仮面妻とは、夫が出張で家を空けるのと彼女がプチ家出をしている日以外は昼間に逢うことにしていて、その日は彼女の要望で横浜まで出向くことになった。

当時のパンパシフィックホテル(現在は東急ベイホテル)の女性客に評判の良いフレンチレストラン「クイーンアリス」でランチタイムを過ごした。店内からウィンドウガラス越しに大観覧車のパノラマが一望でき、夜景は特に人気があった。

「やっぱり、横浜はいいわね。私、数年前にTVドラマの『大人のキス』を見て、みなとみらいの情景に魅せられていたわ。」と感じ入っている。

1990年代から横浜のみなとみらいは地域開発が盛んで、シティホテルや大型商業施設の開業が相次いでおり、トレンディなスポットとして、ロケなどが盛んに行われていた。
1993年にオープンした横浜ランドマークタワーを舞台にして、同年に放映されたTVドラマ『大人のキス』の風吹ジュンの人妻役は、仮面妻に似通った色っぽさがあった。
ドラマの主題歌でオリジナルラブの『接吻』はヒット曲となっていて、今でもカラオケでよく歌われている。

「私、以前に目黒のライブパブで知り合った横浜の男性に連れて来てもらったことがあるわ、その時は元町中華街で食事をしたの。彼のオフィスは関内にあるから近いのよ。」と話す。
「その男性って、以前にライブパブで僕に紹介してくれた、君がカーセックスをしたというあの大柄の彼だろ。」と嘲笑して言うと、
「嫌な人ね、いちいちそんなことまで言わなくてもいいわよ。そうよ、まだ、貴方と付き合う前だし、それに関係したのはその時の一度限りだからいいじゃない。」と開き直るような口ぶりで応え、
「ところで、館山で綺麗な熟女二人とディスコで一緒だったのね。ずいぶん、親しそうにしていたみたいね。娘もあまり話したがらないから、問いただしたのよ。」と言い返す。
「それは、君にも電話で話したとおりだし、何も隠してはいないよ。」
「その女性達と、また会うことはないの?」
「連絡先も知らないし、それはないなあ。」
どうも、彼女の友人の女流画家との関係が引きずっているのか、仮面妻の猜疑心は相変わらずだ。
実際は、その熟女達の一人と情交しているから、ちょっと後ろめたさがある。

僕への詮索が一通り済むと、彼女は納得して話題が変わる。
ランチのフレンチコースをとりながら、「うちの子、お陰様でパソコン操作に自信がついたみたい、教えてくれた女子社員の子によろしくお礼を言っといてね。」とにこやかになる。
「ああ、また、よかったら、いつでも教えてあげると、彼女が娘さんに話していたよ。」

 

昨夜、部屋のソファー座り、酔って僕にもたれかかった女子社員を抱き寄せたが、彼女は嫌がることもなく身を委ねた。また、朝食時に大人の色気を身につけたい、と言ったのも、少なからず仮面妻を意識してのことだと思う。

ランチの後、女性二人が早めに帰れるように館山駅まで送り、房総特急さざなみで東京に向かわせた。
当時は館山自動車道がまだ無いので、僕は車で曲がりくねった一般道の127号線を走り、東京まで4時間程かかる帰途についた。

旅行から戻った次の日に社長室に出社する。セクレタリが遅れていて、女子社員が代行して、朝の日課の部屋の掃除とお茶出しをしてくれる。

「旅行に連れていただいてありがとうございました。昨日は私達だけ電車で先に帰って、社長は車で長時間、お疲れだったでしょう。」と話すので、
「君こそ、僕のプライベートな用事に付き合わせて申し訳なかったね、君のレクチャーは、あの子の会社で大いに役立つと思うよ。」とねぎらいの言葉をかける。
「私もお陰さまで、社長とご一緒できて、旅行を楽しめました。」
今回の旅行で、彼女とは男女関係の度重なるニアミスがあったこともあり、親しみが増して、明るく応える笑顔に妙に魅了されてしまう。

そんな旅行後の話を交わしていると、ほどなく「すみません。電車の遅延で、出社が遅れました。」とセクレタリが入室してきた。
そして、「ごめんね、社長の朝のお世話を任せてしまって・・、でも、なにか今朝はずいぶん、和やかな様子ね。」と、僕と女子社員との親しげな雰囲気を感じとっているようだ。
「なんか、彼女と雑談で話が弾んでね。」と僕はその場を取りつくろうように応える。

今回の温泉旅行は不倫相手の娘も一緒で、さすがにシークレットにしなければならない。
ただでさえ、僕と女子社員が同時に休みを取っていることからも気づかれてしまう。
女子社員は、「普段はあまり、社長とお話しする機会がなくて、今朝は話し込んでしまいました。」と僕に合わせるように言って退室する。
セクレタリは、僕のプライバシーを詮索するような性格ではないが、用心に越したことはない。

午前中、デスクワークをしていると、「娘がお世話になったし、近いうちに逢いたいわ。」と仮面妻から連絡が入る。
彼女の娘が、旅行先で知り合った美熟女二人のことをどこまで、母親の仮面妻に問い詰められているか、ちょっと気にはなるが、二日後の昼間に逢うことにした。

10時前にチェクアウトを済ませ、セミナー室に戻って、彼女達が講習をしている傍らで社用の業務をしていると、仮面妻から電話があった。

「どう、うちの娘はしっかり学んでいる?」
「ああ、真面目に受講しているよ。講師の女子社員も理解が早く、教え甲斐があると言っているよ。」
「そう、それならよかった、昨晩はディスコで楽しんだのね?」
「うん、そっちの方も女子社員がダンスを教えていたなあ。」
「ふ~ん、貴方も一緒に盛り上がっていたのね。若い女性と触れ合えてよかったじゃない?」と皮肉っぽく言うので、
「良くも悪くも、うちの社員と君の娘では、そんな気になれないよ。」と呆れたように応えると、
「どうだかね。ディスコには他に客がいなかったの? 二人共、若い女性だから、温泉宿だけにハメ外した酔っぱらいの男性客にちょっかい出されてなかった?」と聞いてくる。
「いや、それはないなあ、もともと男性客は来なかったしさ。」とうっかり言うと、
「え~、ということは女性客のグループなんかはいたのね。」と突っ込みを入れてくる。

さすがにその質問には答えづらいが、娘が帰宅してから話が合わなくなるのも困るので、「女性客が二人いて旅先のよしみで、会話ぐらいはしたけど、こちらは女性連れだから特にそれ以上の事はないよ。」と曖昧に返答すると、
「それ以上の事って、わざわざ言うこと自体なんかあやしいわね。まあ、いいわ、娘が帰ってきたら聞いてみるから。」と詮索する。
娘には、女性客との連絡先も交換していないと話したから、この先の進展もないし、ただの会話だけで済んだということで、まさかセックスをした事実までは疑わないだろう。

正午になり、講習を終えて保養施設のレストランで昼食をしながら、「今回のパソコン研修で、スキルアップできたかな?」と娘に尋ねた。
「ええ、マンツーマンで教えていただいたから、徹底的に分かるまで説明が聞けて良かったですわ。」と応えると、
「あとは、会社でどんどん仕事で使っていけば、さらに上達するようになるわよ。」と女子社員が励ます。

「ところで、昨夜のディスコのことだけど、お母さんには、勉強で来ているのに、遊びに夢中になっていたと誤解されるのも良くないので、詳しくは話さないようほうがいいかもね。」とそれとなく示唆するようにして念を押す。
「ええ、あの綺麗な女性客の方達と騒いだことはあまり話さないようにします。」と分かったような口を利く。
やはり、僕と母親の関係をうすうす勘づいているのだろう。
女子社員が、「でも、それ以外の時間はしっかり勉強したから、別にかまわないと思いますが、社長は何か気になる事がありますか?」と笑いながらも釈然としない様子だ。
彼女も仮面妻とのことを何となく察しているようなので、僕が念を押したのが返ってやぶ蛇になってしまった。