11月中旬、87歳になる義母ともども高齢親子三人、現在上田市に属する別所温泉を訪れた。義母はそもそも上田出身で夫も幼稚園から上田育ちだ。家は上田城から車で10分かからないくらいの場所にある。そんな夫と結婚して7年目、首都圏育ちの私は初めて別所温泉と上田城を訪れた。
 上田市近辺に温泉は多々あるが、全国的に知名度が一番高いのは別所だろう。ただ夫・義母周囲の地元の人間の話を聞く限り、別所は古い、という印象で、特に上等な温泉地とは受け止めていない様子だ。義母のいきつけは同じく上田市内にある鹿教湯(かけゆ)温泉「大江戸温泉物語」だ。リーズナブルで使い勝手がよく、気軽に行けるので大いに好感を抱いている。「男はつらいよ」第18作は別所温泉で撮影が行われているが、1976年公開のこの映画にある別所と今の別所と大差ない。鄙びた山間の温泉地といったところで静かで古い。今もなおにぎやかで温泉地そのものが広い草津なんかと雰囲気ははっきり異なる。駅も塗装しなおされてはいるが映画とほぼ同じ。これはこれで街の雰囲気に合っていていい。
 温泉地は宿込みで評価すべきだが、ざっくり夫がネットでチェックして評判がいいのは「七草の湯」と「玉屋」だったとか。特に七草の湯はズバ抜けて評判がいい。女将は夫の高校の同級生だそうだ。こちらは満室で予約ができず玉屋へ。2015年リニューアルとあってキレイで料理ともども設備サービスに不足のない旅館でお薦めだ。こうなってくると七草の湯にはいったい何があるのかと興味深い。外観と価格帯にさしたる違いはない。お風呂は名前の通り七つあるようだ。玉屋は二つだ。
 玉屋は別所温泉に三か所ある共同浴場のひとつである大湯のそばにある。内湯ももちろんあるがタダ券を旅館がくれた。地元民の義母と夫は外湯に興味を示さず、わたしひとり大湯へ。初めての共同浴場。受付のおばさんというかおばあさんに聞くと、観光客がタダ券を持たない場合は150円だそうだ。一般の銭湯よりずっと安い。しかし大湯にそういった料金表は一切ない。建物は古く、すごく汚いということはないが、それなりではある。温泉成分と思われる硫黄っぽいにおいが鼻をつく。温泉はこうでなくてはならない。ありがたい感じがする。共同浴場にシャンプー等はない。持ち込みは当然可だが、地元のひとや観光客が持参したシャンプーやボディソープでモコモコに泡立てている姿を私は見なかった。大湯には露天風呂もあり、地元の人や観光客が湯舟につかりながら情報交換などをしている。私もとりあえずじっくり温まるだけにして洗うのは宿の内湯にした。それにしても。言うのもアホだがやはり温泉は風呂と違う。しっかり身体が温まっていく。それほど高温でもないのに、上がると身体が火照って熱いほどだ。浴衣だけで外を歩ける。出入り口付近に飲用の温泉の湧き出口もあり、美容と健康にいいそうだが、これがかなり熱い。
 翌朝特に興味のなさそうな二人も一緒に別所温泉のランドマーク、北向観音へ。古い神社で、境内にある樹齢1200年(という説もある)「愛染かつら」が有名だ。境内からは上田市街が一望できる。歴史はありそうだがまんま古ぼけた神社といった風情。朝8時過ぎの平日でそれなりに参拝客はいる。ご本尊の観音様もお賽銭箱からは「あれがそうなのか?」とよくわからない。神社の観音様やご本尊は一般に北向きではないそうなのだが、北向観音は善光寺のほうを向いているので北向きだ。善光寺の御本尊は南を向いているらしい。どちらか片方をお参りするのは「片詣り」とされ、来世往生を願う善光寺と現世利益の北向観音で「双方完結」とみなす。善光寺といえば近年「悪徳住職」みたいなのでモメているが、どんなもんなんだ。同じ宿に姉妹とその夫の四人で連泊している一行がいて、別所から車で善光寺に行き、両詣でを敢行したそうだ。この70代姉妹、温泉旅行マニアといった様子で毎年何か所も行っているようだが、この玉屋はいい宿だと言っていた。ちなみに「現世利益」の別所みやげは「厄除け饅頭」「厄除けようかん」で厄除け押しだ。ただ土産屋が観光客でごった返しているというような風景はなかった。飲用の温泉出口が参道にもあって、こちらは程よい温度で飲みやすかった。キッチリ温泉卵の臭いがして、「薬効あらたか」な気がしてならない。愛染かつらの幹はさすがに立派だが上部が折れていてなんだか悲しい。昔ヒットした映画「愛染かつら」はこの木の存在から着想を得ているということで有名だが、作者の川口松太郎がそうどこかにはっきり書いていたりするわけではないようだ。何度かリメイクされているが最初の映画「愛染かつら」は1936年の作品で1970年生まれの私もよく知らない。ネットであらすじを読むと、シングルマザーの看護婦(田中絹代)が病院の跡取り息子(上原謙)に歌う姿を見初められ、やがて二人はかつらの木に愛を誓いあうようになるが、ボンボンに子持ち女なんて、と周囲から反対をくらう。一度は破局した二人だが看護婦は「愛染かつら」という曲を作曲してレコードデビュー。しっかりヒットさせ、そののち二人の愛も成就という、なかなかの面白ストーリーだ。
 この日の前日、結婚七年目にしてようやく上田城をこれまた三人で訪れた。三人のうち「真田太平記」も読破し、「真田丸」も見切った唯一の人物である私がようやく。テレビで立派な城門は何度もみた。義母は「公園に久しぶりに来た」と言っているが、確かに門をくぐれば「公園」程度の印象だ。そもそも「上田城跡公園」だ。ちんまりと真田神社があり、他にこれといった天守閣などはない。そもそも平城だ。義母は若かりし頃は仕事の昼休みなどによく訪れていたらしい。盆地の上田は四季を通して昼夜の寒暖差が激しく、紅葉は別所も城内もなかなかきれいだ。義母宅周辺にも鮮やかに赤くなった紅葉の木がいくつもあった。盆地を囲む山肌も趣き深く色づいている。

 87歳の義母は一人暮らしで、今のところ元気なのはありがたい限りだ。毎朝散歩に出ているが、歩みはかなりゆっくり、特に立ち上がるときがしんどそうだ。最近読んだマンガ「大家さんと僕」の大家さんと同い年であることに気づいた。大家さんとキャラは全然違うが、足腰の状態はほぼ同じ印象だ。大家さんは「おばあさん」呼ばわりされることに気分を害していたが、義母は自分が「ばあさん」だとごくシンプルに思っている。25歳になる孫の彼女に「ばあちゃん」と懐いてきてほしい、とボヤくほどだ。身内以外のひとに対してもこのスタンスは変わらない。この辺は子供がいなさそうな大家さんとひ孫が既に二人いる義母の違いかもしれない。

 

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