川女體神社の鳥居。

 

氷川女體神社

 

拝殿。氷川神社が男体宮、氷川女體神社が女体宮と呼ばれていたのはよくわかる気がします。氷川神社が男性的なエネルギーだったのに対し、氷川女體神社はどう考えても女神的な女性エネルギーです。

 

氷川女體神社の特徴は、この境内末社に番号が振ってあって順番に回る形になっています。私は最初の1から4くらいまでのちょうど本殿の左横の部分は少し仏教的な空気も感じました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不思議なご神木?

 

これもまた不思議なご神木。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宗像神社。12番目ラストです。

 

古代祭祀跡。

 

 

 

大牧氷川女體神社。氷川女體神社の御祭神の御子姫を祀ったともいわれています。ただ、往時の氷川女體神社の境内地ははるかに広大だったので、もとはこのあたりも氷川女體神社の境内だったのではという気もしています。

 

本殿。

 

大間木氷川神社。氷川神社の系統はたくさんあるのですが、たまたま歩いていて、すごいエネルギーだったので寄ってみました。

 

 

 

この本殿は、氷川神社の本殿を江戸時代に買い受けて建てたものらしいです。この日のラストに素戔嗚尊と繋がる機会をもらえた気がします。

 

今回、初めて氷川三社を回って思ったことは、古代の見沼の歴史を今に継承しているなということです。同時に、大宮の氷川神社だけではそのことは分からなかったなと感じました。御祭神を見れば、出雲族の影響が大きいことは明らかなのですが、それ以前の見沼(何万年も前には東京湾の入り江だった)の時代からの祭祀も重ね合わさる気がしました。特に、中山神社と氷川女體神社の龍神伝説、それから氷川神社の蛇の池、門客人神社の歴史からもそのことを感じました。私は大阪の八十嶋祭が廃れていったのも、大阪平野が成立したことで八十島のリアリティが失われていったことも影響していると考えているのですが、この地域にもそのことを感じました。ただ、この地域では2000年から祇園岩船龍神祭を開催していて、新たな形で伝統を継承しようとしています。氷川女體神社は歴史的にも仏教の影響が強かった時期もあるようで、幸い、その文化財も残されていて、実際、降り立ってみると、複雑なミルフィーユのような信仰の層を感じられました。氷川三社、古代から続いている神社ですから、時代によって権力を大きな影響を受けて来たのだから、当然ですね。

 

それはそれとして、このエントリを書くにあたって、何人かのブログを読んでみたら、誰も歩いていなかった!みんなバスに乗るんですね。。。でも、最後の二社は歩かなかったら見つからなかったので、それはそれで良しとしよう。

 

追記 そういえば、素戔嗚様も大国主様も龍神伝説があるのですが、中氷川神社で出会った龍神さんはそのお二人とは別の龍神、この地方に古くからいる龍だなと感じました。ずっと、中山神社に常駐しているというよりは、おそらく身滌大祓の祝詞を唱えたので顔を出してくださった、ということかなと思います。もっと自由にこの地域を泳いでいる気がします。地形が変わってもそれが可能なのは、龍神自体の強さと、この地域の人々の信仰もありそうです。

一日、東京を歩きました。

 

とりあえず、リスト化すると、こんな感じです。

 

靖国神社、東京大神宮(飯富稲荷神社、本殿)、白菊稲荷神社、築土神社(本殿、世継稲荷神社)、太田姫稲荷神社、神田明神(石獅子、籠祖神社(合祀殿)、末広稲荷神社、三宿稲荷神社・金刀比羅神社、江戸神社、八雲神社、本殿)、太田姫稲荷神社元宮、赤坂氷川神社(九神社、本殿、四合稲荷神社、西行稲荷)、水天宮(本殿、寳生辨財天)、小野照崎神社(下谷 御嶽神社・三峯神社・琴平神社、本殿、庚申塚、富士塚、織姫・稲荷神社)、飛不動(本堂、恵比寿堂)、鷲神社

この間、赤坂氷川神社のあとで、セッションがありました(正確に言うと、前後に行きました)。

 

今回は東京に帰るにあたって、靖国神社に行こうと思っていました。靖国は、思想的にもいろいろな議論がありますし、私もどう考えるかずっと結論が出ていませんでした。靖国の境内自体は、私は大学が法政だったので、よく通っていました(校舎の中から相撲奉納を眺めたりしていました)。もう何十年もどう向き合うのかよく分からなかったんですよね。境内はよく通っていたのですが、お参りは数えるほどでした。ただ、今回はようやく行くという決意が出来ました。言葉にするのは難しいのですが、これからもこの国を見守ってください、と話しかけて帰ってきました。

 

 

次は東京大神宮に。ここもよく通っていたんですが、あまり御祭神を気にしたこともなかったです。が、東京の伊勢神宮なんだから、そりゃ天照大御神に豊受大神か。そりゃそうですね。まあ、ここは近代神前式の濫觴ではあるんですが、ここまで女性ファンが増えるとは想像もしていませんでした。

 

 

私は昔は飯富稲荷社が好きなんですよね。

 

 

これでも人が少ないタイミングで撮りました。

 

 

東京大神宮から少し坂を下りていくとビルの谷間に白菊稲荷神社があります。ここは意外と力があります。人はいないです(笑)。今は築土神社が管理されているんですね。

 

 

そして、ずっと行きたいと思っていた築土神社。ビルの中と聞いていたので、イメージとしては白菊稲荷のような感じかと思っていましたが、もっと存在感のある感じでした。築土神社は元は「津久戸」神社で、明治になるまでは平将門を祀っている神社でした。前日の麻賀多神社から続いて、将門公につながっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

世継稲荷。築土神社の境内にある立派な摂社ですが、なかなかパワーが強い。調べたら、徳川の二代将軍秀忠が参拝したそうですね。ここを参照です。

 

 

神保町でお昼に天丼を食べた後、太田姫稲荷神社に来ました。ここは昔、よく通っていた好きな神社なので、実家に帰って来たような感覚で、挨拶だけです。

 

 

神田明神に向かいます。いわずもがな江戸三社のうちの一つ。江戸の天下祭は、神田祭と山王祭(日枝神社)の隔年持ち回りだったんですね。ここは大己貴命を祀ったのが最初で、しかし平安時代以降は平将門公を祀っています。その関係で築土神社と神田明神を崇敬するものは、新勝寺に参ってはいけない、というタブーがあるらしいのですが、2日間で両方、お参りしちゃった(笑)。というか、まじめな話をすると、今回はそのタブーを解き放つ意味もあったのかなと思います。

 

 

 

 

時間がなかったので、この隣で少しだけ身滌大祓を唱えました。

 

大好きな石獅子。

 

今回はなぜかひかれた籠祖神社。

 

神田明神よりも歴史が古い江戸神社。

 

八雲神社。

 

そして、次は赤坂氷川神社に来ました。実は、ここは初めてでした。このちかくでセッションがあり、一度は来てみたかったんですよね。

 

 

九神社。いろんな神社が合祀された結果、出雲系の神様勢揃い!みたいな神社になっています(笑)。

 

着いたときには結婚式が終わって写真撮影をしているところでした。それでもちゃんと端っこのほうで身滌大祓だけ唱えました。ここも間違いなく、素戔嗚尊のエネルギーです。

 

 

 

 

四合稲荷(しあわせ稲荷)。近在の稲荷神社が明治時代に合祀されて出来たのですが、その際、近くに住んでいた勝海舟のアイディアで、四社が合祀するので、四合わせ、という命名をしたそうです。素晴らしいですね。ここは合祀させられたというより、合祀して力が増した、という感じがします。

 

こちらは西行稲荷。この四合稲荷と西行稲荷のあたりはパワースポットでした。

 

その後、水天宮に行きました。久留米の本社と、東京の水天宮が有名だと思うので。都会の真ん中ですけど、気持ちが良いお社でした。あと、寳生辨財天もとても良いと思います。

 

 

そして、次に向かったのが小野照崎神社。人が途切れないなあと思ったら、今、調べたら、ゲッターズ飯田さんと島田秀平さんも勧めていたんですね。私も何か動画で見たことがあったんですが、私はこの神社がもともと徳川の菩提寺であった上野の寛永寺のあった場所から移転してきたことに興味を持っていました。きっと江戸を読み解くうえで重要な神社だろうと思っていました。

 

 

境内に入って気になったのは庚申塚。そんなに推してないんですが、これ、日本三大庚申塚の一つらしいですね!びっくりです。ただ、私のなかでもっとも印象に残っている庚申塚は、根津神社です。ここはおすすめなので、良ければ、そちらも行ってみてください。

 

 

 

 

私が気になったのは、織姫神社・稲荷神社です。この神社は入り口に、小野照崎神社の鳥居と、織姫・稲荷神社の鳥居が並んでいます。そのくらい大事な摂社だったと思うのですが、今はなんとなく悲しい感じがしてきました。女神様という感じはするんですが、何がというのはよく分かりませんでした。

 

 

ここは三嶋神社を探すときに通りかった二十原霊神。なんでも昔、豊臣家の家臣の次女、小那姫が若くして亡くなられて、それを祀っているそうなんですが、姫様だけでなく、姫様に思いを寄せた後生の女性たちの思いも相まって、なかなかなエネルギーです。本当に住宅の一角にかろうじて残っているんですが、細長く続いてほしいです。女性にはお勧めかも。

 

 

飛不動は、昔、一夜にして大峯山からお不動様が飛んで帰って来たということがあり、それで飛不動と呼ばれているようです。お不動様は秘仏なのですが、修験系なので閼伽井不動尊のように厳しい感じかなと思いましたが、境内は意外と柔和な雰囲気でした。みんなの祈りに応えるために帰ってくるお不動さんは、たしかに修験者の守護である閼伽井不動尊とはタイプが違うかもしれません。恵比須さん、観音様、阿弥陀如来様もいらっしゃいました。