川辺川ダムがあれば、球磨川の氾濫は防げたのでしょうか?
◯藤井氏の説明
まず数字による説明がほとんどありません。被害者数や予算、年数を除くと数字による説明は以下2点のみです。
①そもそも今回決壊した「人吉」エリアは球磨川で最も脆弱な地点だという事が分かっており、そこでの氾濫を防ぐ為には、少なくとも川の流量を「七分の三」つまり、43%もカットしなければならないと計算されていました。
②球磨川には、市房ダムというものが既にありますが、その容量は川辺川ダムの1割程度しかありません。
極めて少ない数字による説明も、①はともかく②は明確に間違っています。
川辺川ダムの有効貯水容量は106百万m3で市房ダムの有効貯水容量は35百万m3ですので、市房ダムの容量は川辺川ダムのほぼ1/3です。どう計算しても1割にはなり得ません。
彼は『つまり、もしも川辺川ダムさえあれば、決壊を未然に防ぎ、ここまで多くの死者を出すことも無かったに違いないわけです。』と主張していますが、その根拠はほとんど明示されていません。
では本当に川辺川ダムがあれば災害が防げたのか、検証してみたいと思います。
まず人吉エリアの位置関係を確認しましょう。
藤井氏の説明する「川の水量を七分の三カットする」というのは、この合計水量をカットするということですね。
球磨川水系河川整備基本方針で人吉地点の計画高水流量は 4,000m3/秒と定められており、この水量を超えると洪水の被害が発生すると想定されています。そしてダムも何もない場合、激しい豪雨によるピークの合計水量は7,000m3/秒になると想定されていますので、差分の3,000m3/秒をカットしなければなりません。
ここまでは藤井氏の説明どおりです。問題は川辺川ダムがあれば水量を4,000m3/秒以下に抑えることができたのか、ということです。
京都大学防災研究所の調査によると、人吉エリアへ流れ込む球磨川の水量は、ピーク時には川辺川から3,290m3/秒、球磨川上流から4,350m3/秒で合計して7,670m3/秒にもなりました。(観測地点の関係で微差があります)
川辺川ダムの建設予定地はその名が示すとおり川辺川流域であり、球磨川上流の水量をカットすることはできません。球磨川上流からの水量が4,000m3/秒を超えているため、いかに川辺川からの流量を減らしても人吉エリアの氾濫を防ぐことはできなかったということです。また、当然ながら川辺川ダムはダム下流に降り注いだ雨を止めることもできません。川辺川の流域面積は530km2、川辺川ダム流域は470km2なので、川辺川ダムが上流の水量をすべて塞き止められるのであれば、球磨川との合流地点までの水量のほぼ8/9を減らせる計算になります。そうすると川辺川ダムがあった場合の人吉エリアの流量は3,290/9+4,350=4,715m3/秒とシミュレーションできます。
繰り返しになりますが、人吉エリアで球磨川が氾濫する基準は4,000m3/秒であり、川辺川ダムがあったとしても氾濫を防ぐことはできなかったという結論になります。
私も過去記事[既存ダムの洪水調節機能強化/ガイドラインの見直しが急務]で『既存ダムの事前放流があれば防げたかもしれない』ということを書きましたが、認識が全く甘かったようです。この規模の豪雨になると、新ダムの設置や既存ダムの運用など単発の政策では災害を防ぐことはできず、あらゆる政策を組み合わせて対応しなければなりません。
できることから実現していくのが政治の鉄則かとは思いますが、大災害については抜本的な対策を練る必要があります。
<7月22日追記>
京都大学防災研究所の続報によると、川辺川ダムがあった場合の人吉エリアの水量は一定放流(500m3/秒)を実施すると5,600m3/秒、ギリギリまで水量を絞る(200m3/秒の放水)と5,300m3/秒になったとシミュレーションしています。
ピーク時には川辺川ダム下流で700m3/秒(流域面積から算出した本記事のシミュレーションでは3,290/9≒366m3/秒)の流量があったとの計算なので、その違いが表れています。
やはり川辺川ダムだけで4,000m3/秒以下に抑えるのは不可能なようです。