ビートたけしが談志に扮してドラマ化もされた、講談社エッセイ賞受賞作。あたしはドラマは見ていない。談春が落語家を目指すようになった子供の頃、17歳で高校を中退して弟子入り、それから30歳を過ぎて真打になるまでが、小気味よく綴られる。談春は1966年生まれで私の4歳年上だ。
 役者としてもテレビドラマに出ている立川談春だが、直木賞を取った池井戸さんの「下町ロケット」よりこちらの「赤めだか」のほうが文章はずっと味わい深い。「下町ロケット」は文章を味わうような箇所はほぼない。「下町ロケット」しか読んだことがないが、池井戸さんは文章ではなくストーリー展開で読ませるタイプの作家だと予想する。文章を味わうこと自体、本人がそれほど好きでないのだと思う。

 

『人生は思い通りにはいかないが、どっちに転んだってそう悪いことばかりが起こるわけじゃないと(談志は)教えてくれているのだと思った』

  落語そのものがそういうものであるという文章もあった。

『語りと仕草が不自然でなく一致するように稽古しろ。いいか、俺はお前を否定しているわけではない。進歩は認めてやる。進歩しているからこそ、チェックポイントが増えるんだ。もう一度、覚えなおしてこい』
『先へ、次へと何かをつかもうとする人生を歩まない奴もいる。俺はそれを否定しない。芸人としての姿勢を考えれば正しいとは思わんがな。つつがなく生きる、ということに一生を費やすことを間違いだと誰が云えるんだ』
『春ちゃん。文字助は口調はしっかりしているし、芸の骨格も正しい。学ぶべきことはたくさんある。しかしそれは芸の話で、私生活は一切参考にしなくてよろしい』

 「芸の骨格」。なんか響く言葉だ。悲喜こもごも、硬軟織り交ぜたいろいろなエピソードが簡潔に詰め込まれている。ダラダラ説明したりしない。談志の教えは丁寧でも、その他は「矛盾に耐える」弟子生活。当然ウエットな感情も多々扱っているが、文章は落語のごとくドライ。こういう質感好きなのよねえ。中盤ちょっと文章が痩せてくるところがあるが、頭とおしりが特にいい。ダラダラスカスカと気取ったその辺の小説家の文章よりはるかに上等。簡潔な文章の行間に「言葉にならない(できない)想い」があふれている。
 「いねむり先生」こと色川武大もちょろっと出てくる。立川流の顧問らしい。あとこの本読んで、志の輔を見る目がちょっと変わった。今までは「試してガッテン」なんかでなんとも思わず見てたけど、実は男らしくて奥行深い、スゴい奴なのかもしれない、と思った。
(扶桑社文庫 650円)