家族は人生の縮図 | ネコ人間のつぶやき

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 「インターステラー」(2014年)を観ました。監督はクリストファー・ノーラン。私が一番好きな監督です。彼は「FOLLOWING」でデビューして以来、さまざまな題材を映画にしていますが、ずっと人間ドラマを描いていますね。彼の作品はすべて好きですが、中でも「インターステラー」は最高傑作だと感じました。


 主人公の元エンジニアで宇宙飛行士のクーパー(マシュー・マコノヒー)は老いた父親と息子と娘と暮らすシングルファーザー。絶滅寸前の近未来の地球では科学など意味がなく、皆生きるために、本来の職業を断念して農夫をしています。でも、疫病や環境の変異で襲ってくる砂嵐によってその生きるすべもなくなっていく。


 主人公はちょうどその過渡期の世代なのです。だから、好きで選んだエンジニア・パイロットの職を人生の途中で断念して農夫になった。生きるために自分の宇宙への夢や冒険という生きがいを家族と生きるために断念せざるを得なかった。でもやはりもう叶わぬ夢を過去のものとして心に引きずっている。過渡期を過ごして断念した人間の辛さですね。


 地球以外で生きるために、リスクの高い新天地探索のミッションを依頼されたクーパー。でもそれは愛する家族を残すことになる。最初は「このまま農夫として家族と生きる」と依頼を拒否しますが、適任者はもうクーパーしかいない、このままでは地球が家族をも生きてゆくことのできない環境になる、と言われます。しかし、生きて帰る保障は限りなくない。葛藤の末、ミッションに参加するクーパー。


 家族との生活のために本業を断念せざるをえないことは家族のために我を捨てることですね。そして、人間も生物ですから自分自身が生存したい、という本能があります。それも我です。


 究極の選択をしたクーパーは家族のために、家族とともに暮らすという我を捨て、そして家族のために自分が生きて帰る可能性の少ない旅に出た。「必ず帰ってくる」という、できない約束を子どもたちにした男と彼の家族の運命とは・・・。


 愛というものが観察可能なら、なんらかの形でそれを伝えることができるはず。家族とは人生の縮図。そこに無私の愛があるのなら・・・。