親は子供の事が心配なものだ。
なかなか歩かないとか、
言葉が遅いとか、
オムツが取れないとか。
私自身、その全てに心配した覚えがある。
けれど今のところその全てが杞憂におわっている。
なんとなく気になり始めて、
それが心配に変わった時、
もう公平な目で子供を見れなくなる。
なんでもかんでもが、
なんかおかしい気がしてならなくなる。
でも今言えることは、
結局それは何一つおかしなことではなかったってことだ。
親友が、
自分の息子の言葉が遅い事を医者に指摘されて、
ひどくショックを受けている。
私も彼女の子供は他人とは思えない。
だから、
そう言われるとなんか気になるような気もしてくる。
彼が何もない場所に向かってボゲボゲ言っているのは、
ちょっとおかしいのかな?なんて
ついつられて思ってしまう。
今まで何にも気にならなかったのに。
親友の心配は相当なものだろうと思う。
私ですら動揺しているんだから。
「大丈夫だよ」
って言いながら、
気のせいである事が判明するのを真剣に祈っている。
三才の発育なんて、
必ずしも平均のそれと比例して進んで行くわけではないと思う。
いつからこんな風に、
医者のガイドラインが確立して、
それにそぐわなければ異常だという事になったんだろう。
ほんのちょっと前までは、
頭が良いとか悪いとかそんなの関係なく、
貧富の加減でその人間がジャッジされてきただろうに、
国が豊になった途端、
なんともいらん世話なジャッジをされる。
親はその一つ一つに敏感に反応して、
大きな心で育児なんて出来なくなる。
これで結局
「なんでもありませんでしたねぇ」
ってなるなら、
彼女は無駄に心痛め損だ。
でも、今となってはそうなってほしいんだけど。