道州制 | ポールファイファーのブログ

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前回の衆議院選挙にて日本維新の会が声高に訴えていたことで認知度の上がってきた道州制だが、この程憲法審査会で議論がなされた。半分強の政党が道州制に向けて否定的でない方針のようだ。


今を生きる世代は中央集権国家体制が当たり前のこととして受け止めているが、日本の長い歴史とからすると極々短い期間だ。


そもそも日本のような南北に長い国は気候風土が北は北海道から南は沖縄まで様々な表情をもっている。

そのような国土をもつ我が国に、だいたい真ん中の都市が平均としての方針を決めてそれに倣うことを要求する体制が正しいのだろうか。

明治新政府の中心的存在であった薩摩藩、現在の鹿児島県が日本の首都だったらどうだろう。おそらく鹿児島の気候風土や人柄や産業をベースにした社会体制になっていたと思われる。なぜなら、人は自分が生活している場所が標準的な場所だと思い込むからだ。


また、社会体制が中央集権型だとしても、地方の方々ならなんとなくお分かり頂けると思うが、昔ながらのその地方独特の風習が存在する。方言や、食文化など意外と違っていたり、初めて目にする耳にするものが存在することに驚くこともある。。長い歴史の上に現在がなりたっているからである。


国が違うと当然のように文化が違う。日本の都道府県ごとや、それらよりも小さい単位で違っていてもおかしくはない。特に日本は平野が少なく起伏の激しい形態だ。それらは簡単な人の行き来を阻む要因になる。

そういった状況が存在しているのにも関わらず、東京の状況色濃い物事を押し付ける状態が機能し得るのか。

それよりは、アウトラインは日本全体の方針を打ち出し、それをベースに各地方ごとに独自の解釈でテクニカルな部分を決めていく方が理に適っている。現在の中央集権体制はあまりにもテクニカルなことまで規定し過ぎる帰来がある。


続く。