「貴方にあまり生活感がないのは、夫婦の絆がほどよく緩いせいもあるのね。」と言うので、
「僕は放し飼いの犬みたいで、屋外を飛び回っているけど、帰る所はちゃんと心得ているよ。」と笑いながら応える。
「貴方みたいに男女交際にフットワークが軽いのも考えものね、私はやきもち焼きだから好きになったら、四六時中気が気じゃないわ。」と言い切る。
どうやら、この彼女も仮面妻と同じく嫉妬心は強そうだ。
「でも、貴方は女性の扱いに慣れているみたいだから、下心見え見えの男性と違って、軽いノリで口説かれても躊躇うことなく成り行きにまかせてしまいそう。」と思わせぶりに意味深な目つきをする。
「それは君自身が今、そういう心境にあるということ? 君は年下オンリーじゃなかったのかな?」と僕はそんな彼女の思惑をさりげなくうかがう。
「あら、勘違いしないでよ、貴方、不倫の相手がいるでしょう、彼女をどうするつもり?」
と確かめるような口調で言う。
「しばらく逢っていないし、連絡も途絶えているしなあ。」
事実、仮面妻の彼女には年末にメールをしたが、その返信が無いままになっていて、どんな事情があるのか定かではない。
「じゃあ、彼女と逢えないなら、今度、私を食事に連れて行ってくれる? 行きたいところがあるの。」と笑顔を見せる。
「もちろん、いいよ。どこにする?」
「恵比寿のウェスティンホテルにある中華料理店よ。そこの裏メニューで白い担々麺を食べたいの。」
「裏メニューということは、通常のメニューには載ってないってこと?」
「そうよ、役所の同僚から聞いたけど、彼氏がその店の常連だから知ったんだって。すごく美味しいって言っていたわ。一人で行っても裏メニューだから頼みづらくてね。」
「じゃあ、とりあえず、その店で頼んでみようか。常連しか出さなかったからダメだけどね。」
そんな約束事をしながら、その夜は2回目の逢瀬にしては、モデル系の彼女がより身近に感じられた。
会話の後は、彼女はクリスマスの頃に会った時と同じように生バンドで踊ったり、カラオケを歌ったりして、はしゃいでいる。
役所勤めの後の地味めな服装だが、酔いしれて上着を脱いだブラウスの第二ボタンまで外した彼女の、胸元のネックレスが眩く煌めいて、それなりの清楚な色気に魅了される。
「君はいつでも経済的に自立できる余裕があるから、夫に頼る必要性がないんだ。」と納得する。
もし離婚したら家を出ていくのは旦那の方だし、しかも彼女が公務員の身分であれば職業も安定しているから、生活費は自分の収入で賄える。
DVを受けても経済的には夫に頼らざるを得なくて、離婚できない仮面妻とは大きな違いだ。
そんな夫婦関係に興味を持った僕は「旦那はどんな人?」と聞いてみた。
「真面目な人よ、酒も夜遊びもしないし、今は家の近くの町工場で働いているわ。」
「だったら、特に旦那に問題はないじゃないか?」
「そうだけど、何か物足らないのね。彼、結婚した時は大手の会社に勤めていたの。でも、友達に誘われて脱サラしたけど、失敗して借金まで抱えちゃったの。それで私が親の遺産を相続した時に弁済してあげたのよ。」
「まさしく内助の功だね、だから旦那は君に頭が上がらないのか。でもそのほうが妻にとっては都合がよくて束縛されることもないしさ。」
「そうだけど、彼は地味でねぐらだし、私は華やかなのが好きなの。学生時代はミスコンにも選出されたことがあるし、友達とディスコなんかにも入り浸っていたわ。そんな派手な私を見兼ねた親のすすめで公務員試験を受けたら合格したの。まあ、職業だけは華やかで不安定なのより、今のままの方がいいわね。」と言い切る。
このモデル系の彼女は妻であっても自立でき、真面目だが陰気で将来性のない夫に愛想をつかしている。
かたや、仮面妻は一流企業で役員候補の夫に依存しながら、彼のDVを我慢し浮気を見過ごしている。
あまりにも対照的な夫婦関係だが、それぞれ事情は異なっているが共通して言えることは、二人とも夫には愛情が無く、不倫にはまっている事だろう。
「貴方はどうなのよ? 彼女、人妻なんでしょ、相手のご主人は大丈夫なの? 私は不倫といっても既婚男性と関係した経験はないから気になるの。」と怪訝そうに聞いてくる。
「彼女は、君みたいにただ単に旦那と相性が良くないという以上に、DVを受けていることによる根強い憎悪を抱いているからね。僕との不倫はその反動みたいなもんかな。
夫婦仲は破局に近いけど、彼女は経済的には弱者だし、旦那は会社ではエリートという対外的な面子から離婚できないでいるよ。先に旦那が浮気していることもあって、彼女に対してそれほど束縛もしていないよ。まあ、世間的によく言われる仮面夫婦なんだ。」
「貴方と奥様はどうなの? 貴方は気ままに女性関係を楽しんでいるみたいだけど。」と興味深そうに重ねて聞いてくる。
「妻は世事にはあまり関心がなく、まして男女関係にも疎くて嫉妬心も無いよ。それに僕の仕事柄、サラリーマンと違って日常も不規則だし、妻も仕事に追われているから、詮索する余裕なんてないからさ。」
「 私、30代の頃、パブのバイト学生とも恋愛経験があったわ。お酒飲むと気分がおおらかになってしまうの。だからその子の欲求に押されて、ついつい受け入れてしまったの。」
「その男子学生も若さゆえの性欲を、君みたいな艶っぽい大人の女性で満たしたかったのだろうね。」
そんな心境は僕自身、まだ学生気分の抜けない新入社員の頃、これも前述した「初めての不倫」で一回り上の先輩の人妻社員と経験しているからよく分かる。
通説によると、男は20代、女は30代で最も性欲が強くなるというが、そんな組み合わせにあてはまるケースなのかもしれない。
「旦那も年下なの?」と突っ込んだ質問をすると、
「いいえ、主人は私より3才年上なんだけどオヤジぽっくってダサいわ。関係した男性は彼以外、皆年下ばかりよ。」
と不倫行為についてなんら隠し立てすることなく、平然と答える。
お互いに不倫経験がある者同士で、妙に気が合いそうで僕は一層、彼女に興味を持った。
「若いミュージシャンとは、なんで別れたの?」
「ファンの女の子に浮気されたの、クリスマスはその子と約束していたことが分かったからね。それに私もライブのチケットを知り合いに頼んで買ってもらったり、生活費を補ってあげるような付き合いにうんざりしていたから、ちょうど潮時だと思ったの。」
「まあ、売れないバンドのメンバーじゃ、仕方ないか。君はしっかりした定職があるんで、ずっと頼られてしまうようなら、別れたほうが良かったかもね。」と思ったままを口にすると、
「貴方の相手は人妻だからW不倫なのね、私の場合は、男性は独身ばかりだったから気ままに会えたけど、彼女とはその後、どうなっているの?」と話題を僕のほうに向けてくる。
「はっきり、別れたわけじゃないが、彼女の都合でしばらくはご無沙汰しているよ。」
「私も家庭がある身だから、よく分かるわ。相手が会いたいといってきても時間が自由にならない時もあるものね。」
「でも、君は人妻のわりには自由に振舞っているように見えるけど、それで旦那は大丈夫なの。」と気にすると、
「私、自宅も含めて親の財産を相続していて、定収もあるし、夫婦といっても経済的には自立できるから、旦那も束縛できないの。だからほどほどの遊びぐらいは認めざるを得ないのよ。」と当然のように応える。