光とともに 般若心経と光明真言 | トトブログ 巡礼記

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時空を超えた自分との出会い

そういえば、2025年の年末から翌3月中にかけて、私は割と咳をしていたんです。最初は風邪を引いて、そこからその咳が花粉症も相まって長引いて悪化したので、時々このブログでも紹介するカレー屋のママさんからすごく心配されて「病院に行って、一度、検査するように」と何度も言われていたんです。

 

風邪を引いた日は、割とはっきりしていて、氷川神社を歩いた日です。この日は大宮駅を降りて少し歩いて「あ、今日、風邪引くかも」って、分かっちゃいました。それでもあの距離を歩ききったのはきっと、私だけではないいろんな力を借りたからでしょう。そろそろ他の方に迷惑だなというのと、ちょっとのどが痛いなと感じることも増えてきたので、「面倒くさいけど、治すか」と思って、ヒーリングをすることにしました。

 

思い出して実践したのが仕事に行くある朝で、いったん自分の流れの中にエネルギーを循環させました。「あ、思ったより悪いかも」で、どのエネルギーを使おうかなと思いながら、少し前のブログでも書いたメタトロンキューブを回転させながら、正中線を流した感じでした。上からか下からかは忘れました。それから2,3日は何回かやったもののそれっきりで、しばらく忘れていたんですが、そのうち治りました。4月半ばまでは花粉症もあるし、仕方ないかとあきらめていて、当初はそこからが勝負かなと思っていたので、思いのほか、早く治ってしまいました。なぜもっと早くそれをやらなかったのかというと、そこまで必要性を感じてなかったので、面倒だなと思っていたからで、放っておくことの面倒さが治す面倒さを超えたので、試したんです。

 

なんでこの話を書こうと思ったかというと、前にヒーリングの方法が降りて来て後で、それを試した時に書いたエントリを改めて読み返すと、今にピタリだと感じたのです。その時のラストを引用しますね。

 

そのうちにサークルの中で、大日如来のエネルギーを感じました。黄金に光る大日如来です。それがなぜ大日如来と私が認識できたのかは自分でもよく分かりません。ただ、私にはたしかに曼荼羅の中央にいる大日如来、というイメージでした。大仏に似ている感じもしたけれども、画像検索したら、ピタリとくるものはありませんでした。しかも、私には大日如来のエネルギーと、大国主命、国常立尊のエネルギーはまったく同じに感じられました。しかし、それならなぜ最近、わりと意識することが多かった大国主命や国常立尊ではなく、大日如来として感知したのかという謎は残ります。

 

この時はなぜ大日如来がやって来たのかよく分かりませんでした。とはいえ、もともと私は大日如来と縁が深いのです。もう20年くらい前かな、母方の祖母の友人の娘さん(そして、母の小さいときからの知り合い)に好奇心から視てもらったことがあって、そのときに大日如来がついていると驚かれたことがありました(変化して不動明王になられたりもしていましたが)。別に縁が遠くなったとは思ってなかったのですが、「ん?このタイミングで登場するっけ?」とはヒーリングを試したときも思っていました。今回、にわかに、丹生都比売神社、(高野山金剛峯寺の周辺)、東寺と回ることで、改めて光明真言と大日如来との関係が近づいてきたという感じです。

 

種智院のところで勤行の次第みたいなものが書いてあって、そこには般若心経と光明真言の二つがあったんですね(他のご真言もあったかもしれませんが)。不遜を承知で、しかし、ある種の直観があるので、あえて書きますが、私はこの二つがすべてであると今は感じています。私の感覚だと、般若心経でいったん更地にしてしまい、光明真言でその上に光の建物を建てる、そんなイメージです。ただ、般若心経、強力過ぎて、何でもかんでも宇宙の彼方に消し去ってしまうイメージなので、私は結構、使うのを正直躊躇ってきました。でも、この二つがセットだったら、全然、仏教関係の場所(寺院だけでなくかつての修行の場とかも含めて)も今後はこれで行けますね。

 

いったんリセットするという意味では、身滌大祓に近い感じがするんですが、エネルギー的には全然、違います。私が身滌大祓を唱えるときには、場が調っていくという感覚があります。そして、結果的に光が入りやすくなるという感じです。般若心経は、全部、強制的に消し去る、というか「空」なんですよね。もう宇宙です。情緒とかはゼロです笑。身滌大祓の方は、地球と調和する感じです。

 

今回のものは、明らかに空海さんのお導きだなと感じています。思い起こすと、小さいころ、母方の祖父の家の近くにあった等々力不動尊の稚児大師さんにすごく親近感を持っていて、滝行を眺めているのも好きでしたし、小学生のときはなぜうちは真言宗ではないのだろうと疑問に思っていました。たぶん、私が最も小さい時になりたかったのはお坊さんでした(2歳から3歳くらいの頃)。多くの人に触れあって世間を知った今となっては、そんな子どもの方が珍しいことはさすがに分かります(笑)。他生の縁があったのでしょう。22くらいのときに出家しようかなと思ったこともありましたが、結果的にはそちらの道には行きませんでした。その頃、今生は里の行をしに来ているのです、と言われたこともありました。

 

2025年2月に朝護孫子寺に参拝に行ったときに、金剛杖を求めました。以来、いろんなところの参拝に持って行っています(ただ、空海さんが関係ない参拝もあるので、そういうときには持っていかないです)。「同行二人」という言葉があって、弘法大師が傍らにいるという意味なのですが、私の場合、傍らというだけでなく、時には重なり合うイメージを持っています。しばらくは、朝、夕にこの二つを唱えたいと思っています。どうやら、生きている人間が唱和するということに意味があるらしく、それなら体をお貸しすればよいのではと思ったら、そういうことでもないらしく、生身の私が唱えることに意味があるようです。意味が分かったら、また書きたいと思います。

 

ああ、今の私にはこの方法が合うみたいです。現代はアファメーションとか色んなものが世に出ていますが、どれが良いということはなく、それぞれの方の相性もあるみたいですね。なんでこの役目を私が与えられたのかは謎ですが、「そのうち思い出すであろう」ということだそうです。