皆さんこんにちは!
manabeing のONです。
当ブログにお越しいただきありがとうございます。
こちらは
ヒーラーでカウンセラーのmanabeing ONが
日々実践し、そこから得られた氣付きや感じることをシェアする場です。
宜しくお願いいたします。![]()
テキストを入力
今回は6月12日から3日間
北海道でお待たせしていた『想い』を
回収する旅、2日目のお話しです。
※登場人物について説明する際、
敬称は省略させて頂きます。
この記事を投稿する事を
延期しておりましたが
延期しなければならなかった
理由が観えました。
これから先ずご紹介する
「柳原愛子(やなぎわらなるこ)」二位局です。
ブログの延期をした方が良いと
感じておりましたが、
当初、
この方のことが理由ではありませんでした。
けれども検証を続ける中で
必然のように
浮かび上がってきたのです。
何故、今まで気が付かなかったのか
そう思う程でした。
柳原愛子は
明治天皇の側室で、
大正天皇の生母、昭和天皇の祖母です。
明治5年に中山慶子(明治天皇の生母)の
推挙によって御所に出仕し、明治天皇の寵愛を
受け第二皇女(薫子内親王)、第二皇子(敬仁親王)
第三皇子(嘉仁親王、後の大正天皇)を出産しますが
成人できたのは嘉仁親王のみでした。
貞明皇后が
大正天皇の皇太子妃に決定したのち
教育係を担った際は
「影になり、日向になり、
年若い妃をおかばいし」
16歳の皇后は
「そのあたたかい思いやりを
実の母のようにうれしく思った」といいます。
気配りの出来る女性であったようで
宮中の女官たちに気遣いの言葉をかけたり
自分あての贈答品や献上品を分け与え
その為、宮中の女官たちからも慕われたと
伝えられています。
明治天皇の崩御後は準皇族の扱いを受け
大正天皇が病床の折には、
鎌倉の別宅から毎日葉山へと看病に通い
また、貞明皇后が腸チフスのため
葉山で療養すると、付き従い
皇后が重篤となると
自ら水垢離(水行)をし、法華経を唱え
皇后の快癒を祈念しました。
明治45年
明治天皇が重篤となると、
九条家ゆかりの大乗寺に度々参拝し
自ら法華経を唱え
天皇の全癒を祈念しました。
明治天皇が崩御されると、
その大喪の礼の折、
昭憲皇太后が
女官たちにご埋棺を拝する許可を下すと
愛子は直ちに儀式を拝しました。
さらに、9月14日の夜
伏見稲荷山陵における埋葬にも、
靴も履かずにそば近くで膝行して拝しました。
(Wikipedia参照)
大正15年
大正天皇が崩御されたことで
明治天皇との間の子全てに先立たれます。
明治天皇の寵愛を受けるという
光の側面と
天皇との間の子
全てに先立たれるという
闇の側面
自らの裡に重責を抱えながら
また、そうであったからこそ
最後まで、
自身の全想いを自らのお役目に
捧げたお方だったように思います。
全てが計画された
大きな流れの中にあって
一人一人のお役目は
その方の精神性の現れです。
「柳原愛子」さんを
13の月の暦で見ると
現代kinの神秘が
”103(トーサン)”
そして亡くなられた年齢が88歳。
明治天皇の古代kinの神秘88です。
数字からも
明治天皇との関係が
深いことを示唆します。
そして
今回の3日間にわたる
北海道の旅の一つのテーマであった
「母への想い、母の想い」
まさにそのテーマにふさわしい
存在でもありました。
一人の人の生き方から
観えてくる
精神性。
そして、お約束通り
この周波数も
源への統合を待っていたと
感じます。
しっかり受け止めました。
6月13日は
函館から札幌へ向かいました。
列車名:北斗1号
区 間:函館06時02分 → 札幌09時50分
座 席:3号車7番D席
13の月の暦でNo.を検証していきます。
【1号】
1=2023上皇后陛下現代kinの神秘
1=2023土方歳三現代kinの類似
1=2022乃木希典崩御時現代kinの類似
1=2023柳原愛子(明治天皇の側室)現代kinの類似
1=1914.7.28第一次世界大戦開戦日サイ時間
【06:02】(602→206)
206=「6と7の架け橋」出版日kin55の神秘
206=広島原爆投下日kin55の神秘
【09:50】(95)
95=1869.6.27箱館戦争終戦日kinの神秘
95=1905.9.5日露戦争終戦日の9/5=95
【3号車7番】(3、7)
3=昭和天皇現代kinの類似
3=myサイ時間kinのガイド
3=1959.4.10上皇・上皇后両陛下御成婚日kinのガイド
7=2023明治天皇崩御日kinの類似
7=2023東郷平八郎現代kinの神秘
7=2023東郷平八郎命日古代kinの類似
7=2023新海誠監督現代kin
7=2019.7.19「天気の子」公開日当日kin
7=2019.11.26「天気の子」音楽アルバムをプレゼントされた日のkinの反対
13日も
前日に引き続き、
昭和天皇、上皇陛下・上皇后陛下を始めとし
明治天皇が信頼を寄せている皆様が
勢揃いであったようです。
新海誠監督も一緒でしたが、
「天気の子」がアピールする通り
「天気の子」の公開日の反対kin“137”
“魂の進化の度数”が
北斗1号3号車7番
=137に現れていました。(笑)
意図せず
選択しているにも拘らず
こんな風に現れるのだと
思わず笑ってしまいました。
札幌駅に到着後
荷物をコインロッカーへ。
コインロッカーのNo.は
「50―55」
【50−55 】(50、55)
50=1993.4.23上皇・上皇后両陛下(天皇即位後初)ひめゆりの塔御訪問日当日kin
<歴代天皇初沖縄訪問>
50=上皇后陛下サイ時間kin&ガイド
50=2023皇后陛下現代kin
50=2000.6.7自分自身との統合を示唆する夢を見た当日kin
50=2022.8.15「77回終戦記念日」
&その日自宅前にダブルサークルレインボー出現当日kinのガイド
55=1945.8.6広島原爆投下当日kin
55=西郷隆盛現代kin
今回の3日間を通して
やはり一番『想い』の周波数が
大きく感じられたのが
上皇陛下と上皇后陛下
そして
昭和天皇でした。
約束されたお役目であったとしても
昭和天皇、
そして昭和天皇の想いを受け継がれた
上皇陛下・上皇后両陛下の
日本国民に対する
そして世界の平和に対する
その想いは筆舌に尽くし難いものを感じます。
コインロッカーに荷物を預け、
いざ、札幌から小樽へ。
列車名:快速エアポート95号
区 間:札幌 10時13分 → 小樽 10時47分
【95】
95=2022中山慶子(明治天皇の生母)崩御日古代kin
95=1869.6.27箱館戦争終戦日kin
95=166の神秘=令和天皇現代kin
95=1905.9.5日露戦争終戦日の9/5=95
95=1999.11.4自身が夜中覚醒した当日kin
95=2020.12.18伊勢神宮外宮参拝日kinの類似
95=2023.2.6トルコ地震当日kinの類似
【10:13】(101、3、13 )
101=上皇陛下サイ時間kin
101=孝明天皇現代の神秘
3=myサイ時間のガイド
13=2008.11.17象に乗った王子が出てくる夢、そして天女のような存在
からお香のような芳しい香りを受け取った日当日kin
(この日半日程、その香りが鼻に残っていました)
13=2011(3.11の年)my古代年回りkin
13=2013.4.13明治神宮参拝当日の古代kin
(参拝時背中にエネルギーが走った日)
【10:47】(104、7、47 )
104=2023上皇后陛下現代kinの類似
104=2023昭和天皇崩御日kinの反対
104=2023西郷隆盛崩御日kinの反対
7=2023明治天皇崩御時kinの類似
7=2023東郷平八郎現代kinの神秘
7=2023東郷平八郎古代命日kinの類似
7=2023新海誠監督現代kin
7=2019.7.19「天気の子」公開日当日kin
7=2019.11.26「天気の子」音楽アルバムをプレゼントされた日kinの反対
47=1918.11.11第一次世界大戦終戦当日kinの反対
47=2022.2.24ロシア・ウクライナ戦争開戦当日kinの反対
47=2022.11.11「すずめの戸締り」公開日kinの反対
47=2023.7.29.明治天皇崩御日kinの反対
47=2021.7.5たつき諒さんが夢を観た日のガイドkin
47=土方歳三古代kin,榎本武揚サイ時間kin
ここで観えてくるのは
列車の時間
出発と到着時間10が二つで「1010=トート」
わたしにとっての“13”が意味する周波数の“陰と陽”
3日間の検証結果で
重要と思われた数字“47”が示す事
“47”のここで挙げている四つの出来事
「第一次世界大戦終戦日」
「ロシア・ウクライナ戦争開戦日」
「すずめの戸締り」公開日
「2023年7月29日明治天皇崩御111年」
これは当日kin177で一緒、
同じ周波数を感じます。
トート=明治天皇であり
“47”の一つの要素である
「たつき諒さんが夢を観た日」が光の要素
そして「2023年7月29日明治天皇崩御111年」
が光をもたらす要素であることから
“47”の他の、一見闇に観える要素も
光であることが見て取れます。
また、列車の番号
“95”がもたらす要素に
「2023.2.6トルコ地震当日kinの類似」
トルコが挙げられました。
ここで
既知の皆さまも多いと思いますが
トルコと日本にまつわるお話を
少し紹介いたします。
1890年9月16日
和歌山県東牟婁郡串本町にある
紀伊大島の樫野埼東方の海岸沿いで
オスマン帝国(現トルコの一部)の軍艦
エルトゥールル号が遭難し、
500名以上の犠牲者を出しました。
その時に救難活動を行ったのが
大島村(現在の串本町)の住民たちです。
この時は台風によって出漁できず
食料の蓄えも僅かだったにも拘らず、
浴衣などの衣類、米などの食料、それに
非常用の鶏すら供出するなどして救護に努め、
その結果遭難者656名のうち、収容された69名が
救出され生還に成功しました。
(ちなみに69名の69=明治天皇古代kinのガイドです)
村長は県を通じて日本政府に通報し、
それを聞いた明治天皇は
政府に可能な限りの援助を行うよう指示しました。
また民間人でありながら
犠牲者の遺族に対する義援金を集め、
その集まった義援金を携え、
一人イスタンブールへ
渡った山田寅次郎の姿もそこにはありました。
日本とオスマン帝国は
第一次世界大戦が始まると
敵同士となり国交は難航します。
戦後のオスマン帝国の解体、
トルコ共和国成立を経て
1925年日本とトルコは正式に国交を
結ぶことになりました。
1985年今度は日本が
「エルトゥールル号」の一連の出来事のおかげ様で
トルコから光をいただくことになります。
それは、イラン・イラク戦争にまつわるお話です。
1985年のイラン・イラク戦争で、
イラクから脱出することができない状況に
陥った日本人の状況を
日本大使がトルコの大使に訴えたところ
トルコのビルレル全権大使は
「わかりました。
直ちに本国に求め、救援機を派遣させましょう。
トルコ人なら誰もが、エルトゥールルの
遭難の際に受けた恩義を知っています。
ご恩返しをさせていただきましょうとも」
と答えました。
要請を受けたトルコ航空は自国民救援の為の
旅客機を2機に増やし救援活動を行ない、
その際、陸路での脱出も可能な自国民よりも
日本人の救出を優先しました。
この救援機に搭乗できなかったトルコ人約500名は
車でイランを脱出しています。
“95”の要素に
「日露戦争」のワードも出てきますが
この戦争に日本が勝利したことで
長きにわたりロシアから圧力をかけられていた
オスマン帝国の国民は大変喜んでいました。
ここにも、光と闇、両方の側面を見て取れます。
さらに
“95”の要素で
「伊勢神宮訪問」のワードです。
ここに取り上げた日は
わたしが
伊勢神宮に参拝した日にまつわる
kinナンバーですが、
明治天皇と伊勢神宮にまつわるkinが
この後の検証で現れます。
検証することで
そこに託されていた「想い」が
どこにあって、
どこから来るのかが
よくみえてきます。
陰と陽を統合したわたしが
皇祖皇宗の想いと一つになっている明治天皇
そして、
明治天皇の信頼の厚いメンバーと共に
その周波数を光へ導くため
目的地へ向かったことが窺えます。
小樽に到着後、
バスにて
フゴッペ 洞窟に向かいました。
フゴッペ 洞窟最寄りのバス停で降りると
小樽のバス停で乗り場や時間の確認を
させていただいた方も降りられ
先程のお礼を伝えると、
何と、その方は
まさにこれから向かう
フゴッペ 洞窟の側がご実家とのこと。
空き家になっているご実家の管理の為に
定期的に来られる日が
たまたま、その日のその時間でした。
「小さい頃は今のようではなく
もっと自由に見られたのよ」
とお話しをしていただき、
お別れの際には
お菓子までいただきました。
まさに、その周波数を
身近に感じていらっしゃった方との
必然の一期一会でした。
フゴッペ 洞窟では
アピールしていたTシャツ2枚を購入し
入場料とそのお代で
¥3,300-
「33」が現れました。
キリスト、マリアも
関係があるのでしょか?(笑)
フゴッペ 洞窟の入場券より
【96、97】
96=1994年一年の年回りkin (1995.1.17阪神淡路大震災含む一年)
96=2020.2.23誕生日に明治神宮訪問&
国立科学博物館ミイラ「永遠の命」を求めて鑑賞日kinの反対
96=2020.12.18伊勢神宮外宮参拝日サイ時間kin
96=2022.1.15フンガトンガ巨大噴火サイ時間kin
97=1868.10.12明治天皇即位の礼当日kin
97=1993.6.9天皇・皇后両陛下御成婚日当日kin
ここで観られる周波数、要素は
まさに
光と闇です。
明治天皇の即位、
天皇皇后両陛下の御成婚、
そして
わたし自身の誕生日当日に明治神宮に参拝
さらに、同日エジプトにまつわるミイラ展を
鑑賞した日の光の周波数を持ち
96は
97の時間を外した日の数字であることから
97のことを全て理解している
と解釈できるため、
“96”と天皇皇后両陛下の御成婚日の“69”が
鏡となって
フゴッペ 遺跡の周波数と
「統合」しにきたようです。
フンガトンガ火山の噴火(火=カ)、
阪神淡路大震災<象徴>(水=ミ)
共に統合、
闇は光であることを示しています。
フゴッペ 洞窟を後にし
バスで小樽駅に到着すると
丁度、駅に向かって車が3台
「ナンバーを見て!」
と言わんばかりに
アピールしていました。(笑)
運転手の方が乗車されていたので
写真は撮れませんでしたが
「10―10」
「11―55」
「111」
左からこの順番で止まっていて
この時は
ただ「何か意味ありそう」
とだけ思い、
札幌行きの列車に乗車しました。
【10―10】
10=1945.8.9長崎原爆投下日サイ時間
10=2021.8.9長崎原爆爆心地訪問時サイ時間
10=1904.2.8日露戦争開戦日kin251の神秘
10=2001.9.11ニューヨーク同時多発テロ当日kin251の神秘
10=2008.7.7 G8洞爺湖サミットkinの反対
10−10 =「トート」エジプト神、ヘルメス・トリスメギストス
【11―55】
<11&55のセット>で
11=辻麻里子氏「22を超えてゆけ」出版日2003.11.11
55=2006.2.22辻麻里子氏「6と7の架け橋」出版日当日kin
<11&55のセット>で
11=2023.2.13自身の沖縄ひめゆりの塔訪問日当日kin
55=1945.8.6広島原爆投下日当日kin
11=第一次世界大戦終戦日1918.11.11
11=「すずめの戸締り」公開日2022.11.11
【111】
111=明治天皇古代kinの神秘
111=明治崩御時古代kinの神秘
111=1864.7.18五稜郭竣工・函館奉行所移転当日ki n
111=1868.2.8明治天皇元服当日kin
111=1923.9.1関東大震災当日kin
111=2019.10.31沖縄首里城火災当日kin
111=2023.6.7ハワイキラウェア火山噴火&
鹿児島の桜島噴火日のサイ時間kinガイド
先ずは
“10―10”
「1945年8月9日、長崎原爆投下の日kin」=
「2021年8月9日、わたしが長崎原爆爆心地で祈りを捧げた日kin」
は
「1904.2.8日露戦争開戦日kin」=
「2001.9.11ニューヨーク同時多発テロ当日kin」
同じ周波数であることを伝えてきます。
原爆を落とした側
落とされた側
両方が自分自身であるということ。
そして
日露戦争の総責任者である
明治天皇が
9.11にも要素として現れていることを
示しています。
「日露戦争開戦当日kin」
と
「9.11同時多発テロ当日kin」
は当日kin251で同じです。
また
テロに使用された飛行機とNo.にも
明治天皇とのつながりを感じました。
明治天皇と繋がるということは
自分自身と繋がるということです。
使用されたアメリカン航空機。
わたしは以前、成田空港にて
アメリカン航空のチェックイン業務に
携わっていました。
この一件が起こった時
大きな衝撃を覚えたことを
今でも忘れません。
けれども、このことも
自分自身の周波数が起こした事で
光へと還す必要のある
自らが設定していた事と
理解しています。
さらに
「2008.7.7 G8洞爺湖サミットkinの反対」
このことも
同じ周波数であることが示唆されています。
先月、広島で行われた
「G7 49回先進国首脳会議」
との関連も思います。
全ては
トート=トト=トーサンからの
メッセージです。(笑)
続いて
“11―55”
の、一つのセットからは
辻麻里子さんからのメッセージ
であることが明らかです。
「22を超えて、6と7の架け橋で統合」
もう一つのセットは
先の大戦の周波数を
光と闇を統合した自分自身が
古い周波数を一掃し
感謝して終わらせることを。
“111”
こちらの要素は
「1864.7.18五稜郭竣工・函館奉行所移転当日kin」
「1868.2.8明治天皇元服当日kin」
「1923.9.1関東大震災当日kin」
「2019.10.31沖縄首里城火災当日kin」
全てが当日のkin111=明治天皇崩御時古代kinの神秘です。
そして、
「2023.6.7ハワイキラウェア火山噴火&
鹿児島の桜島噴火日のサイ時間kinガイド」
も同じ周波数であることを示唆し
全てが明治天皇の関与(自分自身の関与)
を示しています。
小樽から快速エアポート号で
札幌へ戻ります。
列車名:快速エアポート142号
区 間:小樽 13時35分 → 札幌 14時08分
(一つ前の列車で病人発生の為、途中で停車
札幌到着は14時23分となりました。)
【142号】
142=2011.3.11東日本大震災当日kinの類似
142=2008.7.9 G8洞爺湖サミット最終日当日kin
142=2023.2.14沖縄訪問日kinの反対
【13:35】(13、35、135)
13=2011(3.11の年)my古代年回りkin
13=2013.4.13明治神宮参拝日古代kin
(参拝時背中にエネルギーが走った日)
35=2020.2.23誕生日に明治神宮訪問&
国立科学博物館ミイラ「永遠の命」を求めて鑑賞日kinの神秘
135=1869.8.6招魂社(靖国神社)創建日当日kin
135=2014.3.14「アナと雪の女王」公開日当日kin
135=八芒星
【14:08】(14、8、208)
【14:23】(23、223)
14=my現代kin21のWS
14=2023明治天皇現代kin&ガイド
14=2013.4.14スカイツリー訪問時古代kin
8=1995.1.17阪神淡路大震災日kinのガイド
8=2022.2.11橿原神宮・神武天皇陵参拝日kinのガイド
208=上皇后陛下古代kin
208=たつき諒現代kinの反対
208=1869.4.23”1177年ぶり”明治天皇伊勢神宮参拝日の古代kin
(歴代天皇陛下初の参拝)
23=母現代サイ時間kin
23=2021.8.9長崎原爆爆心地訪問時kinの神秘
23=2021.10.6統合の為予約していた指輪が届いた日kinの類似
(因みに10.6→106は105<統合>の前日kinの意も)
23=2023.1.9祖母の23回忌
223=my古代kin
223=1914.7.28第一次世界大戦開戦日kinのガイド
223=2021.10.8たつき諒氏「私が見た未来」出版日kinの神秘
223=2022.12.27横浜ロイヤルパークホテル宿泊部屋の目の前の夜空に
冬の大三角が現れた日当日kin
223=2023.1.9(祖母23回忌)鎌倉イベント参加日kinの類似
142からは
沖縄、東日本震災の地
そして北海道を貫いた周波数は
3.11の年の周波数をはじめとする
震災の周波数、
太平洋戦争をはじめとする
戦争の周波数
それらを受容し我が子とした
自らの周波数であり
そして
「1869年明治天皇の
伊勢神宮参拝」
が「1177年」ぶりの
歴代天皇初の参拝であった
ことからも窺える
皇祖皇宗、そして全ての民を
我が子として想う
明治天皇の周波数と共に
電車が遅れたことで
見せてくれた数字
“23”と“223”からは
明治天皇と
わたし自身に託された
全ての
統合を望む周波数たちからの
応援にも似たメッセージで
あったように思います。
札幌の駅に到着後、
京王プラザホテル札幌に向かいました。
チェックインの手続きをお願いすると
「本日はワンランク上のお部屋を
ご用意いたしました。」
と告げられ、
頂いたRoom No.は
「1921」
お部屋に入り、外を見ながら
Google マップで周辺を見ていたら
何と、お部屋から
ちょうど目の前の方向に
明治天皇が1881年北海道行幸の際
湧水池で手を洗ったことから
「御膳水」と呼ばれ
龍神信仰に繋がった神社
がありました。
まるでその時の周波数を感じる為に
用意していただいたお部屋のようでした。(笑)
明治天皇が立ち寄った場所を見つめるシマエナガ親子♡
【1921】(19、21)
19=1868年7月26日からの年回りkin(明治天皇即位、成婚の年)
19=2025.7.5(2匹の竜がフィリピン海沖に向かう)
を含む2024年の年回りkin
19=2023上皇陛下古代kin&古代kinのガイドkin
19=1941.12.8真珠湾攻撃日当日kin
19=1月9日(祖母命日)と9月1日(母の誕生日)のメッセージ
21=2023明治天皇崩御日kinのガイド
21=2023令和天皇年回りkin
21=my現代kin&2023my年回りkin
21=2023土方歳三命日kinの類似
21=第一次世界大戦終戦日kinのガイド
21=「すずめの戸締り」公開日kinのガイド
“19”の要素は
先ず一つには
明治天皇が即位された年1868年の13の月の暦一年の
年回り(1868年7月26日〜1869年7月24日) kin19
と
2025年7月5日(2匹の竜がフィリピン海沖に向かう日)
を含む年回り(2024年7月26日〜2025年7月24日)kin19
が一緒の周波数であるということ。
さらに、
上皇陛下の先の戦争に対する想いの周波数
は同時に
「真珠湾」の言葉が示す
今年の御成婚日を
「真珠婚」として迎えられた
天皇陛下・皇后両陛下に対する
想いの周波数も感じます。
そして
この世界が持つ
「生み出すもの」
そして
「生み出されたもの」
が持つ
「想いの連鎖」
その一つの象徴としての現れである
互いが
命日と誕生日を鏡とした
「祖母と母」からの
応援の周波数であることを
感じます。
続けて
“21”は
令和天皇とわたしにとって
同じ今年の年回りkin21になります。
さらにわたしは、
生まれた日と全く同じ
再生の年回りkinになることから
大きな転換点の年になります。
今回の旅が観せてくれた
ナンバーからも
13の月の暦で言う所の
わたしの一年は
明治天皇の周波数、
令和天皇の周波数と共に
大切な年になりそうです。
最後に
6月13日当日のkinも検証します。
先ず当日kin
・kin131&ガイド=2021.4.23子宮筋腫、子宮全摘出開腹手術日kinの神秘
・類似kin248=2023土方歳三現代kinの反対
・反対kin1=2023上皇后陛下現代kinの神秘、
・反対kin1=2023土方歳三現代kinの反対
・反対kin1=2023柳原愛子現代kinの類似
・神秘kin130=2021.4.23子宮筋腫、子宮全摘出開腹手術当日kin
次は古代kin
この日の古代kinは2023昭和天皇現代kinの日でした。
その他の要素として
・古代kin86=2023土方歳三古代kinの類似
・古代kinのガイド=2023明治天皇古代kinの類似
・古代kinのガイド=皇后陛下古代kin
・古代kinのガイド=1871.12.28大嘗祭kinの類似
・古代kinのガイド=2013.4.13明治神宮参拝日kinの反対&サイ時間kin
(明治神宮参拝時に背中にエネルギーが走った日)
・古代kinの類似=2023土方歳三古代kin
・古代kinの神秘=1871.12.28明治天皇大嘗祭kinのガイド
・古代kinの神秘=2021.7.5たつき諒さんが夢を見た日kinの反対
(2匹の竜がフィリピン界沖に向かう)
続いてサイ時間kinは
2023昭和天皇崩御日現代kin、2023西郷隆盛命日現代kin、上皇陛下現代kin
の日でした。
その他の要素として
・サイ時間kin234=1975.7.17ひめゆりの塔御訪問日上皇陛下(皇太子時代)の類似
・サイ時間kin234=2021.4.23子宮筋腫、子宮全摘出の為開腹手術日kinのガイド
・サイ時間のガイド=上皇陛下古代kinのガイド
・サイ時間のガイド=上皇后陛下古代kinの反対
・サイ時間のガイド=2023榎本武揚命日古代kinの類似
・サイ時間のガイド=2019.11.22「アナと雪の女王2」公開日サイ時間
・サイ時間のガイド=2022.12.25明治神宮参拝&横浜訪問日kinの類似
・サイ時間の類似=2023榎本武揚命日古代kinのガイド
・サイ時間の類似=1975.7.17ひめゆりの塔ご訪問(上皇陛下皇太子時代)当日kin
・サイ時間の類似=2021.10.31西福寺訪問日のサイ時間kin
・サイ時間の類似=2022.12.25明治神宮参拝&横浜訪問日kin のガイド
・サイ時間の反対=2023上皇后陛下現代kinのガイド
・サイ時間の反対=2022.12.26葉山、横浜訪問日のサイ時間kin
・サイ時間の神秘=1905.9.5日露戦争終戦日のサイ時間kin
・サイ時間の神秘=2008.7 G8洞爺湖サミット古代kinのガイド
・サイ時間の神秘=2022.11.16「すずめの戸締り」鑑賞日kinの神秘
先ず
当日kin130と神秘のkin131は
13の月の暦で頂点に当たります。
この日の周波数は
その周波数を持っていました。
要素を観ていくと
2021年4月23日
わたしの手術を受けた日がヒットしました。
この手術は、
わたしの人生初の大きな手術でした。
3、4ヶ月前から
何となく違和感を覚えていた腹部の張りが
就寝時に横になると
お腹にぽっこりと形が浮き出て
これは何かおかしいと感じ
受診した事で発覚した
「子宮筋腫」でした。
筋腫がかなり大きかったため
腹腔鏡手術ではなく
開腹手術となり
急に大きくなったために
悪性の可能性も考えられましたが
手術の結果、筋腫は良性でした。
取り出された筋腫は
まるで
「赤子」のように
10cm大の丸々とした塊。
出産したかのようでしたが
この時のわたしは
女性にとっての代名詞でもある
「子宮」
を全摘出したことから
生まれ変わったようにも感じていました。
そしてこの期間は
この時期に西欧で祝う
イエス・キリストが
三日目に復活したことを
記念・記憶するキリスト教において
最も重要とされる
復活祭の時期と重なっていました。
復活祭は
西方教会では毎年3月22日〜4月25日のいずれかの日曜日
東方教会では4月4日〜5月8日の間のいずれかの日曜日に
お祝いされます。
その期間中であったことも
今では必然であったことを思います。
さらに手術を受けた
「4月23日」
の繋がりが
今回の旅であらわになりました。
「1993.4.23 天皇即位後初のひめゆりの塔御訪問」
この日は上皇陛下が天皇に即位後初のご訪問でした。
また、歴代天皇陛下初の沖縄の地を踏まれた日でもあります。
さらに遡ること
「1869.4.23”1177年ぶり”明治天皇伊勢神宮参拝」
同じく4月23日、
明治天皇即位後初、並びに
歴代天皇陛下初の伊勢神宮参拝でした。
それは1177年ぶりの参拝だったのです。
(9.11のアメリカン航空AA11、AA77との繋がりも)
また手術を受けた日のkin234の番号で観ると
「1975.7.17皇太子殿下ひめゆりの塔訪問日kinの類似kin234(上皇陛下の類似kin)」
と同じで
上皇陛下に御守りいただいていた
周波数も感じます。
また、同時に
4月23日とkin234が伝えてくることとして
(4月23日→234≒kin234ですね)
全ての責任を自分に還した
覚悟と強い想いの周波数の現れが
この日、
6月13日に込められていたように思います。
古代kin、サイ時間kin
についても
昭和天皇を始め上皇陛下、西郷さんのkin日となっており
ここまで観てきたような
同じ周波数を感じ取ることができました。
次回は
最終日のご紹介です。
![]()
************************
最後まで
お読み頂きありがとうございました!
この世界を
光も闇も
大切な存在として受け容れ
皆さんと共に
美しい世界を創造できたら幸いです!




