「もちろん、私を殴ったりしたら、夫の愛車に八つ当たりすることになるわね。」と息まいている。

午後三時からは社用があるので、ランチを終えるとそのまま駅西口近くのラブホに向かう。
ここはすっかり、僕の常用ホテルになっていて、それまでにも何人もの女性と一夜を過ごしている。
仮面妻とは、昼下がりの情事を幾度となくしているので、彼女も慣れていて、すんなりと行動を共にする。

ベッドの中で彼女の裸身にあざが無いのか、なんとなく気になる。
最初に彼女と出会ってベッドインした時は、旦那のDVによるあざが散見していた。
「いやだわ、私の身体を眺めているのね、暴力されてないから大丈夫よ。」と笑う。
「そうだわ、貴方もキスマークはついてないよね、確かめてみる。」と言いながら唇を這わせてくる。

一昨日にダンス教師の彼女と情交したばかりなので、その痕跡があるとまずい事になる。
「うん、なさそうね。だけど、まだ信用できないわ。私が夜に出かけられないのをいいことに何をするのか分かったものじゃないわ。」と疑うように見つめる。

彼女の推察どおり、しばらく夜はダンス教師の彼女にワルツの特訓をうけることになっていて、その間、セックスもありだし、特訓が終了すれば、すぐに妖しげな美魔女達の仮面舞踏会がある。

「いや、夜は君と逢えないのが寂しいよ、また、旦那が出張になればいいね。」と心にもないことを言って受けながす。
「そうね、商社の出張が多いことを理由にして、社内にいる愛人と浮気しているから、さっさと出掛けてしまえばいいのだわ。」と腹立たしそうに話す。
「相変わらずだね、そんなことで、もうヤキモキはしないんだ。」と聞くと、
「ええ、その分、私も貴方と逢っているからね。」と言いながら、僕に裸身を絡みつけてくる。
彼女は、旦那への反発と僕への嫉妬心で、セックスの情欲がつのるみたいで、僕自身もそんな彼女を抱きながら、いっそう興奮して情交することができる。

彼女とランチ&セックスを過ごし、会社に戻るとセクレタリーが、「お疲れ様です。」と言いながら、お茶を入れてくれる。こちらも経営者クラブの会合と偽って外出していただけに気が引ける。
今夜は、社用を終えた後、ダンス教師の彼女の特訓を受けに出かけるのだ。

「主人が長期の出張から帰って来たけど、同居しているだけでも鬱陶しいのよ。昼間に外出して息抜きしないと居た堪れないわ。」と不満を漏らす。
「しばらくは家庭に籠って貞淑な妻を演じて、夜遊びは自粛しないとね。」と冗談交じりに言うと、
「あら、冷たいのね、貴方、最近なんとなく様子が変だわ。また、女でもできたんじゃないの?」と探りを入れてくる。
慌てて、「いや、昼間だったらランチぐらい付き合うよ。あの女流画家の友達とも会ったりしてみたらどう?」とはぐらかすと、
「彼女は、相変わらず、男漁りしているわ。まさか貴方、あれから彼女と関係してないわね?」と疑っている。

「あの女流画家にとって、男は芸術の肥やし程度みたいなものだし、一人の男性とは長続きはしないさ。また、よりが戻るなんてありえないよ。」とそっけないふりをして応える。
「まあ、そうね。彼女のことだから、貴方と何かあれば、すぐに私にバラしてしまうからね。」と言うので、
「そうだよ、あの時も一晩で君に伝わっていたからなあ。」と僕はあきれたように笑った。

女流画家のほうに話題がそれて安心していると、
「だけど、このライブパブであったダンス教師や元ショーガールも疑わしいわね、あの後、会ったりはしてないでしょうね。」といきなり核心をついてきた。

「いや、会うこともないよ、二人とも彼氏がいるんだから、無理だよ。」と慌てて応えたら、
「えっ、彼氏がいなければ誘うつもりなの?」言葉尻を捕らえて、追及してくる。
どうもことわざの裏返しではないが、火の燻る所に煙は立つ、みたいに嫉妬心の強い彼女の、浮気の煙を感知する勘繰りはつくづく鋭いと思った。

僕は彼女の気持ちを裏切るように、二股をかけていることに罪悪感を持ちつつも、ダンス教師の彼女にも彼氏がいることだから、不倫の本命はやはり、この仮面妻だと思い込むことで納得する。

そんな際どい話をかわして、
「ところで、旦那のDVは大丈夫なのかな、また、体にあざでもできてないの?」と聞くと、
「今のところ、おとなしくしているみたいよ、でも虫の居所でいつ、豹変するか分からないわ。」と浮かぬ顔で話す。
「だけど、もし、暴力を振るったら、また君に、旦那がピカピカに手入れしている高級外車に傷をつけられて家出されると、たまったものじゃないから用心していると思うよ。」

40代から50代で美しさをキープしている女性は、年齢不相応の若々しさに加え、妖しげな色香を漂わせている。まさしく妖艶な魔女的な雰囲気を醸し出していて、ただ愛らしいだけの小悪魔的な若い女性には無い魅力がある。
ダンス教師の彼女と店のママ以外にも、この秘密めいた仮面舞踏会にどんな美魔女が集まるのか、興味がそそる。

「ところでパーティーの服装はどうすればいいのかな?」と彼女に尋ねると、
「そうね、一般的な社交ダンスのパーティーだったらタキシードなんか着る人もいるけど、今回はプライベートの堅苦しくない会合みたいなものだから、女性はダンスドレスでも、男性は平服の黒かグレー系のスーツにネクタイであればいいわ。ベネチアンマスクは貴方のイメージに会いそうなのを私が選んできてあげるね。」と乗り気になっている。


「僕のイメージだって・・、アランドロンが主演した怪傑ゾロみたいなシンプルなマスクがいいかなと思っていたんだけどなあ。」と言うと、
「ふふっ、そんなの古いわよ、顔が隠される分、マスクで個性を出さないと面白くないわ。」と笑っている。
「そうか、じゃあ、どんなマスクになるか、楽しみにしているよ。」と興味本位に応えた。

帰り際に、ママから「きっと来てよね。」と念を押される。
その色っぽいまなざしに思わず惑わされてしまう。

店を出てダンス教師の彼女とタクシーで円山町のラブホに向かう。
そんな仮面舞踏会の話をした後だけに、ベッドで抱く彼女とは、いつもとは違う、妖しげなオーラを発する魔女の白い裸身に触れているような気がした。

翌日、仮面妻の彼女からメールがあり、旦那が出張から帰って来ているので、夜は出られないから昼間に逢いたいということだった。
彼女も舞踏会の仮面ではないが、貞淑な妻を演じる仮面をかぶっているようなものだ。
ダンス教師のことが気がかりなのかは分からないけど、彼女が直感で詮索しているような気がしたが、しばらく夜はダンス教師の彼女に、ダンスパーティーで必須のワルツの特訓を受けることになっているから、昼間ならちょうどよい。

次の日に仮面妻の彼女と逢うことになり、恵比寿のアトレで待ち合わせる。
ここは数年前に建設された駅上のステーションビルで、お洒落なショップや飲食店がテナントで入っている。
カフェレストランでランチをとりながら彼女と顔を合わせていると、ダンス教師の彼女や仮面舞踏会のことがあって、何となく後ろめたい気分になる。