種子法廃止と種苗法改正 | 上下左右

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台湾の早期TPP加入を応援する会の代表。
他にも政治・経済について巷で見かける意見について、データとロジックに基づいて分析する・・・ことを中心に色々書き連ねています。

女優の柴咲コウさんがTwitterでつぶやいたことで注目が集まっているようです。
ご本人が「何かを糾弾しているのではなく、知らない人が多いことに危惧しているので触れました。きちんと議論がされて様々な観点から審議する必要のある課題かと感じました。」と仰っているのに、藤井聡氏を筆頭に碌に調べもしない陰謀論者がワラワラ集まっているのは困ったものですが、議論が深まるのは非常に良いことですので私も改めて議論のための情報を提供することとします。

<種子法>
◯目的
この法律は、主要農作物の優良な種子の生産及び普及を促進するため種子の生産についてほ場審査その他の措置を行うことを目的とする。
第一条に記載のとおり、種子法の目的は主要農作物の優良な種子の生産及び普及の促進です。

◯現状
米以外の主要農産物の自給率は10%前後と、野菜や果実と比較しても異常に低い水準です(過去記事(種子法が守ったもの))。
778%という高関税により唯一高自給率を維持している米も一人あたりの消費量は半世紀で半減し、一世帯あたりの米の支出額はパンの8割程度にまで落ち込んでいます(過去記事(ようやく現実を見始めた種子法廃止反対派))。
自給率や消費量の推移を見れば分かるとおり種子法の対象となる作物の国内生産は衰退の一途であり、種子法はもはや優良な種子の生産及び普及の促進という目的を果たせていませんでした。

◯弊害
役所が種子開発から奨励品種の指定まで実施しているため、日本の民間業者は事実上種子開発から除外されていました。実際、民間業者が開発した米はただの1つも奨励品種に指定されていません。民間業者がどれほど優秀な種子を開発しても補助金の対象とならないため農家は購入せず、市場原理が働かなくなって需要ではなく『趣味とプライド』に基づいた種子の開発が優先されるようになりました。

◯廃止の結果
特に近年は中食や外食が増えて業務米の需要が拡大しているのに、ひたすら需要の細るブランド米の開発を続けてきたわけですが、2018年に種子法が廃止された僅か2年後、2020年にはJA全農は業務用米の契約栽培を約8倍にも拡大しています。(過去記事(種子法廃止後、多収米の栽培が増加)
廃止の効果が如実に表れ、ようやく米の消費量の反転拡大が期待できるようになりました。逆に言えば種子法がどれほど日本の食料自給率に悪影響を及ぼしていたかが分かります。
種子法が制定された1952年にはそれなりの意義があったのでしょうが、時代が変われば情勢も需要も変わるものです。

<種苗法改正>
今年の通常国会で種苗法の改正が提出される予定です。
◯種苗法とは?
簡潔に言えば、農産物の著作権法です。
(本稿では正確性よりも分かりやすさを優先し、出願者や育成者権者、品種登録管理人をまとめて『著作権者』と表記します)

◯改正の主な内容
・輸出国や栽培地域の指定
・自家採取の制限

◯目的と背景
近年、我が国の優良品種が海外に流出し、他国で増産され第三国に輸出される等、我が国からの輸出をはじめ、我が国の農林水産業の発展に支障が生じる事態が生じています。
記憶に残っている方も多いでしょうが、平昌五輪にて女子カーリングの日本代表選手が「韓国のイチゴが美味しい」と発言したことから日本の種子のロイヤリティーが一躍注目されることになりました。
そこで登録品種の種苗等が譲渡された後でも、当該種苗等を著作権者の意図しない国へ輸出する行為や意図しない地域で栽培する行為について、育成者権を及ぼせるよう特例を設けるよう法改正を予定しているのです。

◯自家採取について
一見自家採取は無関係に見えますが、自家採取を容認すると種苗の管理が非常に困難になります。
自家採取が容認されていると、著作権者が100の種苗の販売を許可すると100の種苗から200の種子が採取され、どこでどれだけ流出が起こったのかを把握できなくなります。
(農林水産省 食料産業局作成)
海外流出については現行法で対応可能だという意見もありますが、実際に対応できていないから種苗の海外流出が起こっており法改正が必要となっているのです。

なお自家採取についてはあくまで『登録品種』を『商用栽培』した場合のみ禁止となるので、著作権が切れた品種(一般品種)や家庭菜園に影響を及ぼすものではありません。
登録品種を商用栽培するためには毎回種苗の購入が必要になるため、農家の負担が大きくなるとの意見もありますが登録品種というブランドの作物を栽培する以上はブランド価値を維持する責任があります。
メンデルの法則に代表されるように、種子の自家採取を続けていると著作権者が意図していない劣性遺伝子が発現したり、あるいは生育環境によって作物の品質が変わってしまう可能性があります。
品質が変わっているのに同じブランド名で販売されてしまうと、当然ながらそのブランド価値が毀損されてしまいますよね。
さらに言えば、見た目だけよく似た全く別の品種をブランド品種と虚偽表示して販売しても、DNAを調べなければ「変質したブランド種」なのか「全く別物」なのか判別がつきません。ですからブランド種の商用栽培の管理を厳格化して、許可した種苗以外の栽培がなされた場合は一律違法であると定めることにしたのです。
各農協も種子の更新率(=種子の購入率)を上げるべく啓蒙を続けています。

ハッキリ言えば、種子法の廃止も種苗法の改正も当然の動きです。特に前者は遅くとも昭和の間には廃止すべきだったと思います。

TPP(今は日米FTAにシフト)、種子法、水道法改正の陰謀論者大好き三点セットは常にデマが撒き散らされますが、正確な情報を元に議論が深まることを切に期待します。

蛇足ですが、TPPの『各国が定める例外規定』で日本が一番目に指定したのが種苗法だったことから、如何に日本政府が種苗法の保全に力を入れているのかが分かるかと思います。