昨日は、某デイサービスで講談『秋色桜』を勉強させてもらいました。
昨秋、ここで一度勉強させてもらった話です。
「同じ読み物は、同じ場所で1年以内にはかけない」
と自分で勝手に決めていたのですが。
私もかつて何度か花見に来たことのある桜の名所(善福寺川緑地公園)から、歩いて10秒くらいの、この場所。
まだ1年経っていないけど、やっぱりこの時期にこの場所でやるなら、この『秋色桜』が合うよなぁ……と思わされたのでした。
で昨日、その名所へ行ってみると……
まだほとんど咲いていない(笑)。
まぁ、咲いているものもほんの少しあったし、あと数日したら、きっと花盛り。
そう考えるとやっぱり、この話にして良かったのかもしれません。
でもって、私の出来は
「あ~もっと稽古しなきゃ」
と思わされる始末(笑)。
勉強し直してまいります。
時間も自分が思っていたより短く、私の後にやったベテランの方にまた甘えちまった。
今回もまた、お客さんと出演者の両方に甘えてしまったのでした。
デイサービスの方々、杉落研の方々、今回もお世話になりっぱなしとなり、ご迷惑をおかけしました。
この『秋色桜』という話。
賢い親孝行な娘と、がさつで無教養なところのある父親が出てくる話です。
ラスト近く、誰もいなくなったところで娘が
「こんな雨の中、私が駕籠に乗って(お供という形で来た)お父っつぁんを歩かせるなんて、できません。誰もいなくなった今のうちに、私とこっそり入れ替わってください」(概要)
てなことを言う。
その言葉を聴いた父親は嬉し泣きしそうになりながらも、けなげに「いや、いいよ。駕籠なんて乗りつけねぇや。いいから、このままお前が乗っていきな」と言うが、娘は「それでは、私の気が済みません!」と、親父を無理やり駕籠に押し込める。
このシーン、何度稽古しても、やりながら泣きそうになるのです。
あぁ……やっぱりこの二人、親子なんだな。
鳶が鷹を生んだんじゃない。こんな父親だからこそ、この娘が生まれたんだ。
真逆に見えるけれど……この二人、本当は似たもの親子なんだな。二人はちゃんとつながってんだな。
私に娘はいないし、それどころか、家族も持っていない。しかし。
もし自分に娘がいて、自分が同じような立場で、娘から同じような事を言われたら……多分、その場でボロボロ泣き崩れると思います。
そのままだと
「演者が一人で自己陶酔してボロボロ泣き、聴いている方はポカーンとして呆れている」
という最悪の事態が起きそうなので、グッとこらえる。
その直後にある駕籠屋2人のやり取りでは面白おかしくして笑わせ、そのまま明るく楽しくカラッと終わらせるようには心がけているのですが。
これも含め、まだまだ勉強・稽古不足。今の私には、うまくできない。
というわけで。
またこの次にこの話をやらせてもらう時にはもっとマシにやれるよう、しっかり稽古しなきゃ……と、改めて思わされているところです。
重ねて、今回も有難うございました。


