夜、かなり遅い時間に何かが落ちる音がした。隣のカエール侯爵の部屋からだった。その後、少し静かになったと思ったら、また大きな音が聞こえてきた。私は侯爵の部屋に行くことにした。
「失礼します」と私は言いながら、入った。
やっとのことで立ているカエール侯爵は酷い咳をたち、壁に寄りかかっていた。水の入っていた瓶が落ちて、壊れていた。そしていつもテーブルの上にあった花瓶も。恐らく侯爵はそれらに打つかって、大きい音がしたと思う。
咳が一段酷くなり、呼吸するのもかなり大変になっていた。カエール侯爵はもう立ったままいられないと言わんばかりに床に座った。呼吸が困難であればあるほど、私を見つめるカエール侯爵の眼差しは冷静。ベッドまで歩くのを手伝い、私は言った。
「執事と医者を呼んできますね」
侯爵は分かったと言っているように私を見た。
執事と部屋に帰ってきた時に、ベッドの上にあった枕がほとんど床に散らかっていた。落ち着くために物にヤツ当たりしているか、ベッドの上で少し場所を作ろうとして枕を投げたか分からないが、侯爵の様子は前より少し落ち着いているように見えた。
執事はもうこの状況に慣れているようで
「もう医者をお呼びしました」と冷静に言い、物を片付けだした。
少しすると、医者が部屋に入ってきて、ベッドの近くにあった椅子に座った。
「薬が飲めると思った時に、とりあえず薬を飲みましょう」
「先生」と私は「少し熱もあるようです」
「熱か。この前より全体的に悪化しているのではありませんか、カエール侯。あれほど無理しないようにと言いましたのに・・・」と医者は言っていた「薬の量を増やすことになりますよ」
医者も執事も落ち着いている。
様子が少し落ち着いた時に、弱った声で侯爵は「薬」と言った。
「ワタシは無理などしていません」と疲れた様子で、侯爵は呟き、ベッドに座った。「もうこんな目にあわないと思っていたのに・・・」
「一生治しませんから、自分の体に必要以上の負担を背負わせないようにほどほどにしてください。何度も言ってますが、悪化しかねますから。明日は休んでください。今週は仕事を減らして、あまり動かないようにしてください」
「一週間は長すぎます」と医者と話すか呼吸するかなかなか決められない侯爵だった。
「一週間休まなかったら、ドノヴァン公爵に言います。入院までさせましょうか」
「それは・・・」と苦笑いするカエール侯爵。
「これ以上薬を増やさないようにしましょう。・・・護衛兵を雇ったと聞きましたが、この娘ですか」
「ああ」
「じゃ、彼女の肩を少しだけ借りて、自分への負担を減らしたら?」と医者は私を見ながら、言う。
「しかし・・・」
「これ以上悪化してしまったら、“しかし”などありません」
「分かりました」と大きな溜息つきの返事だった。
「明日侯爵に頼まれた毒を持ってくる予定でしたが、この体では無理ですね。四日後にまた様子を見に来ます。その時、話しましょう」
「ああ。ありがとう」
「ではわたしはこれで失礼します。何かありましたら、呼んでください」
「いつもこんな時間に呼び出して、すみません」
「いいえ、もう慣れていますから」と医者は微笑んで、一礼し、部屋から執事と一緒に出た。
私は何も言わず、ベッドの近くの椅子に座った。
「今日のこと・・・」とカエール侯爵は言い始めた
「誰も言いませんよ。しかし私にもっと早く教えてくれればよかったのに・・・」
「隠し通せると思っていましたから」
「自分の護衛兵に隠し事をしていたら、必要な時に私は助けられませんよ。・・・持病ですか」
「持病というか、生まれつきの肺の問題で・・・体を鍛えれば、少しよくなりましたが、ちょっと無理しすぎると今日みたいなここが起こりますね」
「それなのに戦に出たり、兵と剣をあわせたりしているのですか。今日のような状況を戦場で起きたら・・・」
「ワタシは死にますね」と侯爵は微笑んだ「これからアリアネにワタシの背中を任せようかなぁ」
「当たり前です。私はそのためにいますから」
執事が部屋に入ってきた
「薬をお預かりしました。今週の予定を全て来週にまわします。明日の朝ドノヴァン公爵がいらっしゃいますが・・・」
「父上にも適当なことを言っておいて」
「かしこまりました。来週の舞踏会はどうなさいますか」
「出席するから、何もしなくてもいい。仕事はここでするから、必要なこと後で持ってきて欲しい」
「かしこまりました。明日の朝食を部屋までお持ちします」
「助かる」
「アリアネ様、もう遅いので自分の部屋に」
「侯爵の看病をしますから、ここにいます」
執事は目でカエール侯爵を問う。
「アリアネと話すこともあるから、お前はもう寝ていいから」
「分かりました。何かありましたら、お呼びください。失礼します」
つづく
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