恋愛相談医として勤務してから半年、若菜はようやくペースを掴めてきて、仕事が軌道に乗り始めた。

 

ある日、最初の相談者として一人の若い女性が若菜のもとを訪ねた。相談内容は、彼女の妹・歩美についてであった。深刻な表情をしながら、真理江が話を切り出した。

 

「短大を卒業して就職してから、妹はいつも家庭のある男性と不倫に落ち、最後には、相手の家庭も、自分自身の恋愛やキャリアも破綻しているのです。最初の頃は『この愛は本物』という妹の言葉を信じて、いけないことだと分かっていながら目をつむってきました。でも、妹ももう27歳。今度こそ、幸せになれる恋愛をしてほしいんです。」

 

さらに詳しく話を聞くと、今まさに新しい職場で一回り上の男性とそういった関係にあるということであった。

早速、若菜はこの案件を集中対応の対象とし、真理江を通じて歩美に来院してもらうことにした。

 

3日後、歩美が訪ねてきた。若菜の予想とは違い、歩美はどこにでもいそうな普通のOLといった様子であった。

相手のことを知るためにいくつか話をしてみると、趣味はショッピングにカラオケと野球観戦、マイブームはコスメ収集といったように、いたって平凡な女性に見えた。ある程度空気が温まってきたところで、若菜は本題を切り出した。

 

「お姉さんから聞いたのですが、あなたは現在、家庭のある男性と望ましくない関係にあるとのことです。あなたなら、もっとより良い恋愛が出来るのではないでしょうか?」

 

すると、明らかに苛立ちを示すような激しい口調で歩美は若菜にまくし立てた。

 

「何言っているんですか!私と俊彦さんのことね…。私たちの愛は本物なのよ。私のほうが彼と一緒にいるし、奥さんなんかよりも、彼のことをずっと知っているんだから!」

 

その日の集中対応はそこまでで終わってしまった。ひとまず若菜は、短期間の解決ではなく、時間をかけて解決策を探ることにした。そして、真理江から詳しく話を聞き出していくうちに、不倫相手の俊彦とは同じ配属先の先輩後輩で、職場の野球サークルを通じてそうした関係になったこと、根本的な原因の背景に俊彦の家庭の不和があるこまで突き止めた。

 

若菜が調査を進めていた頃、歩美と俊彦の関係は続いていた。

 

俊彦の家庭では、ちょうど一人娘の幸恵が小学3年生の難しい時期に入っていた。そして、それが原因で夫婦仲も冷え込み、喧嘩も絶えなくなっていた。いや、不倫が始まってからはむしろ会話すら無くなってきていた。

 

若菜が歩美との集中対応を始めて最初の金曜日、歩美はいつものように俊彦と勤務をこなしていた。そこへ、電話を切った課長が俊彦を呼び出した。

 

「杉山君、ちょっといいかね?部長がお呼びだ。」

 

何かあったことが、歩美にも感じ取れた。俊彦は渋い顔をしながら課長と部長室に向かった。

 

その日の夜、二人は時間をずらして退社し、少し離れたレストランで落ち合った。ワインで乾杯した後、今日の出来事を尋ねた。

 

「青山課長に呼び出されていたけど、大丈夫だった、俊彦さん?」

 

俊彦は歩美の問いかけに淡々と答えた。

 

「ああ、得意先から注文と違う品が届いたってクレームが来てね。自分のミスじゃないかって疑われたのさ。結局、原因は相手方の注文間違いだったよ。まったく、新しく本社から出向してきた部長と腰ぎんちゃくの課長は何かあるとすぐに俺を疑うし、家では娘が『パパはダメ!』なんて言うし。君とのこうした時間が、数少ない安らぎの一時だよ。」

 

そうグチをこぼした俊彦の気持ちを汲むように、歩美も話し始めた。

 

「それは災難だったわね、俊彦さん。いつも真面目にお仕事頑張っているのにね。それにしても、娘さんがそんな反抗的になるなんて、奥様は一体どういう子育てをされているのかしらね。私だったら、お仕事で疲れて帰ってくる俊彦さんを家ではリラックスしてもらえるようにして、子どもも親の言うことはきちんと聞くように育てるのに。」

 

そう話す歩美に同意するように俊彦も続けた。

 

「ありがとう、そう言ってもらえると気が楽になるよ。」

 

そんな会話をしているうちに、夜も大分更けてきた。歩美は俊彦に確かめるように問いかけた。確信は持てていた。

 

「もう結構遅いけど、帰らなくても大丈夫なの?」

 

そんな歩美に対して、俊彦は期待通りの言葉を出した。

 

「ああ、今日は仕事で帰れないって伝えてあるからな。」

 

歩美は勝ち誇った笑みを浮かべて俊彦に話した。

 

「それじゃ、今夜はずっと一緒にいられるのね。」

 

会計を済ませると、二人は腕を組み、夜の東京の街に消えていった。

 

その頃、若菜の歩美への集中対応は続けられた。だが、歩美の考えは変わらず、ますます頑なになっていった。

若菜の集中対応が、まるで2人にとってちょうど燃えるための燃料になってしまっているようであった。

 

ある日、今までは文字資料でしかなかった俊彦の写真が手元に入ってきた。写真をまじまじと見ると、若菜は思わずつぶやいた。

 

「へぇ、結構イケメンじゃない…。」

 

そして、1つの考えが頭をよぎった。

駅までの中間地点に着いたところで、事故による渋滞に巻き込まれたのだ。バイクの機動性を活かして、いくら車の間をすり抜けていけるとはいえ、当然、いつものような速度は出せなかった。刻一刻と過ぎていく時間が、悟史の焦りを加速させた。和輝は悟史に決断を求めた。

 

「…普段ならば次の交差点で直進して突き当りを右折するルートだ。だが、ちと厳しい状況だ。途中で左折して次の駅で渡すか、あるいは…次の交差点で右折してショートカットを狙うか、どっちにする?」

 

悟史は悩んだ。次の駅にすればほぼ確実にタイムカプセルを渡すことはできた。しかし、彩香の旅立ちに間に合わせなければ、ここまでの意味がなくなってしまう。

 

「次の交差点で、右折してください!」

 

悟史が選択した「右折してショートカットするルート」は、間に合う可能性が残されている反面、リスクも高かった。1週間前の台風で橋が破壊されており、駅に向かうにはそれを飛び越える必要があった。飛び越えられなかった場合、当然、彩香の旅立ちに間に合うことはできない。橋に差し掛かったとき、向こう岸を目掛けて、和輝がフルスピードでバイクを走らせた。

 

「行くぞ、しっかりつかまっていろよ!タイムカプセルを絶対に放すなよ!!」

 

その頃、駅では、友人たちが彩香の見送りに来ていた。タイムカプセルの話はみんな知っており、今か今かと待っていた。しかし、見つかったという連絡が来たときには、間に合うかどうかギリギリのタイミングであった。

 

「彩香、もう行くわよ!」

 

「母さん、電車を1体遅らせられない?確か、3つ先の駅で特急に乗り換えれば間に合うはず…。」

 

急かす母親を説得して、確実に悟史と会えるようにと彩香も粘った。しかし、彩香の声は届かなかった。

 

「何言っているの、飛行機に乗り遅れたらどうするの!?みんなとのお別れが辛いのは分かるけど、お父さんのお仕事なんだから!」

 

「…うん。」

 

彩香はみんなに別れの挨拶を済ませると、沈んだ様子のままであった。空をぼんやりと見ながら、悟史との幼き頃の思い出を振り返っていた。カナダの住所は伝えていて、タイムカプセルは送られてくるだろうから、お礼とお別れの手紙を書こう、この心は、私の中で大切にしまっておこう―。

 

叶わぬ恋にピリオドを打とうと考え、胸が張り裂ける気持ちであった。その時、1台のバイクが猛スピードでこちらに向かってきた。そして、誰かが自分の名前を呼んでいるのに気がついた。

 

「彩香!」

 

「悟史!?」

 

悟史が何とか出発前に駆けつけた。しかし、発車まで、もはや一刻の猶予もなかった。

 

「やべぇ、出発直前だ、走れ!」

 

悟史はこの「ラストチャンス」で、今度こそ彩香に気持ちを届けるため、最後の力を振り絞ってホームに掛け上がった。彩香もまた、少しでも悟史からタイムカプセルを受け取れるようにと、最後尾の車両を目掛けて走り出した。

 

「悟史!彩香、最後尾の車両だよ!!」

 

肩で息をしながら、友人たちからの声を頼りに、悟史が彩香を探した。そして、窓から身を乗り出している彩香を見つけた。

 

「受け取ってくれ、彩香!」

 

悟史が伸ばした右手を、彩香が確かに受け止めた。

 

タイムカプセルを渡した瞬間、悟史は抑えられない衝動に駆られた。どんなハードルがあったとしても、どんな壁が立ちはだかっても、全て突き抜けて行くような衝動であった。遠ざかっていく電車に向かって、悟史は渾身の力で叫んだ。

 

「彩香、好きだー!!!!」

 

悟史のストレートなその気持ちが、彩香の心に幾重にも掛けられていたカギを解き放った。彩香も、全身で悟史に想いを告げた。

 

「私も、好きー!!!」

 

彩香の最後の言葉は、夏の南風に乗って悟史に届けられた。やがて、彩香を乗せた電車は見えなくなった。キスをしたこともなければ、抱きしめたことも、恋人として手を繋ぐこともなかった。しかし、お互いの素直な気持ちを確かめられただけで、2人には十分であった。

 

2人の恋の成就を、みんなが祝福した。タイムカプセルには、あの時の彩香の気持ちとともに、今の悟史の決意が入っていた。

 

『20歳の自分へ 国立で全力プレーしている姿を、大切な人である彩香に見せられていますように。』

 

翌朝、和輝は全身が筋肉痛で悲惨な状態であった。電車に乗ることすらできず、奥さんに送られてどうにかこうにか病院にたどり着いたのだ。

 

「バイクで猛スピード出して、最短距離で行くために、やったこともない壊れた橋をジャンプするなんてムチャするからですよ、先輩。」

 

「しょうがないじゃん、それしか思いつかなかったんだし、アデデデデ…。」

 

筋肉痛にうめく和輝に、そのことを知ったときに感じたことを若菜は話した。

 

「でも、意外でしたよ、そんな熱くなった先輩、初めて見ました。」

 

「残された時間全てを、好きな女の子のために全身全霊を傾けた、そんな不器用な少年の背中を押してやった、それだけだよ。」

 

和輝は少し照れくさそうにそう言った。

 

夕方、部活帰りの悟史が立ち寄った。

 

「先生、この前はありがとうございました。おかげで、彩香に気持ちを伝えることができました。」

 

「私は別に、何もしていないわ。悟史君が頑張ったから、彩香ちゃんも応えてくれたのよ。」

 

「みんなの心が折れかかった時、俺もみんなと同じでした。でも、先生から言われた前の日の言葉を思い出して、彩香のために全力を尽くそうって踏みとどまれたんです。」

 

「彩香ちゃんを大切に想う今の気持ち、忘れないようにね。」

 

その夜、悟史はいつものように彩香とチャットをしていた。大抵の内容は、たわいもないものであった。しかし、どんな会話になっても、最後はいつも同じ文であった。

 

『おやすみ。大好きだよ、彩香』

 

『おやすみなさい悟史。私も、愛しているよ。』

その日、陽菜と多香子は学校帰りにサーティワンに寄っていった。しばらくして、彩香が遅れてやってきた。その時の彩香の様子は元気がなさそうであった。

 

「彩香、どうだったの?」

「ちゃんと気持ちを確かめることはできたの?自分の気持ち、伝えられた?」

 

「ううん…だめだったみたい…。」

 

期待と不安のまなざしで見てくる陽菜と多香子に、彩香はその時の一連の経過を話し出した。2人とも、事態の展開に、驚きや落胆、不安を抑えきれなかった。

 

「それって、めっちゃ大変じゃん!そんなんじゃなくて、一緒にいて欲しいとか、抱きしめて欲しいとか、もっと素直な感情を打ち明ければよかったのに…。」

 

「私も、あの時、本当はそうしたかった…。そのまま、悟史の胸の中に飛び込んでしまいたかった…。でも、今までの世界が変わってしまう気がして、怖くて、できなかった…。」

 

沈んだ表情のまま、彩香は苦しい胸のうちを話し出した。

 

「最近、よく夢を見るの、いつも同じ夢を…。教室で悟史と2人っきりなのに、いくら呼んでも悟史が気づいてくれなくて、無理やりこっちに振りむかせようとしたときに、私の見たことのないきれいな人と、今まで見せたことないような笑顔で教室から出て行って、その直前に私に気づいて、悲しそうな顔で私のことを見て、そこで夢は終わるの…。想いを告げて、報われなくってもいい。でも、何もしないで、誰かに悟史を奪われるなんて…そんなの、絶対にイヤ…!!

 

不安や悲しみ、苦しみ、葛藤に、心が壊れそうな状態であった。溢れ出る涙が、彩香の心を物語っていた―。

 

「寝ても覚めてもっていうことか…。それにしても、もったいなかったわね。いい感じまでいってたんでしょ?」

 

話を聞き終えたもえは、その時の陽菜と同じような感想であった。陽菜も、その時のことを思い出し、一気にまくし立てるように話し出した。

 

「まったく、悟史のやつ、彩香の乙女心に気づきなさいって!ああ見えて彩香、結構内気なんだから。わざわざ一人で男のところに行くなんて、惚れ込んでいるからに決まっているじゃない!!

 

「おい、その話、本当かよ…?」

 

思いもよらないよらない話を耳にしてしまった雄介が、状況を忘れてつぶやいてしまった。

 

「ちょ、あんたたち!何をお年頃の女の子の内緒話に耳立てているのよ!」

 

「いや、そんな盗み聞きしたくてしたんじゃなくて、それより…!」

 

そういうと、雄介もまた、今回のタイムカプセル発掘の「真実」を話し始めた。

 

21時、5人は副担任の山田のもとを訪ねた。没収されている携帯電話を一時的にでも返してもらうためだ。担任の川原は堅物でまず返してもらえる見込みがなかったため、話が通じそうな副担任に相談に行ったのだ。

 

「先生、10分でかまわないので、携帯を返してもらえませんか?どうしても悟史に連絡を取らなければならないんです、大事な用事なんです!」

 

事情を聞いた山田の反応は、5人の話に理解を示すものであった。しかし、下された結論は、期待とは違うものであった。

 

「そうか、事情は良く分かった。しかし、携帯を返すことはできない…。」

 

「何でですか!彩香が悟史と会えずに終わっても、先生は構わないって言うんですか!」

 

「いや、もちろんそんなことはない。そういう事情なら、去年までなら内密にすぐに探して渡した。しかし、今年からは、僕では君たちに返すことができないんだ。去年のこの合宿で携帯の持込が発覚して、激怒した川原先生が、すべての保管庫にカギを掛けてしまって、カギは川原先生が管理しているんだ。どこの保管庫で管理されているかすら、僕には伝えられていないんだよ…。」

 

もはや、雄介たちができるのは、無事にタイムカプセルが見つかるのを祈ることだけであった。あと1日でも早くこのことを知っていれば、そう考えると、悔しさのあまりなかなか眠れなかった。

 

翌朝、悟史たちは再び作業に取りかかった。まだ疲れが抜けきっていない中、全員で一体ずつ調べていくことにした。残り2体のうち、どちらを調べるか決めると、急いで作業に取りかかった。確実に彩香の出発に間に合わせるためには、何とかここで見つけ出したいところであった。しかし、出された結論は無慈悲に悟史たちに突きつけられた。いくら調べても、そこにタイムカプセルを埋めた跡は見当たらなかった。

 

見切りをつけ、すぐさま最後の1体に取りかかった時であった。晃がとうとう音を上げた。

 

「もう無理だって、1日ちょっとで探し出すなんて、そもそも無理があったんだって。今からこの1体を探しても、見つかる保証はないんだしさ。」

 

すると、浩司も

 

「そうだよ、彩香には後から見つけて送るってすりゃいいじゃん。」

 

そう言って、これ以上の作業は無意味だと訴え出した。他の者も手を止めてしまった中、その手を止めることなく、悟史はひたすらにスコップを振るった。そして、自らの胸の内を語り始めた。

 

「俺、みんなと同じクラスで会えて本気で良かったと思っている。楽しくやれたし、今もこうして力貸してくれて。でも、みんな辛いのは分かるし、俺のわがままだけど、ベストだけは尽くしたいんだ。中途半端に投げ出して彩香に会いに行っても、きっとまた、あいつに全力で向き合えないから。信じて待っている彩香のために、どうしても今、ここだけは探さないといけないんだ。」

 

悟史の言葉に、誰もが心を動かされた。

 

「お前の熱意には負けたよ…。昨日も今日も1番頑張っているお前を置いて、俺らが先にギブアップするわけにはいかないよな。」

 

そう言って、再びスコップを手に作業を始めた。

 

作業開始から2時間半、何の変化も起きず、流石に諦めが全員の頭をかすめた時であった、直哉のスコップが何かにぶつかった。その手応えは、これまでのような砂や石とは違う感触であった。しばらく掘っていくと、大きな木箱が姿を現しだした。明らかに何か目的を持って埋めたものであった。

 

「おい、この木の箱、これじゃないか?」

 

「賭けるしかない、掘り進めてみよう!」

 

すがるような気持ちで、全員で木箱が見つかった場所を掘り返していった。そして、とうとう確信に至った。木箱に悟史たちが卒業した年度、クラスが刻まれていた。

 

「あった…とうとう見つけたんだ!」

 

念願のタイムカプセルを見つけ出し、誰もが喜びに湧いた。しかし、それも束の間であった。

 

「おい、これ、カギが掛けられているぞ…。」

 

「ホントだ…。おい、カギって誰か持ってきているか…。」

 

やがて、和馬が思い出した。カギを持っているのは、残ったメンバーや家が近くのクラスメイトではなかった。

 

「真紀だよ、カギ持ってんの!あいつ、去年、九州に引っ越しているよ。予備のカギなんて無かったはずだぜ…。」

 

「ちくしょう、せっかくここまで来たのに…。」

 

工具など誰も持ってなく、もはや気持ちだけでは解決できない局面であった。その時、遠くから誰かが呼ぶ声が聞こえた。

 

「おーい、見つけられたかい?」

 

そういって現れたのは和輝であった。駆けつけてきた和輝に、悟史は工具を何か持っていないか尋ねた。だが、和輝が乗ってきたバイクに積まれていたのは簡易な工具のみであり、とても厚い木材を開けられるようなものはなかった。

 

和輝は木箱の状態を見ていた。なにやら素材や厚さを確認している、そんな感じであった。空を見上げて、少してれを隠すようなそぶりを見せて、和輝はつぶやいた。

 

「本当は、あまり見せたくなかったんだがな…。」

 

そういうと、和輝は真剣な面持ちで木箱の前にたち、精神統一をした。期待と不安で悟史たちが息をのむ中、和輝の掛け声で沈黙が破られた。

 

「ハッ!!」

 

その瞬間、まるで薄いベニヤ板のように、木箱のふたは真っ二つにへし折られた。和輝の意外な一面に、悟史たちはあっけにとられた。

 

「和輝さん、空手の達人だったんですね。見た目そんな風にみえなかったから、意外です。」

 

「うーん、まぁ、高校まで空手部だったからね。本当は君たちだけで解決してもらいたかったけど、それ言ってたら今回は明らかに間に合わないし、全力で頑張った男たちに、俺もできることはしようかなって思ってね。」

 

さっそく、悟史たちは彩香のタイムカプセルを探しつつ、それぞれの見つかったタイムカプセルにも話が弾んだ。悟史のタイムカプセルも見つかり、『20歳の自分 Jリーガーとして大活躍!』と書いてあった。

 

そして、彩香のタイムカプセルも出てきた。全員一致の意見で、中の確認は悟史が行った。カプセルの中身を見て、悟史は初めて彩香の気持ちを知ることとなった。

 

『20歳の私へ 元気に毎日を過ごせていますか?これからも変わらずに、大好きな悟史のそばで、笑って過ごせていますように―』

 

「彩香…」

 

彩香の気持ちをはっきりと知ったとき、悟史の決意が明確なものになった。すでに疲労がピークに達しており、ふらふらであった悟史が自転車で駅に向かおうとした時、和輝が助け舟を出した。

 

「俺のバイクの後ろに乗っていきな!飛ばせば間に合うし、お前さんにはまだやるべきことが残ってるんだろ。」

 

昼の混雑しやすい時間帯とはいえ、機動性の高いバイクであれば少しは余裕を持って間に合う、悟史の体力も回復できる、和輝も悟史もそう考えた。原状回復など、残された作業をクラスメイトに託し、一路、駅に向かって和輝がバイクを走らせた。

 

しかし、思いもよらない事態が待っていた。

話を聞いた2人は天を仰いだ。

 

「何やってんだよ、もぉ。せっかくビックチャンスを作ってやったのに。」

 

「仕方ねえだろ、あれが、俺のあのときの限界だったんだよ。」

 

ひとまず、和馬たちは次につながったことだけは評価した。そして部活後、3人は最終決戦に立つための作戦を立て始めた。悟史と当時のクラス幹事の雄介がそれぞれ手分けしてクラス全員に了解を取り、唯一タイムカプセルを埋めた手がかりを覚えていた和馬が、中学校側での手続きをとることで意見がまとまった。

 

その日の夜から、さっそく3人はそれぞれの役割に取り組んだ。悟史と雄介の担当である、当時のクラス全員の了解を取り付けは順調であった。彩香の事情に、誰もが理解を示した。

 

しかし、学校側との手続きはてこずった。当初は、そもそも、作業そのものに難色が示された。しかし、当時の担任がまだ残っていたこともあり、窓口となってくれた。そして、授業や部活のないお盆期間のうちの2日だけならば、作業は朝8時から夕方7時まで、自己責任で現状復帰を行うという条件付で作業を認めた。

 

さらに、嬉しくない事態も起こった。航空会社のストの可能性が浮上したことから、彩香の出発の日程が早まり、予定しているスケジュールでは、作業最終日の朝がリミットとなってしまったのである。また、雄介だけは同じ高校でも芸術コースに所属しており、芸術コースで毎年恒例の合宿が、申請した日程初日の午後にぶつかってしまったのである。

 

そんな中、悟史は再び三鷹病院に足を運んだ。若菜に近況を報告するためと、何かアドバイスがあればもらっておきたいと考えたからだ。

 

「すみません、双葉先生をお願いしたいのですが…。」

「双葉先生、今日はお休みなんですよー。ごめんなさいね。」

 

受付の人にそう言われ、まぁ、しょうがないかと帰ろうとしたときであった。

 

「おーい、少年、双葉先生に用事かい?」

 

声に反応して振り返ると、医者にしてはアウトローな雰囲気の男性が目の前にいた。呼び止めたのは和輝であった。

 

ミーティングルームに案内され、そこで悟史はその後の詳しい展開を聞き出された。途中から忘れた携帯を取りに来た若菜も同席した。

 

「タイムカプセルか、全員の了解取り付けるのだって大変だっていうのに、よくやったよ。」

 

「ええ、でも、明日が、これからが本番です。絶対に見つけて、彩香に、気持ちを伝えます。今日は双葉先生に近況報告と自分の気持ちを、再度固めるためにと思って来ました。一度、しくじっているんです、親友にチャンス作ってもらったのに…。」

 

意気込みと不安が交錯する悟史に、和輝は背中を押した。

 

「ベストを尽くして探し出して、その時がきたら、きっと気持ちを抑えきれなくなって、自然と伝えられるようになるって。」

 

若菜もまた、悟史にアドバイスとエールを送った。

 

「話を聞く限りの推測だけど、多分、彩香ちゃんが本当に欲しいのは、タイムカプセルそのものよりも、悟史君の『心』だと思う。どうなるか分からないけど、気持ちを届けるつもりで、頑張るのよ!」

 

それぞれの想いや決意を胸に、とうとう作業初日を迎えた。自転車に作業道具や飲み物等を詰め込み、悟史は家を出発した。雄介と和馬が作業を手伝うことを約束していたが、3人で探すならば、探しだすチャンスは限られていることは明白であった。悟史は、雄介に手伝ってもらえる今日の昼までに見つけ出すのを目標とした。

 

学校に到着すると、悟史は先に来ていた和馬と合流した。まもなく、雄介も着くということであったので、雄介の到着を待ってから作業を進めることにした。5分後、雄介が到着すると、悟史たちは驚かされた。来たのが、雄介だけではなかったのだ。

 

実は、クラス全員に了解を取る際、雄介が最初に電話をした拓海に、うっかり口を滑らしたのだ。電話を終えた後、その時話していた拓海が、さらに他の元クラスメイトたちに声を掛けて、作業の協力を募ったのだ。その結果、クラスの男子全員が作業に加わることになったのである。

 

「次はいつ会えるか分からない、そんな状況で、好きな女の子の願いをかなえるために一肌脱ごう、そして、気持ちをぶつけようっていう熱い男を、放っておく訳いかねぇだろ。」

 

「拓海、お前たち…。」

 

拓海の言葉に、悟史はこみあげてくるものがあった。計画の成功を願い、円陣を組み、掛け声と共に作業は開始した。

 

雄介の記憶では、学校に置かれた生徒群像のそばにタイムカプセルは埋められているということであった。他にも何人か覚えている者もおり、ほぼ間違いなく、そこにあるという確信があった。

 

問題は、どの像の近くに埋めたかということであった。群像は全部で12体あり、どの像にどのくらいの深さで埋めたかまでは、誰も正確には覚えていなかったのだ。

 

悟史たちは5人3チームに班を組み、それぞれが4体ずつ調べていくことにした。まだ暑さが和らいでいる朝のうちはともかく、夏の炎天下での作業は、悟史たちの予想以上に体力を奪っていった。午前のうちに何とか7体を調べたものの、いずれもタイムカプセルを埋めた痕跡は見当たらなかった。

 

午後2時、時間ギリギリまで粘ったものの、雄介を含めた3人が合宿のために戻らざるを得なくなった。申し訳なさそうに肩を落とす雄介たちに、悟史は礼を述べ、絶対に見つけ出して彩香に渡すことを約束した。

 

疲れも見え出し、人数も少なくなってきたため、悟史たちは2班6人体制に態勢を立て直した。途中で、若菜の差し入れたレモンのはちみつ漬けで体力を回復させつつ、作業を進めていった。やがて、タイムリミットの夕方7時となった。何とか10体調べるところまでこぎつけたものの、目的のタイムカプセルの発見には至らなかった。その日の夜、作業に最後まで付き合ったメンバーは誰もが帰宅するや否や、スイッチが切れたように眠りに入った。

 

その頃、雄介たちは合宿所の風呂場から自室に戻っていくところであった。3人とも、誰もが悟史たちの状況を案じていた。携帯電話の持込が禁止され、持って来た場合は担任が没収していたため、連絡を取る術がなかったのだ。

 

雄介を含めて、群像のそばにあると記憶していた者が数名いたとはいえ、確実にそこにあることを保障しているわけではない。残された時間から考えて、チャンスは限られている。何とか悟史たちには頑張ってもらいたい。そんな話をしているときであった。

 

「え、それ本当?」

 

「本当だって、彩香、せっかくの恋の大チャンスだったのに…!」

 

話をしているのは、陽菜ともえであった。彩香の親友でもある2人の衝撃の会話に、雄介たちに一気に緊張が走った。まさか、彩香が思いを寄せている人がいるのか、それじゃあ、悟史の気持ちが報われないのでは、そんな最悪な予感が3人を襲ってきた。

 

「せっかく向こうの誘いに乗っていったは良いけど、何の成果もなかったなんて…。」

 

「ほんと、あんな目立つ場所で2人きりになるなんて、もうあとはやること1つだけだっていうのに!」

 

陽菜は興奮気味に、その日の出来事をもえに話し始めた。

最初の案件を何とか乗り切った若菜は、平和な日常のなかでも、ヤマを乗り切った充実感を感じていた。

 

そんな若菜の元をたずねてきたのは、この春に高校2年に進学した悟史であった。

相談の内容は、単純であったが、なかなか難しいものであった。

 

「幼馴染の彩香に、気持ちを伝えたいんです。アパートも隣で、小・中はもちろん、高校も同じで、今まではそんなこと考えたこともありませんでした。いつもそばにいて、それが当たり前のように考えていました。しかし先週、彩香のお父さんの転勤で、1ヵ月後にカナダに引っ越すことになったことを聞かされました。その時、初めて気づいたんです。俺は、あいつのことが…彩香のことが好きだったんだって。想いを告げて、それが報われないならまだ納得がいきます。しかし、何もしないで、彩香がむこうで誰かに奪われてしまうのだけは絶対にいやなんです、きっと、自分自身に後悔が残るので…。」

 

「今のように、そのまま相手に思いを告げられたら、それが一番いいんだけどね。」

 

若菜がそう言うと、悟史はまた別の心情も話し始めた。

 

「それは、もちろんですよ。俺だって、もっと勇気があればそうしたいです。ただ、ずっとただの幼馴染という関係でやってきて、どう切り出せばいいか分からないんです。今までの関係がひっくり返ってしまう感じもして、それが怖いんです。周りの目も気になるし…。まったく、チキンですね、俺。」

 

ひとまず、思い出作りとか何か口実を作って、2人で出かける機会を増やし、その中で2人だけの状況に流れをもっていくことから始めることを若菜は提案した。2人きりになれば最も周りの目を気にすることなく、また、外出中であれば気持ちも昂ぶって、想いを伝えやすくなる状況ではないかと伝えた。悟史も、そのアドバイスに従ってみることにした。

 

翌朝、悟史は朝からテンションが低かった。ここ1ヶ月、ほぼ毎晩うなされている、悪夢のせいであった。その内容は、悟史の心理状況を実に分かりやすく表現していた。

 

ふと気づいたら、教室に悟史と彩香の2人きりという状況であった。なぜ自分たちが教室でこんな状況にいるのか尋ねようと、悟史は彩香の声を掛け始めた。しかし、いくら声を掛けても彩香はこちらを振り返ってくれない。頭にきて、何で無視するのか問い詰めようとした瞬間、背の高い、体格のいい、見たこともない男性が教室に入ってきた。すると、彩香が今まで見せたことのないような笑顔で男性に駆け寄り、腕を組んで教室を出て行った。その去り際に、悟史の存在に気づき、悲しそうな表情を浮かべてこちらを見る―

 

夢はいつもそこで終わり、その度に悟史は胃がしめつけられるような気持ちになった。登校中、とにかく今週末に出かけることを彩香に話そうと考えていた。そして、その機会は、想いもよらない形でやってきた。

 

放課後、サッカー部での部活が終わった後、悟史は雄介と和馬と部室で話しこんでいた。2人とも小学校からの友人であり、気心の知れた中であった。

 

来週の練習試合の相手のこととか、明日の予習のことなどを話していたとき、和馬が悟史に尋ねてきた。

 

「悟史、明日の昼、時間あるよな。午後は予習のいらない体育と化学だけだしさ。」

 

「ああ、そうだけど。またハンドボールでもやるのか?」

 

悟史がそう言うと、和馬と雄介は不敵な笑みを浮かべて、カバンから一枚の紙を渡した。その紙を見て、悟史は一気に平常心を失った。

 

「ちょ、お前ら、これって…!」

 

「お前がいつまでたってもウダウダしているから、代わりにやっておいた。せっかくお膳立てしたんだ、頑張れよ!」

 

その紙には、次のように書かれていた。

 

『彩香へ 7日の昼に時間作ってもらえないか?どうしても、2人だけで話したいことがある。体育館裏で待っている― 悟史』

 

そう、悟史から彩香へのラブレターだったのだ。2人は今朝、一番乗りで学校に着くと、すぐさま彩香の下駄箱に、その手紙を入れたのだ。

 

「ちょっと待ってくれよ、そんな明日すぐにやれっていわれても、こっちの心の準備ができてないってんだよ!」

 

困り果てた様子で悟史が二人に言うと、和馬がいきなり核心をついてきた。

 

「それじゃあ、このまま何もせずに、彩香が他の男とくっついてしまってもいいのか?好きなんだろ、彩香のこと。」

 

「そりゃあ、その…。」

 

その場をはぐらかそうとする悟史に、雄介が話し出した。

 

「隠したって、小学校からずっといた俺らにはわかるよ。自分じゃ気づいていないかもしれないけど、最近のお前、彩香のことばかり見ているからな。話すことも、彩香のことが多いし。」

 

ずっと近くにいた親友には隠し通せないと、悟史は観念した。しかし、こう急に事が運ぶと、どうすればいいのか途方にくれてしまった。そんな悟史に、2人はシンプルな言葉で背中を押した。

 

「自分の気持ちをそのまま素直に伝えれば大丈夫だって。この学校の中で、彩香のことを一番よく知っている男は悟史なんだから、自信持って行けって!」

 

悟史にとって、2人のこの言葉は、ある意味で説得力があり、ある意味で説得力がなかった。確かに、彩香と過ごした時間が一番長いのは、まぎれもなく悟史であった。しかし、それは自分が勝手にそう思っているだけで、自分が知らない彩香を、すでに誰かが知っているのでは…。そう考えると、色々なことに手がつかない状態であった。

 

翌日の昼休み、悟史は2人が指定した場所で彩香が現れるのを待った。2人きりは無理でも、誰か連れて現れるかもしれない、もしかしたら、来ないかもしれない…そんなことを考えていると、しばらくして彩香が現れた。誰も連れてきている様子はなく、本当に彩香一人で現れたのだ。

 

「悪いな、いきなり呼び出して。」

 

心臓の高鳴りを必死に抑えつつ、悟史は平静を装った。

 

「まったくだよ、急にこんな形で呼び出して。感謝してよ。どうしても話したいことがあるって言うのに、パソコンで書いてくるなんて悟史らしいね。手書きなら、なんか青春って雰囲気出たのに。」

 

「しょ、しょうがないだろ。思い立ったが吉日って言うんだから!」

 

からかうように彩香に、悟史はますます冷静さを奪われていく感じがした。

 

「それで、何なの、話したいことって…。」

 

先程までの様子と違い、真剣な表情の彩香を前に、悟史の気持ちも一気に引き締められた。手は小刻みに震え始め、冷たい汗を感じていた。

 

『行け、行くんだ、俺!ここを逃したら、もうこんなチャンスはないかもしれないんだ…!』

 

悟史の頭の中は、考えられるハッピーエンドとバッドエンドが交錯していた。そして、その恐怖を必死になって振り払い、悟史は言葉を搾り出し始めた。

 

「彩香、実は…」

 

その時であった、想定外の事態が2人のそばで起きた。

 

「イテッ!」

 

近くでバレーボールをしていた上級生たちのボールが、悟史の頭に当たったのだ。ボールを彼女たちに返すと、先程のような、糸が張ったような雰囲気はすでになくなってしまっていた。

 

「くすくす、大丈夫?」

「ああ、一応な。うー、イテェ。」

 

そう声を掛けてきた彩香に、悟史は苦笑いするので精一杯であった。

 

「それじゃあ、私、もう教室に戻るから。」

 

そう言って、彩香がその場を離れようとしたときであった。悟史が思わず彩香を呼びとめた。

 

「彩香!」

 

彩香は振り返らず、その場で足を止めていた。呼び止めたはいいものの、彩香に言葉を続けることができなかった。そして、悟史はその重くなり始めた空気に、耐えられなくなってしまった。

 

「今度の土曜日…空いているか。彩香、しばらくこっち帰ってこなくなっちまうんだし、最後に、みんなで、思い出作りでもしないか?」

 

そう言った後、悟史はかなり後悔した。何で気持ちをストレートに伝えられなかったんだ、せっかく呼び止めたのに、と。

 

「ゴメンネ、その日は絵梨と春奈の3人で出かける約束、もうしちゃったんだ。」

 

振り返った彩香は、申し訳なさそうにそう悟史に答えた。

 

「そうか…そうだよな。そんな急に予定入れてくれって行ったって、難しいよな。悪いな、そんな用件で呼び出しといて…。それじゃ、週末は楽しんできなよ!」

 

万事休すか、そう思った時であった。今度は彩香の方から声を掛けてきた。

 

「待って!その代わりって言うのも変だけど、1つだけ、お願いしてもいいかな…?」

 

「…分かった、何だ?」

 

彩香が続ける言葉に、悟史の心の中は不安と期待が入り交ざっていた。

 

「中学のときに、みんなでタイムカプセル埋めたの、覚えている?」

 

「ああ、覚えているけど…。」

 

彩香とは中学3年のときも同じクラスであり、その時、卒業記念にタイムカプセルを埋めていたのだ。元々は、成人の記念にということで企画されたものであった。

 

「そのタイムカプセルを、見つけて欲しいんだ。もう2年以上前だし、そもそも、私のわがままで開けて欲しいっていうお願いだから、すごく無理なお願いしているとは思うんだけど…。」

 

悟史は悩んだ。というのも、まずはクラスの理解を得なければならないし、そもそも、どこに埋めたか、すでに記憶はあいまいなものになっていたからだ。困った表情をしている悟史に、彩香は申し訳なさそうに話し出した。

 

「そうだよね、やっぱ…無理だよね。ゴメン、忘れてさっきの話…。」

 

彩香がそう話を終えようとしたとき、悟史が決断した。

 

「分かった、探し出してみるよ!」

 

何もしないで後悔するよりは、何かアクションを起こしてみよう、その結果がなんであれ、それならばまだ自分自身に納得ができるだろう。悟史はそう考えたのだ。幸いにして、彩香の出発日はお盆頃であり、3日間程度は探すための猶予があった。

 

放課後、悟史は憂鬱な気分で部室に足を運んだ。期待している和馬と雄介に、どう顛末を話せばいいのか、頭を抱えていたのだ。しかし、あれこれ考えても、そのまま結果を伝える以外に、最良の策は思いつかなかったのであった。