岩木山を後にして次は久渡寺に向かいます。
岩木山神社→求聞寺→岩木山山頂(奥宮)→白蛇神社→久渡寺→大狼神社→大圓寺→国上寺・不浪寄八幡宮
久渡寺にたどり着く前に気になる神社が出てきたので、降り立ってみました。
白蛇神社鳥居
本殿と横に光明真言の碑
地蔵堂
地蔵堂?というラインナップ
白蛇神社もまた、神仏習合の時代を色濃く残す神社でした。普通に地蔵堂が残されていましたし、修験の影響ということで、光明真言の碑も残されていました。ここでは身滌大祓と光明真言(7回)を唱えました。地蔵堂の中をのぞくと、私たちがイメージするお地蔵さんではない神像が残されていました。神仏分離によって交代したのか、このような大らかさは津軽の信仰の特徴のような気がしました。
改めて久渡寺に向かいます。私は下から上がる道が分からなかったので、ナビに導かれて本堂の近くまで車で行ってしまいました。ただ、本当は下から上がりたいですよね。あの階段はどの辺に出るのだろう。帰りに下を車で走っていても、よく分かりませんでした。帰って来て今調べたら、分かりました。あんな奥まで行かなくて良かったんじゃん。
久渡寺本堂。最初は閉まっていたんですが、観音堂とかを見て戻ってきたら、開けていただいていました。
観音堂へ
観音堂
白衣観音像
稲荷堂
謎の馬
熊野堂と観音石仏群
久渡寺は、観音様のお寺でした。最初、本堂に入れなかったので、右側の石仏観音や観音堂の方に行き、観音堂の前くらいで観音経をあげました。ここにたどり着く前に雨が少し降っていたけど、歩き出したらほぼ止んでいました。ただ、観音堂近辺を歩いているときには、遠くで雷が鳴っていたんですが、観音経を唱えると、ピタッと止まりました。本堂の前に戻ると、お寺の方(住職さん?)がおそらくはあけてくださったので、本堂をお詣りできました。私はご本尊が観音様ということも覚えていませんでしたが、聞いたら教えてくださいました。なんで確認したかというと、ここは観音様の前の御前立が不動明王なんです。最初は不動明王の真言を唱えたのですが、明らかに全体が不動明王の気?という感じもあったので、聞いたのです。確認し終えて改めて観音様のご真言を唱えました。ご本尊に向いて右側に大黒さんがいて、これも強力でしたので、お守りをいただいてきました。
久渡寺から大圓寺に向かう途中、アップルロードの途中で気になる神社がありました。というか、直前の大きめの交差点に標柱があって、行ってみようとなったんです。
大狼神社の鳥居
大狼神社
大狼神社は比較的新しい神社なんですが、私はこのお稲荷さんが遠くから見たとき、狼にしか見えなかったんですね。なんか三峯神社の御眷属と似ているなという感じでした。ただ、近くでよく見ると、たしかにお稲荷さんでした。なんでだろう、不思議ですね。
実は、久渡寺の本堂にあげていただいたとき、右足の靴下が親指のところ破れていまして、急遽、コンビニで軽くおにぎりと一緒に靴下を買いに行きました。別に写真をあげなくても良いのですが、ちょうど私はこの前に車を停めて、買い物が終わり、戻っておにぎりを食べていると、土砂降りになりました。マジで驚きました。弘前石川店です。場所を調べるのに検索したら、メチャクチャ店員さんの評判が悪かったのですが、私はむしろ、二人の女性店員さん、好印象でしたので、一応(?)記録しておきます。東北の方というゆっくりな口調とペースが心地よかったです。
大圓寺入り口、これ「開運大日尊」って書いてあるのね。大国さんだと思っちゃった。
山門
本堂
お地蔵さんたち
金毘羅大権現
大鰐の大圓寺は、ご本尊が阿弥陀如来像なんだけど、ずっとこの地方では大日さんと呼ばれてきて、大日如来とされています。その前に不動明王がいて、さらにその前に大日如来と右に薬師如来、左に愛染明王を配置されています。なぜ、この大日如来が阿弥陀如来なのかは謎になっているそうです。御前立に大日如来を置いているのは、本当の大日如来を置くという意識があったからのようです。これは比較的新しいのかな。横にはたくさんの観音様とかが祀られているんですが、これは信徒の方が持ち込まれたもので、説明してくださったお寺の奥さんもご住職に聞かないと一つずつの由緒は分からないということでした。ここのお寺の奥さんも優しそうな穏やかな雰囲気で素敵でした。そして、ここでも不思議なことに回っている間はほぼ雨が降ってなかったんですね。傘を差さないくらいです。
古懸不動院国上寺に移動します。さすがにここは降られました(笑)。
不浪寄八幡宮
不浪寄八幡宮
不浪寄八幡宮の奥、薬師如来
山神
薬師堂。気になったので雨だけど、参拝してみました。
国上寺は本堂と不動堂と二つお不動さんが祀られていましたが、お休み中という感じだったので、そんなに感じるところはなかったです。私が気になったのが、隣に建っていた不浪寄八幡宮です。え、なんでここにこんな強力な神社があるのに誰にも知られていないの、という感じでした。調べると、明治の最初に近くの弘前八幡宮に一度、合祀されたけれども、明治6年に復社し、現在の場所に遷座されたそうです(ここが比較的詳しく書いてくれています)。神社の合祀政策が全国的に進んだのは日露戦後の明治38年なので、それよりも早くこのような動きが行われたことは注目に値します。
それから、山神が祀られているのも、特徴的ですね。私は大山祇命を祭神とするよりは、素朴に山神とする方がリアリティがあるなと感じました。別に御祭神の名前は大山祇命で構わないんですが。
この後、古懸コミュニティ浴場という地元の温泉に入ってきました。湯質はとても良く、生き返りました。
トヨタレンタカーのお姉さんが迷いに迷ってお店を勧めてくれたんだけど、電車の接続が悪すぎて、先に帰ることにしてしまいました。残念。でも津軽に来る理由が一つ増えました。
今回の津軽旅で後から調べていろいろ分かったり、考えたこともあるんですが、長くなりすぎるので、改めて別のエントリに整理してみようと思います。


































