テレビドラマでやっていたので、面白そうだと思い購入。初・伊集院静。私にとって伊集院さんのイメージというと、正真正銘の変人、ばくち打ち、モテ男、といったところだ。
 「いねむり先生」こと色川武大(阿佐田哲也)とサブロー(伊集院氏。なぜサブローかは不明。本名とも関連なさそう)というアル中でギャンブル中毒のダメ人間二人が慰め合うエピソード集。クダクダしい「文学的表現」などなく、面白い。読んでいて癒された。小説がどちらかというと苦手な私には珍しい。
 ナルコレプシーを患う「先生」と、妻を亡くして無為徒食の身であるサブローは、共通する「趣味」、競輪をするために男二人、「旅打ち」に幾度となく出る。年代の違う男二人が、一緒に旅に出るのを心から楽しみにしている。不思議というか、あまり聞かない関係だ。二人はなにか直接な言葉を吐くでなく、お互いの存在そのものに慰められている。それでいて大人の男、しかもギャンブル好き同士、ベタベタ一心同体ということはない。こういう関係って、女同士には難しい。それぞれの孤独と個はしっかりある。お互いの心の奥にズカズカ踏み込むような言動は一切ない。むしろお互いかなり気をつかって、立ち入らないようにしている。それでいて、それだからこそ、二人のやりとりに心の奥の襞が見え隠れする。こういう質感、日本文学に珍しくないだろうか?
 しかしダメ男同士といっても、色川武大はこの時点でいくつも賞をとっている売れっ子作家で、伊集院さんは現時点でいくつも賞を取っている上に華々しい女性遍歴を誇る売れっ子作家。だから楽しんで読んでいられるという側面はある。これで人生終始一貫、ひとつのとりえも評価もない、完全不遇のダメ男たちだったら、読んでいるほうも身に詰まされるだろう。
 色川武大の死後22年、夏目雅子の死から26年を経て書かれた作品らしい。ドラマのサイトでは作品中に出てくるKさんが黒鉄ヒロシ、Iさんが井上陽水と出ているのだが、この小説には明記されていない。Iさんは後半になって「売れっ子歌手」で「陽の字」って出るので、それとわかるが、Kさんは絵を生業にしていることしか書いていない。
 「窓際のトットちゃん」(黒柳徹子著)もそうだが、味わい深いエピソードをつなげた小説というのが私は大好きだ。話の筋、展開が面白さがキモだったり、そのための説明がどっさりあるとか、心理の綾がビッチリ「文学的表現」で書きつくされているとか、そういう小説は読むという行為の渦中を楽しめないことが多い。内容がギャンブル道中なので、「トットちゃん」のように万人向けのお薦めとはなりにくいが、この「いねむり先生」、私としてはかなりの「めっけもん」小説だ。
(集英社文庫 720円)