皆さんこんにちは!
manabeing のON(音)です。
当ブログにお越しいただきありがとうございます。
こちらは
ヒーラーでカウンセラーのmanabeingの ONが
これまでの経験から得られた気付と、
日々の気付きや感じることをシェアする場です。
宜しくお願いいたします。![]()
(このブログは私の主観でお伝えしております。
ご縁のある皆様と
お約束したタイミングで再会する為に
私の心の純粋な想いから
感じられることを
自神の責任として
この世界に発信するものです。
必要な方へ届きますように。)
manabeingのカウンセリングに
ご興味がある方は
こちらをご覧下さいませ。↓
(このブログで登場する麻里子さんとは
辻麻里子さんのことです。<魂の片割れ>
このブログ内で登場する人物(過去の存在も)
は自分自神が縁のある存在である事を
自分自神の責任に於いて
感じ認識しているものです。
この世界に自神の真の想いを発信する事で
完成された未来が
どの様に現れるのか
目に見えない世界の存在と共に
この世界の可能性を観ています)
一人ひとりが作った
「当たり前の人物像」
私たちは
完全体として生まれてきます。
それは五体満足ということではなく
魂と魂の器となる肉体を持った存在として。
例え肉体が五体満足でなくとも
様々な障害を持っていたとしても
この世界にとって
大切な一つの存在として生まれてきます。
そこに、
存在価値の優劣は無いことを思います。
存在価値ということで言えば
この宇宙に存在するすべてが
同様に必要不可欠な存在です。
そうは分かっていても
私たちは、
自分以外の他の目が気になり
世間が認める
「当たり前の人物像」
に沿わない身内が居る時
その存在を
隠そう、無いものにしようと
するかも知れません。
現在日本には
「ひきこもり」
と言われる存在が146万人(令和4年時)、
「精神疾患患者」
約420万人(平成29年時)の方々が存在します。
現在、
私たちが当然としている
社会生活の構造やルールに因って
その様な状況にある皆さんは
行き場のない、居場所のない状態
になっている様にも思います。
現在の社会の在り方は
学歴社会、競争社会といった
ある意味、
誰が見ても分かりやすい
数字のみで優劣をつけ
判断されることがベースとなっています。
私が感じるのは
その様な判断基準で作られるベースとは
むしろ精神性の低い、
見えるものだけで簡単に判断する、分ける、
貧しい社会であることを思います。
大切な事は
数字では表すことのできない
目には見えないことも多く存在するからです。
現在の社会で使われている言葉
で表現するならば
「勝ち組、負け組」
と言う、
その枠組みで分けられた
「負け組」といわれる存在は
私から観ると
「勝ち組」を存在させる為に
「負け組」となっている。
すなわち
この世界の二極性を
しっかり現象化している存在
であると言うことです。
ひきこもりや
精神的に病んでしまう事は
現在の日本にあって
それは自然の流れであるようにも思います。
一概には言えませんが
そのような状態にある存在は
ある意味で
自分自身と向き合っているからこそ
そういう選択をしていると思うのです。
「何のために生まれてきたのか」
「自分とはどういう存在なのか」
人はそれぞれ
年齢に関係なくそんな疑問を抱く時が
あるでしょう。
それまでは、
家族や周囲の言う通りの人生が全てで、
その示されたレールから外れた時、
どうしたら良いのか
分からなくなる。
ただ、
今がどんな状況であったとしても
決して自分自神を諦めない事です。
私は全ての存在に
「誰かや何かの役に立ちたい」
そういう想いが
潜在的に備わっていることを思います。
どんな小さな一歩でも
自らを生かそうとする時
光が生まれることを思います。
勝ち組も負け組も
互いが存在するから
自らも生かされている
その事を理解すれば、
相対する存在に
「どんな思いを寄せるのか」
「どんな言葉をかけるのか」
「どんな眼差しを向けるのか」
その存在とどう向き合い、
そして、
その存在を家族とする自分自神が
社会に対してどう在るのか
全てが自分自神を育てる機会であり
自分自神の精神性を知る機会である
その様に思います。
自分自神がどんな世界で生きたいのか
どんな世界を天国とするのか
それは一人ひとりが持つ
精神性から現象化するものです。
どんな現象も
真の意味では善悪はないことを思います。
何故なら、視点によって
善悪はその立場を逆にする事があるからです。
ただあるのは
その現象から
自らは何を観て
自らは何を感じて
自らは何をどう選択するのか
全てが自分自神を育て
そのことで自らが生かされている社会を
より良いものへと変えて行く要素です。
家族レベル
社会レベル
世界レベル
宇宙レベル
どんなレベルに於いても
全ては自分自神にとっての
本質を進化成長させる為の現象であり
機会であると私は思っています。
自分自神を育てる事は
忍耐を必要とするものです。
聖域と言われる場所や神社にある
御神木も長い年月を経てその姿を変えてきました。
そこにあるのは、
全てを受け止めながら
しっかり根を張り、
自らを生かそうとした結果が今の姿です。
精神性を磨くこと
磨くことを望まないこと
いずれもそれぞれ個人の自由です。
そこに義務はありません。
ただ、
一つ思う事は
精神性を磨こうと自らが臨む魂は
この世界を生きる時、
自身にも他者にも感謝の思いを
抱きやすくなるように思います。
何故でしょう。
私が思うのは
それは
「起こること全てが
自神へのプレゼントである」
という境地に行き着くからです。
どんな事が起こっても
悲嘆にくれることなく
嬉しい、悲しいという感情が沸き起こっても
その感情に振り回されることなく
常に自分自神の立ち位置を把握できるからこそ
自らの人生を諦めることなく
自分軸をしっかり保ちながら
精神性を育ててゆくことに
自らを鼓舞できる。
そういう存在は
人生を謳歌していけると思うのです。
それは
「自らの人生を受け身で生きるのか」
それとも
「自らの人生を主体的に生きるのか」
そのことにも繋がることを思います。
悟りを開くとは
一度だけではなく
永遠に限りなく
開かれてゆくことを
思います。
それは自分自神が
自らに対して
自らを育てるということを
決して諦めることのない限り
開かれてゆく。
誰かと比べるものではなく
自分自神と真剣に向き合い
自分自神を愛するからこそ
そういう心持ちである時
起こること全てに
必然であることを思い
自らにとって
必要な要素であることを理解し、
感謝できるのだと思います。
最後に
自らの精神性を知る一つの方法は
起こること全てに対し
一つ一つ、
そこに自分自神は
「何を思うのか」
「どんな言葉を発するのか」
その思いと言葉を
自らが俯瞰して見つめることです。
そこに、ただ今の
自分自神の精神性を観る事ができます。
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最後まで
お読み頂きありがとうございました!
この世界を
光も闇も
大切な存在として受け容れ
皆さんと共に
美しい世界を創造できたら幸いです!
