「でもまあ、貴方が私といつも会っていながら、あおいちゃんを口説いていたなら絶対許せないけど、私の家の事情で貴方と疎遠になっていた間のことだし、あおいちゃんも貴方のどっちつかずの曖昧さは気に入らないとはいってるけど、貴方にまだ好意はあるみたいだからね。」とひろみの叱責もトーンダウンしてきた。
あおいも「ひろみちゃんがそう言ってくれるなら、貴方もはっきりさせて欲しいわ。煮え切らない態度は一番よくないわよ。」と問い詰める。

彼女達の言葉やりとりから察するに絶交は免れそうだ。ただ僕としては二人とも未練があるし、どちらも傷つけたくない心境で返す言葉に迷っていた。
するとひろみが「それで貴方との関係ももう二年近くなるし、所詮、不倫関係でそれ以上の事もないから、このあたりが潮時だと考えたの。」と思いつめたように話す。
僕は「だけどあおいちゃんはそれでいいのかな? もう僕に愛想が尽きたんじゃないの?」と聞くと、
「不倫相手がひろみちゃんだと分かる前に別れて欲しかったけど、今回ではっきりしたから、いままでどおりでいいわよ。」と応える。

どうやら、僕が店外に様子を見に行く前に、すでに二人の話し合いは済んでいたようだ。
本来は僕がこの彼女達の中に入って話をつけなければいけなかったのに、先んじて二人にリードされたみたいで、情けない限りだ。

事の成り行きを見ていたさのっちは、「一時はどうなることかと思ったよ。結局、おたくはひろみちゃんとは別れて、あおいちゃんと付き合うことになったんだ。」と会話に割り込んできた。
ひろみが「ええ、もう、あおいちゃんと彼はすでに付き合っていたことだし、今更、別れてって言えないわね。それに私もその事が分かっていて彼と関係を続けることはできないわ。」と言って、その場は収まったのだった。

ひろみは店内に戻らずそのまま立ち去ったが、そのうしろ姿を見ながら蹴られた足の痛みを感じつつ、ひとしお彼女にすまないという自責の念にかられた。

あおいは女友達が待っている席に戻り、僕はいったん店内に入ってから帰ろうとすると、さのっちが「ちょっと飲みなおしませんか?」と誘ってきた。
僕も一息つきたいという気分もあって、彼とテーブル席を同じくして飲むことにした。
彼は開口一番に「一件落着ですね、もともとあおいとひろみは、亭主に不満があるんで相通じるものがあり、仲は良かったですよ。」と話しかける。

彼女のハイヒールの尖ったつま先が僕のむこう脛にあたり、激痛がはしる。
仮面妻のひろみは、かってDV亭主ともめて家を飛び出した際に、彼がピカピカに磨いている高級外車を硬貨でギザギザに傷つけたほど気性が激しい。

思わずしゃがみ込んで足を抱えていると、彼女は「のどが渇いたわ、あなた、そこの販売機で飲み物買ってよ。」と僕を見下しながら言う。あおいもそんな状況の僕に気遣うこともなく、「私も飲みたい、もう一本お願いね。」と何事も無かったように頼んでくる。
僕は足を引きずりながら、自動販売機から缶ジュースを取り出す。
佐野っちはそんなアクシデントを呆気にとられて見ている。

僕は痛みをこらえて、缶ジュースを彼女達に渡しながら、「それでどんな話をしたのかな?」とおそるおそる聞いてみる。
「貴方、まさか口説いた相手が私と親しい間柄だとは思いもよらなかったでしょう。
私と別れるという条件であおいちゃんと関係したのね。それって後先が逆で、私とはっきりさせてからする事じゃないの。」と詰問する。
さらに「あおいちゃんとは、私との関係は曖昧にしたまま関係を続けていたなんて、ほんとあきれるわ。」と睨みつける。
「だって、君とは連絡がとれないままだし、まさかメールで一方的に知らせるのも悪いしさ。」
「ということは、あおいちゃんと関係したから、私とは終わりにしたいつもりなのね。」
「いや、僕の方からはどうしたものかと考えていてね。」とためらいつつも応えたら、あおいがそれを聞いていて、「あら、私は、元カノのひろみちゃんとは別れるものだと思っていたわ。」と責める。

ひろみが「あおいちゃんとはもうできているのに、私がこの前にあのパブによく行っている友人に貴方のことを聞いて、貴方に連絡したら私がいないので寂しいから、たまに女性客と同席してもらっているだけだと嘘ぶいていたわね。」と追い打ちをかけるように言う。

確かに彼女達の僕について語っていることはすべてあたっている。
仮面妻のひろみと交際している間にも、各々、前述しているが女流画家、古都の恋路、潮騒の宿、ダンス教師とダンスサロンのママ、ひろみの娘の研修保養施設での旅行客など幾多の女性と浮気していて、あおいとのことも、それほど罪悪感もなく成り行きになってしまったことは否めない。
もう、これでこの二人ともに絶交されると断念したが、女性達は思いもかけないような言葉をかけてきた。

そんな切迫したこちらの様子を、あおいは離れた席でじっと見つめている。
ひろみはあおいの方に目をやると、そのままあおいの席に向かい、二人は何やら二言三言交わした後に連れだって店外に出て行った。
どうやら店内ではあおいの席に女友達もいるし、バンド演奏が始まるその喧騒で込み入った話し合いがしづらくなるのだろう。

「ほっといていいの? おたくが彼女達と知り合う以前から、あの二人とは顔見知りだったから分かるけど、互いに嫉妬心は負けず劣らず人一倍強いよ。修羅場になるなあ。」と佐野っちが僕に話しかける。
彼は口先では心配する素振りだが、目は野次馬的で面白がっているようにも見える。
「今、あの二人の間に割り込んでも、さらに厄介なことになり兼ねないんで、ちょっと静観するよ。」と応えたが、本音は、原因の張本人が自分ではあるが、卑怯にも女二人の面倒なもめごとにも巻き込まれたくない、という逃避的な心境だった。

そうと決め込んで席に座ったままいたが、二人は30分過ぎても戻ってこない。
佐野っちが、「ずいぶん時間が経っているけど、様子を見に行ったほうがいいんじゃない? おたくの事でもめているなら、立ち合わないと無責任だと思うね。」とさらに口を挟んでくる。
どうも彼は、あおいとひろみとは親しかったとはいえ、おせっかいともやっかみともとれるぐらいに干渉してくる。
彼がひろみとはカーセックスしているのは既知の事実だが、まさかあおいともできていたなんてことないだろうか、とも思った。

まあ、彼に言われるまでもなく、二人の女性と二股ともとれる関係をしていた訳だから、ほっとけば確かに無責任だとは承知しているので、気後れしながらも、エレベータを降りた一階のビルの出口に向かう。佐野っちも、二人のことが気にかかるからとついて来る。
余計なお世話だと思いながらも、彼なりに二人とは付き合いが長いからとやむをえず黙認する。

彼女達は出口横の自動販売機がある空きスペースにいた。
話し合いがどのようになったか分からないが、それほど緊迫したようでもなく談笑しているような雰囲気だ。
心配したほどの事でもなかったと安堵しつつ近寄ると、ひろみが、「お前が一番悪い。」と怒鳴って思いっきり僕の脚を蹴ってきた。