深夜の散歩 | いつか旅立つ日が来たとしても

いつか旅立つ日が来たとしても

ひとりと一匹と、その日々のこと。

深夜といっても、そう遅くない時間。

買い物がてら、オレがぶらっと散歩に

行くように、おまえも、時々、ぶらっと外に

出たくなるらしい。

 

帰宅してドアを開けたとたん、足元を

なにかが通った気配がして振り向くと、

マンションの廊下におまえが出ている。

 

そして、おまえの散歩というか、徘徊が始まる。

コースは決まっていて、

まず、ドアから1mほど離れた壁にあごを擦り付けて

臭い付けをすると、その1m向かいの柵の隙間から

マンションの中庭を、熱心に覗き込む。

そして雨水の排水孔をチェックする。

たいがい、それでドアの前まで戻ってきてしまう。

あとは、その範囲をオレにせかされるまでうろうろする。

その半径2m以内が、おまえの散歩コースだった。

 

それでも、何度か、繰り返すうちに、2mが3mに、

3mが4mにと距離が伸びていった。

最初は、ドアから1mの壁が、次には3m先の消火栓に

なった。その次は、その手前の廊下の角を折れて、

先の部屋の前まで。

 

オレは面白くなって、どこまで伸びるか

時間の許す限り、付き合ってみたこともあった。

 

そして、ある日、部屋から6m先のエレベータホールまで

おまえは遠征できるようになった。

 

しかし、オレが、その成長をよろこぶ間もなく、

おまえは、腰が抜けたのか、そのままホールにへたり込んでしまった。

そして「つれて帰ってくれ」ともいうように、情けない声で、オレを呼んだ。

 

結果、オレは深夜に泣き叫ぶ猫を担いで、部屋に戻ることになった。

 

うちのマンションは中庭を囲むように建っているので、

深夜におまえの声は、けっこう響き、オレは気が気でなかった。

 

そして、その騒動の後、おまえの遠征範囲は、

もとの半径2mに戻ってしまった。

 

 

おまえが、柵の隙間から、いつもなにを熱心に見ていたのか、

オレは、いまだにわからないでいる。