2020年。オリンピック年のはずだったのがコロナ年といっていいこの年に、同い年(昭和45年/1970年生れ)の女友達二人が入籍の運びと相成った。震災のあった3.11の三日後、14日に40歳で結婚した私としては、50歳の節目に入籍するこの二人に強い親近感を覚える。こういう「地殻変動」が人生によくも悪くも起こるときがあるのだ。
私は大学に入学すると、某W大のテニスサークルに入った。ここで知り合ったのがこの二人だ。実に30年のつきあいになる。片方は再婚同士、もう片方は初婚同士のカップルだ。再婚のほうは仮名でここでは2ちゃん、初婚のほうは馬込さんとする。私が結婚した時も仲間内では相当久しぶりの「おめでたい知らせ」で、その後またぷっつり途切れたが、9年後、相次いで二人が入籍となった。
私たちは三人とも大学がバラバラだが、2ちゃんと私は学生時代から仲がよかった。2ちゃんは短大を卒業後、某銀行に事務職として入行し職場結婚したが、のち離婚。その後二度ほど転職。結果、銀行事務職時代の彼女からは想像もつかない成功を収めた。彼女の転職後の30代、独身の仲間が少なかったせいで私は何度か職場関連の食事の席に呼んでもらえた。この時私は俗にいうブラックカード、プラチナカードの世界をちらりと垣間見ることができた。このテの経験はこの時だけだ。とにかくひとの人生というのはいつどうなるか。同じサークルの同じ学年のメンバーの人生をみるにつけ、学生時代から考えてほとんど想定内のひとも多くいるが、そうでないひともけっこういる。そして私たちの人生はまだこれからもまだ続く。
馬込さんと私は学生時代ほぼ交流がなく、果たして口をきいたことがあっただろうかという気すらする。しかし卒業後、同学年のサークル仲間と交流する機会が改めてできるようになると、30代になってこれまた独身未婚の女性が他にいなかったせいで、私と馬込さんは急速に仲良くなった。2ちゃんは土日に仕事が忙しいせいもあり、卒業後のこの集まりに来なかった。
馬込さんも私を合コンや食事の席によく呼んでくれた。夫を紹介してくれたのも馬込さんだ。馬込さんも同じサークル&短大だった友人から夫を紹介されたので、本当に大学時代にサークルに入るのは重要だ、と私は言わざるをえない。結婚後判明したことだが、馬込さんの母親とうちの夫は同じ県立高校の出身だった。馬込さんのお母さんは今自身の出身地である長野県上田市に住んでいて、義母の家と同市内だ。本当に世間は狭いというか縁は異なものというか。結婚後私は馬込さんと上田の話でも通じ合うようになった。
私が夫と出会う5年くらい前だったか、馬込さんがある食事の席に呼んでくれた。同い年の男友達A君と、その友達の若い男性の四人で都内で食事をした。馬込さんとA君はその時点で既に10年以上?だか友人で、変な意味でなくボディタッチもあったりと仲が良かった。
「俺たち暗闇の中で相手の顔がみえなかったらHできるよな~」
気の置けないアハハハ~的冗談を言い合っていたのが印象に残っている。このA君と馬込さんはこの度、4月の馬込さんの誕生日に入籍することになった。交際して2年ほどだという。
私と夫は交際1日で結婚を決めた。それに対し馬込さんとA君は実に20年?ほど友人関係を続けたのち入籍した。本当にひとの縁というものはわからない。馬込さんとA君はこの20年の間二人で食事する機会もたぶんそう少なくなかったように見受けられる。二人が交際するようになったきっかけは、互いが引っ越したら偶然近所になったことがあるようだ。そうはいってもそれ以前から二人とも都内で暮らしていた。占い的には引っ越しで運気が変わるというのはよくある話だが、そうだとしても男女の関係のなかった二人が20年近く経ってどういうきっかけでそうなるのか。興味津々だがこの年齢になると、どうにもそういう立ち入ったことが聞きづらくなる。私と馬込さん自体が20歳そこそこで知り合っておきながら、仲良くなったのが30歳過ぎてからだ。本当にひとの縁というのは男女間を問わず(以下同文)。
この記事を読んでくださった方の中には、「再婚同士の出会いについても知りたい」という方もいるだろう。しかし私は近年2ちゃんと連絡をとっておらず、2ちゃんの幼馴染ともいえる友達(これまた2ちゃんと同短大&同サークル)から話を聞いているだけだ。彼女の話によると、知り合いの紹介で知り合って云々ということらしい。
現在世界中が強いストレスにさらされ、同時に多くの命が失われている。多くの医療現場等で過酷な状況が強いられている。でもその中にあってこそ、こういうときでしか生まれえない多くのよい可能性が芽吹いていると私は信じる。友人二人の50歳での入籍はそのことを示唆しているのではないか、などと言ったら大げさか、やや的外れか。この世界的窮地にあってこそ生まれているはずの多くの可能性が育つ世の中を作る、継続させる努力を今私たちはしなければならないし、していると思っている。
なにはともあれ、馬込さん、A君、2ちゃん、結婚おめでとう。二組の新しい夫婦の末長い幸せを信じる。
余談だが、私と馬込さんは30代後半だったか、有名な手相見のところに一緒に出かけたことがある。雑誌に特集が組まれたり、本も出しているひとで、それぞれ一万円も払った。しかし結果として二人とも当たらなかった。その時のことは以下の記事に記したが、馬込さんが何と言われたかは了解を取っていないので書いていない。
※一万円手相見のことも書いた「占い大好き!」はコチラ。
★今週のコロナ禍★
ホリエモンが過剰自粛に異を唱えて叩かれている。言葉遣いはどうかと思うし、個々のケースについて全て同意見ということはないが、「通常の感染症対策をして普通に暮らそう」という彼の主張には基本的に賛成だ。現在一部に非合理的と思われる自粛圧力があり、マスコミ報道も一役買って必要以上の制裁意欲が誘導されている。「自粛警察」。旧日本軍支配下の特高かくやと思わせる国民気質。画一的な自粛が合理的とは到底思えない。現在のような「自粛」にどれだけ実効性(ウイルスの拡散抑止力)があるのか。ゼロリスクを目指すのは非現実的。無意味どころか有害だ。全国一斉に経済的体力を激減させることに何の意味があるのか。貧困、DV、虐待、自殺、犯罪が増える。これまで甚大な自然災害があったときも元気な地区が疲弊した地区を支えた。一気に自由な移動を許可するでないにしても、リスクを抑えながら活動し、いろいろな意味での「損害」を抑制することはできるはず。横並びの自粛には労力に見合った効果があるのか。
ただ学校の9月始業。これはアリかと思った。これこそピンチをチャンスに、ではなかろうか。9月までに学校はカリキュラムの再編成を行い、子供たちはそれまで外で活動して体を鍛えたりする。甲子園含む様々な大規模大会は難しいだろうが、スポーツ音楽等個々に活動は再開する。個々には学校単位程度の団体を含み、それぞれで基本的な感染症対策をとる。