タウンビューの部屋の窓越しに、新宿の高層ビル群から東京タワーの煌びやかな眺望が広がる。恵比寿はガーデンタワーの他には高層の建物が無く、視界を遮ることもなく大都会東京が一望できる。

窓際にたたずみ、ロマンチックな夜景を眺める彼女の肩に手をまわし、引き寄せて口づけをする。紹興酒で酔いしれた彼女の吐息の甘い香りを味わうように、しばらく舌をからませながら抱き合う。
そして彼女の胸元にそっと手を差し入れると、そのふくよかな肌の感触に欲求がつのり、そのままソファーに座り込んで愛撫を続け、彼女のワンピースを脱がしにかかる。
ラップワンピースはボタンもファスナーもなく、身体を巻きつけるように纏い、腰をリボン状の紐などで縛る着こなしなので、男性にとっては脱がし易く、そんなコスチュームをしてきた彼女は、今夜はこのような筋書きになることをある程度、心づもりしていたのか、とも思った。

上半身がはだけ、胸元が露わになった彼女は、「ちょっと待って・・。シャワーを浴びてくるわ。」と衣服をただして、ふらつくようにバスルームに向かう。
その後で僕がバスルームから出ると、彼女は広めのダブルベッドにバスローブを身に着けて横たわっている。バスローブを脱がし、全裸になった彼女はスレンダーな身体にしなやかに伸びた脚線美で、まさしくモデル並みの体型で、僕の欲情はいっそう昂ぶり、その裸身に覆いかぶさった。
彼女はたぶん、今までの若い男性との性急なセックスとは違う、年配男性の濃厚な愛撫で、性交後は満足しきったのか、僕に密着して体を寄り添わせ、やすらいだ寝息をたてている。

情交のあとの心地よい気だるさで、微睡をして目が覚める。
もう夜半がすっかり過ぎて、窓辺から見える夜景のイルミネーションの輝きも薄らぎ、東京タワーの赤々としていたライトも消えて、街並みはミッドナイトの静寂に包まれている。

ベッドのなかで彼女の肌のぬくもりを感じて、声をかける。「もう2時を回っているけど、大丈夫かな? 夜中過ぎには帰ると言ってなかった?」
彼女はまだ眠そうな目を開けると、「あら、大変。もうそんな時間?」と慌てて飛び起きる。
「旦那が心配してるんじゃないかな、ヤバくない?」と僕も気が気ではない。
「主人もそうだけど、これでも主婦で母親だから、朝食の準備と子供のお弁当の用意もしないといけないの。この前はクリスマスの女子会ってことで、夜遅くなるので事前に準備して伝えておいたけど、今回は特に何もしてないし、言ってこなかったの。今から帰ると3時過ぎてしまうわ。」と急いで身支度をしている。

「夫の朝帰りは、どうにでも言い訳できるけど、妻の朝帰りは言い逃れしづらいよね。」と心配すると、
「私、いままで夜遊びしても12時過ぎには帰宅するようにしていたけど、貴方とは時間が経つのを忘れてしまっていたみたい。」と慌ただしさのなかでも、はにかむように笑みをうかべて応える。
「じゃあ、これからは門限を12時ということで逢うようにしないとね。」と次の誘いの言葉をかけると、
「ええ、今度はそうお願いするわ。」と返答したので、彼女との逢瀬も続けられることになったのだった。

湯気に漂うこうばしい香りに食欲がそそられ、白いスープをレンゲですくい口に入れると、白ごまの濃厚な風味に豆乳だろうか、マイルドな味わいが口の中に広がる。
彼女も一口すすり、絶妙な旨辛さが好みにあっていたのか、口元をほころばせながら、「美味しいわ。やっぱり噂通りね。」と上機嫌だ。

そして、白い担々麵を食べながら、「こんなに美味しいのになぜ裏メニューなのかしら。」と問いかける。
「お店としては、豆板醬やラー油をふんだんに溶かして辛いスープにしたオーソドックスな赤い担々麺を表メニューにしているのだろうね。でも辛いのが苦手な君にはマイルドな味付けの白い担々麺が好みに合っていると思うよ。」と応えると、
「隠された裏メニューだからこそ、好奇心で魅了されることもあるのかもね。現に私達もその話題性で来たのだから。」と言う彼女は、すでにショットグラスで半透明の琥珀色に煌めく紹興酒を幾杯も重ねて酔い痴れている。

僕は頃合いを見はからって、「不倫願望と同じかな、君も僕も表メニューの婚姻に隠れて、裏メニューの不倫に惹かれている。」と思わせぶりに口説きのボーダーラインにふれ、彼女の反応をみる。
「そうよね、疚しさがときめきになるような気分になってしまうみたいね。」と頷きながら、心うちをあかす。
「うん、背徳感が高揚感にすり替わる心境ってとこだね。不倫している者同士で、また裏メニューを選ぶのもありかな?」と本音を出して彼女の顔色をうかがう。

「あら、いやだ。貴方、裏メニューにかこつけて私を口説いているのね。そうねぇ、私の場合は不倫と言っても独身の若者だったから、それほどの後ろめたさもなかったわ。でも既婚者だと相手の立場を思うと罪悪感が募るわね。」と笑みを浮かべつつも曖昧な物言いだ。
そこで「男の場合は、人妻のほうが奪うという罪悪感に麻薬のように陶酔して、独身女性相手より刺激を感じてしまうものだけど、女だって同じゃないのかな。」と諭すように話すと、
「貴方のようなW不倫の経験者が言う事だから現実感があるわね、でも、役所という殺風景な私の職場では、既婚男性にそこまでの魅力を感じる人には出会えないわ。
貴方は民間企業の経営者だけあって、場慣れ人馴れしていて、その分、女性の扱いにもたけていそうね。
本心は見え見えだけど、貴方の口説き上手に陶酔されてしまいそうだわ。」と目元がほんのりと赤らんだ色っぽいまなざしで僕を見つめる。
「君もそろそろ年下の男性との浮気より、同世代以上の男性とも経験をした方が良いと思うよ。」と言えば、
「それって、貴方との不倫を誘っているのね、いいわよ。だけど条件として、今、疎遠になっているという不倫相手の人妻とは、きっぱり別れてね。さすがに私も二股をかけられるのは嫌だから。」と念を押す。

そして、「それで今夜はこの後、どうすればいいの?」と彼女の方から気持ちを決めたように聞いてくるので、
「フロントで部屋をとるようにするよ、都心が見渡せるタウンビューの部屋があればいいけど。」と言うと、「私、朝までは無理だから、夜中過ぎには帰るわ。
それでもいいかしら。」と応える。

恵比寿ガーデンプレイスは、ビール工場の跡地ということもあり、ビールのメッカであるドイツの街並みをモデルにヨーロッパの都市空間をコンセプトとして、外壁や舗道にレンガや御影石をふんだんに組み込んだ開発がなされていて、オープンして10年ほど経った当時も、人気のトレンディスポットになっていた。隣接するウェスティンホテル東京もヨーロピアン風のイメージの内装が施された高級感のあるシティホテルで五つ星にランクインしている。

彼女とは夕刻にホテルロビーで待ち合わせをすることなっている。レストランには予約を入れており、時間通りに来た彼女は長身によく似合うベージュのトレンチコートを羽織っていて、相変わらずのモデル体型で人目を惹く感じだ。連れだって歩くと僕も背は高い方だが、彼女がハイヒールを履いているとほぼ同じ背丈になる。
クロークにコートを預けて、中華飯店のホールスタッフの案内で着席する。

コートを脱いだ彼女は黒地に白いリボンと鎖が絡んだような模様をあしらったラップワンピースで、重ね合わせた胸元が深く切れ込み、白い肌が眩いくらい際立っていて、クリスマスの時の同じコートを脱いだカジュアルなオシャレもよかったが、ワンランク上のスタイルアップした上品な印象を受ける。
ヨーロピアン風のホテルにあって、この店は中国の王宮にいるような感じがして、ホールから天井に広がる龍のモチーフは、店内の漆黒のインテリアに荘厳な雰囲気を漂わせ、彼女のシックな装いにマッチしているようだ。

「白い担々麵、楽しみだわ」と笑顔がこぼれる。
「それが今夜のメインディッシュだね。」と僕も相槌を打つ。
「ここ、広東料理だから、ほかの中国料理に比べてマイルドな味わいで日本人には合っていると言われているよ。」
「私、辛すぎるのは苦手だからよかったわ。」
「とりあえず、アラカルトで注文し、裏メニューは少し、後にしようか。メインの前は軽めの料理にした方がいいよね。」と、紹興酒のあてとして、前菜の盛合せや海老シュウマイ、春巻きなど点心などを頼む。
彼女は紹興酒が好きなのか、ショットグラスで幾杯も飲んでいる。

「そろそろ、裏メニューをオーダーしてみるかな。」と彼女に目配せをして、ウエイターを呼んで、
「ここのメニューには載ってないけど、白い担々麺って頼めますか?」と聞いてみる。
ウエイターはちょっと間をおいてから、
「よくご存じですね。ちょっと料理長に聞いてみますね。たぶん、大丈夫だとは思いますが・・。」とまあ、色よい返事をして厨房に向かった。
しばらくして、戻って来ると、「お出しできますよ、料理長もどうぞ、ご賞味下さいとのことです。」と明るく答える。
彼女も、ウエイターに「ありがとうございます、噂に聞いてて、ぜひ味わってみたいと思っていましたわ。」と満面の笑みだ。