Best Player! Guiter 3 内田勘太郎 | mizuochi understanding

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ロックンロールバンドのブログです。

こんにちは。

このブログ初の日本人です。
ご存じの方には説明はいりませんが
大阪が生んだ伝説のブルースバンド・憂歌団のギタリストです。

Best Playerのコーナーで世界にもゴマンと素晴らしいギタリストはいますが
内田勘太郎さんは僕が目の前で、ほとんどナマ音で見て、聞いて、ビックリしたギタリストです。


Best Pllayer ! Guiter 3 内田勘太郎



実は先日、TVで憂歌団の復活ライブ
「憂歌団からの便り。~島田和夫祭り~」を見ました。

1974年から不動のメンバーで活動していた憂歌団。
1998年に活動中止してから、それぞれ音楽活動を続けていたのですが
2012年にドラムの島田さんが亡くなられ今回の復活となりました。

素晴らしかった、、、、。

やはり、不動のメンバーでずっと活動してきたバンドの復活が
そんな理由なのは非常に悲しい話しですが
それぞれ息の合った阿吽の呼吸というかバンドの間が、
何年か経っててもバッチリ合うんですよ。

昔、僕が5mと離れていない狭いライブハウスで見た内田さんのプレー。
思い出しました。

今回はアコースティックをメインに使っていましたが
元々彼は茶木のギター、フルアコのピックギターを使っていて
エフェクターやアンプや、そう言ったエレクトリックの加工に頼らず
ギターのナマ音で勝負していました。

その時の感動は忘れられません。

間違いなく、その時、日本一のギタリストはこの人だ!!と思いました。
ピッキングの強弱による感情の表現はエレクトリックには出せない
また、奏でる音楽がブルースという如何にもなジャンルもあるでしょうけど
上手さ、というか、旨さと言いますか昔風に言うなら「シブい!!」です。

やはり、目の前で体験した衝撃は忘れられないモノです。
この人にはまだまだギターを弾き続けて欲しいと思います。

できれば、木村さんの隣で。




余談ですが、この木村さん阪神電車のコマソン歌ってたんですが
僕は阪急電車でお会いしたことがあります。

結構遅い時間で、社内は木村さんと僕以外2,3人の車両でした。
僕が「木村さんですよね。」と話し掛けたら
「け、え、ぺと、おえと、ぺと、、、、。」と小さな声で目を合わしてくれません。
頑張って下さいとお伝えしたら
「あ、、、はい。どう、、、ニッ!(笑い顔)」と返してくれました。
とてもチャーミングな人でした。


憂歌団、ジャンルは別としてこんなバンドになれたら
幸せだなぁ、、、ぼ、ぼ、ぼかぁ、、、(笑)。