神仏の罰が下るように長子鶴松は夭折した。茶々は深い挫折感を覚えたが、それ以上に秀吉の嘆き悲しみは深く、茶々が嘆きそこなうほどだった。秀吉は自分の実子でないことを知ってるはずだが、実子を失ったように嘆き悲しんだ。

 時が経て悲しみが薄れてくると、秀吉は甥、秀次を跡継ぎとすること公にした。これには淀君は怒りを覚えた。そもそも自分が老いた家臣の側室、下級武士出身の寧々を正妻と仰ぐ屈辱に耐えたのは世継を淀殿が懐妊することが約束ではなかったのか。

「わしはもう二度とあのような思いはしたくない。やはりわしが子を持つなどというのは神仏が許さぬ贅沢なのかもしれない。わしは足軽の出身でありがなら、世継以外は何もかも手に入れた身だ」

 お前はそれでいいかもしれないが、私はそうはいかない。淀殿は怒りに震えた。かの「儀式」を思い出したが、秀吉にその気はなさそうだ。秀吉も淀殿の心中は十分察していたがもはや気力が失せていた。秀吉は朝鮮出兵に没入して鶴松喪失の悲しみから目をそらそうとしていた。その中には怒りに震える淀殿も含まれた。秀吉は大坂城を不在するに際し、松丸殿を同行させた。これに淀殿はさらに怒りを覚えた。いかにも名家の出自らしく、おっとりとした松丸殿を秀吉が選んだのは屈辱だった。淀殿は大蔵卿に「儀式」を手配するように指図した。
「姫様、それはいかがなものかと。殿は当分大坂にお戻りにはなりません。殿の不在中に子を宿したとなれば、またどれほど口さがない噂が立つものか」

「私の月のものからすれば、この時を置いて授かるときはほかにない。私が宿した子はすべて殿の御子というのがそもそも約束。子を宿したとなれば殿もお喜びになるに違いない」
 大蔵卿は承服しかねたが、淀殿決意の固さに従わざるを得なかった。「儀式」は再度行われ、計算上どうあっても秀吉の子ではない時期に淀殿は妊娠した。