※多少ネタバレあり

 映画がとても評判がよいので、映画を見ずして原作を読むことにした。宣伝動画はけっこう見たので、設定や登場人物について予備知識があったのはよかった。

 歌舞伎に詳しいには程遠いが、嫌いではない。そんな芸事の厳しくも華やかな世界が描かれているのかと思ったら、その意味ではあてが外れた。歌舞伎界を中心とする人間群像ドラマだ。描かれているのは複数の「人生」だ。

 そんなこの作品で、作者が言いたかったことはなんなのか。そんなものないかもしれないが、個人的に無理やり考えると、「人生は困難の連続だが、それでも淡々と続いていく」。登場人物たちを次々と襲う負のイベント。ハッピーで呑気な人生はひとつもない。いくらなんでも次々起こりすぎだろ、とツッコミをいれたくなるほどだが、次々負のイベントが起ころうとも、すぐに人生は次のシーンに移る。ということでねちこく延々と掘り下げることはなく、サラッと経過していく。
 芸術選文部科学大臣賞と中央公論文芸賞をW受賞などというので描写ビッシリの純文学作品かと思ったら、意外とエンタメ寄りだった。文章は文句のつけようがない巧さで、多くの人に開かれている。分かりやすい文章でありながらすっきりとまとまって緩みがない。ただ文章を味わうというよりは、話の展開を楽しむエンタメ小説だ。

 内容的にツッコミどころはある。とりあえず負のイベントが次々起こりすぎ。ヤクザの抗争で父親が殺されるところからスタートし、いじめ、暴力、糖尿病による喀血・脚の切断、ヤクザの指ツメ、シャブ中、火事、家出、ひき逃げ、幼児の死、狂気等々挙げたらきりがない。これをねちこく描写されたら読む気が失せるが、あっさり描いているのでなんとか。あとやはり歌舞伎の大きな名跡をいくら芸養子に才能があるからといって、それなりにやっている実子を差し置いて継がせるというのはあまりリアリティがない。話を面白くするためにリアリティは排除したといった展開、設定はちょこちょこ感じる。話全体、細部にはリアリティがあふれているが、大筋にはリアリティがあるかといえば意外とない。歌舞伎の演目そのもののようだ。ラストもやりすぎ。
 部分的に 印象に残った箇所。

「女形というのは男が女を真似るのではなく、男がいったん女に化けて、その女をも脱ぎ去った後に残る形であると」
 似たようなことを玉三郎が下記動画で語っていた(18:30あたりから)。
 登場人物たちが芸道を極めていく過程が描かれているのを期待していた。つまり玉三郎のこの動画の方が私の期待にこの小説より応えている。

(朝日文庫 上下巻)

※red chair 坂東玉三郎編。芸養子にして希代の女形、かつ人間国宝。この本や映画を鑑賞するにあたって、とても参考になる動画です。