私の手紙は長かった。

 

手紙というより、日記だったのか?

なんで長かったんだろう?自分で書いた手紙はもう手元にないから分析できないけれど。

 

 

1年くらい前かな。

ノートに書いたらいいですよ。っていう流に乗ってみた。

それまでは、ずーーーーーーーっと、ノートではなく、便箋とかA4用紙とかに書いて書き終わったら捨てていた。

 

取っておくっていうのもやってみようかな。という感じで。

家の近くの文房具屋さんで可愛いノートを買ってきて。

すぐ飽きてしまうかもしれないからと、冊子みたいなノート。

 

 

6冊くらい書いてあったのを、ぱらぱら見直してみた。

何を言っているんだか????なこともたくさんある。

というのも・・・切れ間がないから。文章がずーーーーーーーーっと続いていて。

読むのがしんどいなぁって思った。

そこにはとにかくいろんなことが書いてあるんだけれど、一つ気づいたのは。

だらだら書いていることっていうのは、今でもモヤモヤしているかも。という共通点。

あとは、これ本心?みたいな1%の事実に99%の尾ひれをつけているやつ。

 

 

この間、旦那さんが読書しているのを横覗きして数ページ一緒に読んでいた。

「へーっ」って私が声を上げたら「うん、でもここは解釈だよね。この人の。発言者が本当にどう思っていたかはわからないよ」って言われた。

この”解釈だよね”って言葉がすごく残っていて。

 

 

私自分のこと書いてるのに、同じようなことしてるなって思った。

何かが起こった。きっとこういう理由だったんじゃないか?もしかしたらこうかもしれない?あの時のこれも関連あるかも?だとしたら・・・みたいに。すんごい色んなものくっつけてた。

 

なにこれ。私めんどくさい。笑

 

 

それに・・・何度も何度も同じテーマについて書いてて。

私これのことばっかり考えてたんだな。ってちょっとウザいよもう。ってなった。

書いてあるページ数が多ければ多いほど、私はそのことばかりにエネルギーを注いでいたことになる。

 

大まかに4つくらい。

・カード負債完済したい

・会社の後輩が気に食わない

・旦那さんの先輩が嫌い

・旦那さんに嫌われたくない

毎日毎日こんなことばかり考えていたのか・・・と思ったら本当に嫌になった。

そして、カード以外の話はまだ続いてて、なんかもう1年間私何やってたんだろう?って落ち込むわ。


読み返して、赤ペン先生みたいに花丸つけたり突っ込みコメント書いたり・・・。

書いたものを残しておくと、こういうことができるんだな。

やってみないと、本当にわからないなぁ。

 

 

最終的に、この事象どうしたい?私どうなりたい?何が欲しい?

みたいなのが出てくるまでに時間がかかるものもあると思うんだけれど。

そういうのは、一度書いたら後は放置しておいてもいいんだよね。

書き留めておくことの利点は、忘れておけるってことでもある。って誰かも言っていた。

また書きたくなるのは何で?他に書いていることとどこが違うの?っていうのが次への問いなのかもな。

 

そして・・・、こうなったらいいなああなったらいいな。っていうのも、自由に書いているようで、しっくりこないこと書いてると、しっくりこないままになるんだな。っていうこともちょっとわかった。

 

 

さて、次の1年どんな感じになるのかな。

それにしても、書くのも振り返るのも、私は好きなんだろうな。笑

会社辞める辞める詐欺。結局辞めないだろうから。

会社を辞めるっていうのは、安易な解決策に飛びついているだけで。

実は何も解決しないんだ。ということをもう諦めざるを得なくなった。

 

 

久しぶりに、熱い喝をくらってやっと目が覚めてきた。まだ目は閉じてるけど。

なんていうか、真剣な真っ直ぐなエネルギーが向かってくるのを感じて、あ、私こんな真剣に自分に向き合って出した答えじゃないかもしれない。って。

 

 

誰に、何に遠慮しているの?それ、必要あるの?って。

それ聞いて、気づいてしまった。

今目の前に居るこの人を失うということは1ミリも考えられないけれど、

旦那さんを失うかもしれない(旦那さんに嫌われてしまうかもしれない)と思って、

言動に注意して”私が”上手くやらないと成り立たないって思っている。ってことに。

 

 

共通の知り合いが多い分、良い奥さんにならなきゃ。

彼が私のせいで嫌な思いをしたり、気まずい思いをしたりするのは避けたい。

そう思っていたけれど・・・

 

 

待って待って。

彼のため。ってもうおかしい。

こういう、誰かのためを思って。っていうのは嘘だって知ってるじゃん。

結果何にもいいことが起こらないってことも。

 

 

私何やってたんだろ。

私が、良い奥さんに見られたいだけ。

私が、陰口言われたくないだけ。

私が、負けたくないだけ。

 

 

それで私楽しいのか?

良い奥さんって言われるように取り繕うのが心地いいのか?

万人に好かれようとして陰口言われないようセーブしてていいのか?

勝手に張り合って、勝った負けたってやってて心が晴れるのか?

 

 

いや・・・全然楽しくない。

つまらない。そして、飽きているのはそこかもしれない。

会社にではなく、妻を演じるのに飽きただけかもしれない。

誰も求めていない妻役。

 

 

 

役っていうのは、役作りしているときが一番楽しいのかもしれない。

そもそも、どうして役がほしいのか?

圧倒的安心感がほしい。

ここに居てもいいんだという安心感。

どんな私でもいいんだという安心感。

 

 

 

既にあるじゃんね。

ここに居ること=ここに居ていいと認められている。

過去の私と今の私と違うこと=変わろうが変わるまいが私であることを認められている。

だって、毎月ちゃんとお給料が支払われているんだから。

辞めてほしいなんて、一言も言われたことない。

 

 

私はここに居てもいい。どんな私でもいい。

ずれていたら、違っていたら、何か言ってくるだろうから、そしたら考えればいいじゃん。

修正できるだけの関係性は築いてきているんだから。

不安は幻。

1月に、パンツとセットアップ(スカート)を買った。

パンツは試着した瞬間、コレイイ!!!履いて帰りたい!!って思ったので何ら後悔はしていないんだけれど。

 

ワンピースとセットアップを試着して、セットアップにした。

とても使い勝手の良さそうな、黒のタイトスカートと5分袖のプルオーバーのセット。

 

ところが・・・このセットアップ、なかなか着ようと思わない。

ひとつは、スカートがジャストウエストで、これは一度着て気づいたんだけれど、ファスナーのホックが背中にあたって座っているときに痛いことで選択肢に上がらなくなってしまった。

 

で、トップスの方は、黒ってあまり着ない。

いつ頃からか、フケのようなものが気になってしまうので、ダーク系のトップスはあまり着ようと思わない。

 

じゃぁなんで買ったんだ!!!!

 

 

無難で、便利そうだったから。

 

 

 

でも私にとって全然、無難でも便利でもないこの状況・・・

だいたい、そういう風に買った服をさんざん処分してきたのではなかったのか。

反省の色なし。

 

 

もう、それしかなかったら着るでしょ?

という勢いで、強制的に着るというのを課してみようか。

スカートのホックはホックを見直したら気にならなくなるかもしれない。

トップスは、髪をアップスタイルにしておけばそんなに気になるほどではないのかもしれない。

 

 

選ばなかった方のワンピースを買っていても、同じようになっていたかもしれないから。

だって、パンツのように即決しなかった時点でもうそういうことだよね。

 

 

サイズは合っているわけで。

試着して、良さそう。とは思ったわけで。

買ったものを、活かすという工夫もやってみようかなと。

それでも処分対象になってしまったら、記念撮影だな。

今後買物するときに、試着室でそれ眺めて戒めよう。

会社辞めよう。って思って。

辞める辞める詐欺になってるけど。苦笑

去年は12月に辞めるって言ってて、なんかもうそれから4か月も経っている。

今は8月を考えている。定期が切れるのが8月だったから、ちょうどいいかなって。

 

 

それで、じゃぁ、転職しようか。とも思うけれど。

今の仕事に慣れ過ぎて、次に何を選んだらいいかよくわからない。

苦しい思いして働くのは嫌だし。

人が合わなかったときにすぐに辞めたくなっても困るし。

 

 

で、4つの単発セッションを受けることにした。

なんか、闇雲感があるけれど。

続けて違う人と話をすることで、私の中で固まることもあるんじゃないかな。

本番の前に、人前で練習する。みたいな感覚なのかも。

 

 

それで思うのは、カード負債頑張って返しててよかったな。

毎月絶対いくらかは貯金する。っていうのは守れなかったけれど。

でも大丈夫。カード負債返せたんだから長期的には貯金もできるって思える。


今月は、貯金せずに全部使う!

だからといって、来月その分多く貯金する。みたいな帳尻合わせはしない。

未来にマイナスを負担させない。

っていうか、別にマイナスじゃないしな。

2年くらい前から、飽きている。

 

嫌な人と仕事しなければいけないわけでもないし。

上司は良い人たちだし。

職場の雰囲気悪くないし。

仕事内容も全然過多じゃないし。

 

恵まれている。

プレッシャーもないし。

話せば変えられることもたくさんあるし。

お給料割といいし。

 

でも、飽きてしまった。

何に?何に飽きてしまったんだろう。

 

人?

影響できる範囲?

仕事内容?

 

私が飽きないのって、どういう状況なんだろう。

飽きないと、辛い、しんどいは、セットな気がしてきた・・・

 

嫌だなそれは。

目の前のことに精いっぱいで、辛くてしんどくて。

頑張って頑張ってきた私。

楽しかったか?と聞かれると全然。

 

楽しそうだったよ。と言われると悲しくなる。

私何を求めているんだろうか。

 

 

私の興味は、どこにあるんだろうか。

別に料理が上手なわけではないけれど。

好みの味でおかずを作れる時もある。

 

夕飯の残りを次の日のお弁当にしているんだけれど・・・

おかずが美味しく作れた時のお昼は楽しい。

 

あぁ。今週もお弁当のスープ作らなくちゃ。

そう思って、適当に作った時のスープは、全然美味しくない。

 

 

心がこもった料理は美味しい。って言うけれど・・・

あれは、手間暇かけた料理は美味しい。なんだと思う。

 

 

手間暇っていうのは、自分好みの出来になるようにどのくらい工夫したか。

ってことなのかもしれない。

 

食材もレシピも調味料も無数にあって、かけられる時間は決まっている。

どれを選んで組み合わせるか。というところに手間をかけるかどうか。

なのかな。

だから、料理に手抜きってないと思う。

手を抜いているのは料理ではなく、決める(考える)部分なんじゃないかと思う。

プロセスを端折ることや、加工品を使うこと自体ではなく、そこに至るまでちゃんと考えたのか?ってこと。

 


決めるというのは、どんなに些細なことでもしんどい。って世の中でよく言われているけれど。

家事における決断量って多過ぎやしないか・・・。

ハレの日に、完全に浮いていた私。

所在なく、心細かった私。

 

先日、知人の結婚式に参加した。

私は新郎側に出席したんだけれど・・・

新郎側の私以外の女性は全員ネイビーのワンピースという。

偶然なのか申し合わせたものなのか。

 

私はそれを見て、ひどくさびしく思った。

当然男性はダークスーツばかりで。

明るい色物を着ていた私は、完全に浮いていた。

 

あんなに目立つのに、あんなに何も言われなかったのは初めてだ。

服を褒められることもなく、

晴れやかにしてきた労をねぎらわれるわけでもなく、

会話の輪に入ることもなく、

会場についた時から、家に帰るまでずっと孤独だったな。

知っている人が何人もいるのに、私のこと見えてるのかな?って感じるほどに。

 

そもそも、行く気がなかったのだ。

呼ばれておいてなんだけれど。

テンションを上げるために張り切った装いで、

逆に自分の首を絞めてしまった。

 

 

呼ばれたから仕方なく。

断る方が角が立つ。

褒められたかった。

上手くやりたかった。

ちゃんとやりたかった。

頑張って嫌なことに耐えている代償がほしかった。

 

 

本当のところ、強制でもないのだから、断ればよかったんだ。

知人たちに気を使う必要なんてなかったのかも。

人間関係を壊したくなかった?

でもそもそも、そこに良好な関係性なんてあるんだろうか?

なにもかもが、ずれていた。

 

 

今までにない、疎外感。

ずれを修正したいとも思わず。

集合写真に「入らなくてもいいかな・・」という言葉を飲み込んで。

そうか。もうこの人たちとは一緒に居られない。

くっきりと、わかってしまった寂しさなのかもしれない。

 

 

興醒め。とはこういうことなのか。

行く前に割り切っていたら、もっと楽しめたのかもしれない。

旦那さんの帰りが遅いと、寝つけない。

 

昔一緒に住んでいた人が、帰ってこなくなったのを思い出して不安になるから。

旦那さんのこと信じてるのに、なんでそんなことばっかり考えてしまうんだろう。

って、もうずーーーーーーーーーーーっと悩んでた。

 

先週、旦那さんが飲み会続きだったので、またモヤモヤしていたんだけれど・・・

ふと、あれ・・・?眠れないなら起きていればいいのでは?

と思って、布団から出てソファに移動したら「さて、本でも読むか」みたいになった。

 

で、気づいた。

私、ベットに居ると不安になるんだ。って。

ベットは泣く場所。

ふてくされる場所。

考える場所。

悲しむ場所。

モヤモヤする場所。

ネガティブな気持ちになる場所。

寂しくなる場所。

孤独を感じる場所。

寝れなくて悩む場所。

 

今まで、不安なことや悲しいこと、辛いことがあると布団にもぐりこんでやり過ごして来た。

そういうのぜーんぶベットが受け止めてくれていた。

でも、いつからから習慣になってしまって、自分でそうしに行っていたような気もする。

 

あの頃も今も私の安心安全な場所には変わらないのだけれど・・・

これからは

楽しいことを考える場所。

穏やかな気持ちになれる場所。

旦那さんと仲良しになる場所。

幸せを感じられる場所。

 

って、そういう場所にしたい。

無理やりそういう風にするのではなく、

さしあたっては、不安やネガティブやモヤモヤを持ち込むのをやめる。というところから。

この間みたいに。起き上がって、別の場所に移動する。

それが落ち着くまで布団に入らない。とか。

しばらくこれで行ってみよう。

 

 

自分に投資♡

そう言って、モノを買ったりサービスを受けたりどこかに出かけたり。

 

思い返せば、そういう理由を付けたものは結果的に”消費”だった。

お金を払っている。お金と交換に何かを得ている。

という行為に、都合のいい言葉をつけて、ごまかしていただけなのかもしれない。

 

 

全部消費かもしれないし、全部投資かもしれない。

消費だと思うと、適当になるし不感症になる。

投資だと思うと、見返りを求めて執着してしまう。

 

 

お金と交換する何かと真摯に向き合う。

お金と向き合うんじゃなくて、交換するものと向き合う。

今の私にはまずそっちが必要な気がする。

いつの間にか、驕っていた。

旦那さんとのパートナーシップは、私の努力で成り立っている。

そう思っていた。

 

実際は、

私は旦那さんに丁寧なコミュニケーションを心がけている

私はパートナーシップが下手なので上手くなるように努力している

 

ということであって、

 

だからと言って、

夫婦関係が良好なのは私のおかげ。私だけのおかげ。

 

ってことにはならない。

 

 

旦那さんは旦那さんで、同じように夫婦関係を良好にできるように考えて行動してくれている。

ということを、全然考慮していなかった。

 

 

旦那さんは、蒸し返されるのが嫌いだ。

あの時、本当はもっとこうしてほしかった。っていうやつ。

私も嫌い。

でも旦那さんは、酔っぱらうといつも同じ話を繰り返してくる。

私が業務で至らなかった話を。

私自身も気にしていることであり、いつも責められている気分になる。

でも本人酔っぱらって寝ちゃうから、そんなこと気にしてない・・・。

 

それの、仕返しをしてしまった。

解決したはずの話を蒸し返して、旦那さんが至らなかったことを責めた。

しかも、シラフの状態で。一方的に。

 

 

「もうそれ言われたら、根底から否定されてるのと同じだよ。

その至らなさも含んで、今一緒に居てくれてるんだって思ってたから。」って。

ごめん。ごめんね。ごめんね。そうだよね。

盛大な八つ当たりだ。捻じれた最悪のコミュニケーションだ。

 

私は、「酔っぱらってあの話良くするけど、その度責められてる気分になるからやめてほしい」って言いたかっただけ。

 

 

私が旦那さんに「普通は・・・」っていう常識やら価値観やらを求めるときは、外を気にしているとき。外から褒められたいとき。カッコつけたいとき。

これが出てきたら、”止まれ”の合図。

取るべきコミュニケーションは、旦那さんに協力を求めること。

そのためには、旦那さんと丁寧に対話する必要がある。

少し立ち止まって離れたところから考える時間を取ろう。

 

希望通りになるかならないかは対話の結果だからこだわる必要ない。

対話して納得していれば、どちらになってもいいんだから。

一番嫌なのは、結果を導き出すのにお互いを傷つけあう感情的なやりとりをしてしまうこと。

今回みたいに・・・。

それは、私のやり方を変えれば、回避できること。

 

次からは、もう少し上手にできるかな。