こんな時にこんなタイトルってどうなん、と思われそうではある。私は普段読んだ本や映画を紹介する記事を掲載しているが、今回は紹介とは趣旨が異なるので記事の形態を変える。
最初に自粛要請が出た週末、不要不急の外出を控えよ、ということなのでそれなら暇つぶしにと本屋に本を買いに行ったら、普段みたことのない長い列ができていて驚いた。レジも5つくらいフル稼働していたが、50人は並んでいたか。みな考えることは同じ。当然ながら並ぶこと自体、自粛暇つぶしの道具を買うことと矛盾している気はした。列にいるひとが買おうとしているものを見ると、明確に個人的な趣味の雑誌や漫画、資格のための勉強の本、軽い文庫本が多く、これを機に分厚い小説に挑戦などというひとは見受けられなかった。
東野圭吾著「あの頃ぼくらはアホでした」(集英社文庫 560円)。荒れていた中学に通っていた頃から始まって、高校大学就職活動までのエピソードをつづったエッセイ集。それなりに面白かったが、ハマる感じには残念ながらならなかった。言い回しの妙っての? わかりやすい文章ではあるが惜しい感じに魅力に欠ける。あたしは内容より言い回し、言葉遣いに味のある文章が好きだ。東野圭吾氏といえば直木賞受賞作「容疑者Xの献身」を読んだことがあるのみ。これも辛気臭くてつまんないな~と思った。世間の評判は高いようだったが。
BSプレミアムでアガサ・クリスティー原作、ミス・マープルものの映画「クリスタル殺人事件」(1980年イギリス)を見た。子供のころテレビで放送した吹替版をハマって見た思い出があり、淀川さんの解説もよく覚えている。当時私は推理もの、探偵ものが大好きだった。初めてノーカット字幕版をこの年齢になってみたが、残念ながら当時ほど楽しめなかった。要はそこまで面白い作品ではない。しかし妙なタイムリー感があるので、思いっきりネタバレしたい。NHKもそもそも決まっていたプログラムで、狙っていたわけではないだろうが(たぶん? 二ヵ月前には予定がネットに出る)。同じ原作で黒木瞳主演のテレビドラマも去年やっていた。
(大ネタバレ改行)
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エリザベス・テイラー扮する往年の人気女優が田舎の村を訪れ、そこで長年のファンだという中年女性から話しかけられる。女優は彼女を毒殺するが、なぜか。女性が女優に長々と話したのは、数十年前、軍の慰問で土地を訪れた女優に舞台袖でサインをもらったことがある、という思い出話だった。彼女が話すところによれば、当時風疹にかかっていたにもかかわらず、憧れの女優を見たい一心で病院を飛び出し、舞台関係の仕事をしていた親戚に頼み込んで舞台袖に侵入。幕が下りて袖に下がってきた女優にサインをもとめ、同時に感激のあまりキスをした、というのだ。当時女優は人知れず妊娠しており、風疹に罹ってしまう。子供は先天的な障害をもって生まれ、女優は精神を病む。当時風疹の感染経路は不明だったが、数十年後、無邪気で退屈な女が自分が感染源と告白してきた。
濃厚接触なんて言葉があっという間に一般的になった昨今、日本人には無暗にキスをする習慣はないとはいえ、今ほどこの内容にリアリティの重みを感じる時期はないだろう。悪気がない、わざとじゃない、というのはさほど許されたもんでもないと常々思っている。
知り合いのオススメで中山七里著「さよならドビュッシー」(宝島社文庫 562円)を読んでみた。第八回「このミステリーがすごい」大賞受賞作だが、これもダメだった。ずさんな作品だというのではない。ミステリーとしては良心的な作品と思うが、なんてったって真面目。クソ真面目。というわけで犯人の人生の悲惨さといったら、口あんぐりものの呪われっぷりだ。
(大ネタバレ改行)
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スマトラ島の大地震で両親を失った16歳の少女は金持ちの親戚の家に引き取られる。しかし家長であるじいさんが火事を出し、仲の良かった同い年の従姉妹とじいさんが炎に包まれるところを目撃、自身も全身に大やけどを負う。意識を取り戻すとじいさんと従姉妹は焼死、自分を従姉妹と間違った叔父夫婦は少女を従姉妹の顔にして皮膚移植も行っていた。少女は当初口もきけず体も動かせず、正体を告白することもできない。言い方は悪いが「派手な障がい者」となった少女は以前から従姉妹と一緒に通っていた高校の音楽科(ピアノ専攻)で好奇の視線にさらされ、地獄のリハビリと回復期を強いられ、イジメにすら遭う。少なくともクラスメイトやピアニスト志望に彼女の気持ちに寄り添おうとする人間は誰一人としていない。ひとりぐらいいたってよさそうなもんだ。やがて彼女の正体に気づく人物が現れる。家政婦は遺産目当てで犯行を行ったと、少女に陰湿な仕掛けで制裁を加えようと試みる。叔母も娘と思って救った少女が姪であることに気づくと、半狂乱になって姪につかみかかり、身を守るために結果少女は叔母を殺してしまう。
ひたすら悲惨で陰鬱な書き方はしていないが、ユーモアの入る余地はない。息抜く暇なくギッチリ真面目。この少女には一貫して他人や世の中を害する意思はないのに、人生のほうは彼女を凄惨に鞭打つ。この女の子は何の因果で次々とこんな過酷な目に遭わなくてはならないのか。要は真相を読者に対してわかりにくくするためだ。これが神の手(著者)の意図かと思うと根性悪いよなあ、と思う。こういう筋ほんと苦手。推理小説として面白くなるために、この女の子自身には落ち度がないにもかかわらず次々ひどい目にあう。こういう作り手の態度は本当に苦手だ。
再三書いているが、私は「かわいそうな犯人」が苦手だ。しょうもない強欲犯人がしょうもない強欲野郎(女でもいいけど)を殺して、正義の味方が謎を解く、というのが推理もの、探偵もの、サスペンスものの理想形と思っている。悲劇と喜劇が同時に起こるのが人生だが、ここまで書きっぷりが真面目だと人生には悲劇しか起こりようがない。とにかく真面目ってさほど褒められたもんでもないと常々思う。ユーモアとかけれんみ、一本調子でないことって本当に大事だ。
※愛ある神(作り手)の一例はコチラ(映画「Shall we ダンス?」)
ここで思うのが、ひとに本(小説)を薦めることの難しさだ。映画のほうがまだ簡単だと思う。カテゴライズがある程度明瞭だし、薦められた映画についてネットで調べれば基本的に情報量が多い。実際見る前に自分に合う作品かどうか、相当な確率で正しい判断ができる。仮に失敗して自分には合わなくてもせいぜい二時間。ところが本だとカテゴライズも映画に比べれば難しいし、そのひとが一つの作品のどこを見て面白い反応しているのかも難しい。井上七里さんを薦めてくれた人も「面白いよ、暇つぶしにはうってつけ」と言っていたが、おそらく推理ものとして謎解きの興味で最後まで読み切れる、ということを言っていたのではないかと思われる。音楽が全編にわたって重要な要素となるので、そのテイストが陰惨さや陰鬱さから作品を救っているというのはあるが、演奏の文字描写というのも私には退屈だった。本(小説等)は基本的に読了するのに映画に比べれば時間と労力かかる。今回に限らず、これまでもいろんなひとにいろいろな小説のオススメを自ら聞いては回答してもらってきたが、実際手に取ってみると「違うよなあ」と感じることが多かった。映画だとそうでもないのに。私が小説を読むのがそこまで得意でないというのも大きい。面白いか、もしくは読み甲斐のある作品ならぜひ出会いたいとは思っている。読むのが多少大変で「面白く」なくても「読んだ甲斐があった」と最終的に納得できれば問題ない。
ひとのお薦めがすなわち自分に合う本(小説)、求める読み物とは限らないが、そうはいってもそれにたどりつ糸口にはなりうる。あまり期待しないが拒絶はしない、ネット等での作品チェック程度は怠らない、というのが小説に関してのしかるべきスタンスだろうか。上記の映画にしたって当時のあたしにすればめっちゃオススメだったが、今となっては特に薦めないしな。「お薦め」ってそんなもんだ。
★今週の出来事★
4/7 18時前、安倍首相が新型コロナウイルスの蔓延を受けて国内初の緊急事態宣言を発令。対象は私が現在住む神奈川を含む7都府県。ついに私が通っていたジムも臨時休館に。
★今週のCM評★
以前も記事にしたが、とかくサントリーのサプリのCMは趣味が悪いものが多い。最近の「ねえ、若作り?」(50代母親)、「俺は・・・好きだよ」(中学生息子)もなかなかのおぞましさだ。そんなセサミンの悪趣味の真骨頂ともいえるコピーが「昭和20年生まれです。若づくりはいいことです」。前回の「60歳。40代に見えたら40代ってことですよね」に負けていない。「あのひと、若作りよね」って言われてたら、それ「あのひとのセンスには習いたくない、ああならないようにしなくては」って意図だから、フツー。基本的に「若見え」系CMは見てて「ウヒョ~」と叫んでテレビを消したくなる悪趣味or低能CMが多い。ブラック企業でおなじみのエステのパワハラ女社長が臆面もなくクリームのCMなんかに出ているのを見ると、つくづく世の中って怖いな、と悪寒が走る。こんな私だが”ベタ”なCMに好ましさを感じることは多い。マカだったか、すごい美人というわけでもない、その辺にいそうな程度の可愛い女性がなぜか眼鏡をかけ、ニットのシャツや白いぴったりブラウスで大きな胸を強調しているのを見ると、本当にほっこりするというか、微笑ましい気持ちになる。ああいう素朴な作りのCM好きよ(今年で50歳主婦)。ちなみに夫はサントリーのDHA+EPAを林先生より長く愛飲している。本人が飲むと調子がいいというので止めないが、中性脂肪、悪玉コレステロール等の数値に関して明確な効果はない。