恋愛相談医として勤務してから半年、若菜はようやくペースを掴めてきて、仕事が軌道に乗り始めた。

 

ある日、最初の相談者として一人の若い女性が若菜のもとを訪ねた。相談内容は、彼女の妹・歩美についてであった。深刻な表情をしながら、真理江が話を切り出した。

 

「短大を卒業して就職してから、妹はいつも家庭のある男性と不倫に落ち、最後には、相手の家庭も、自分自身の恋愛やキャリアも破綻しているのです。最初の頃は『この愛は本物』という妹の言葉を信じて、いけないことだと分かっていながら目をつむってきました。でも、妹ももう27歳。今度こそ、幸せになれる恋愛をしてほしいんです。」

 

さらに詳しく話を聞くと、今まさに新しい職場で一回り上の男性とそういった関係にあるということであった。

早速、若菜はこの案件を集中対応の対象とし、真理江を通じて歩美に来院してもらうことにした。

 

3日後、歩美が訪ねてきた。若菜の予想とは違い、歩美はどこにでもいそうな普通のOLといった様子であった。

相手のことを知るためにいくつか話をしてみると、趣味はショッピングにカラオケと野球観戦、マイブームはコスメ収集といったように、いたって平凡な女性に見えた。ある程度空気が温まってきたところで、若菜は本題を切り出した。

 

「お姉さんから聞いたのですが、あなたは現在、家庭のある男性と望ましくない関係にあるとのことです。あなたなら、もっとより良い恋愛が出来るのではないでしょうか?」

 

すると、明らかに苛立ちを示すような激しい口調で歩美は若菜にまくし立てた。

 

「何言っているんですか!私と俊彦さんのことね…。私たちの愛は本物なのよ。私のほうが彼と一緒にいるし、奥さんなんかよりも、彼のことをずっと知っているんだから!」

 

その日の集中対応はそこまでで終わってしまった。ひとまず若菜は、短期間の解決ではなく、時間をかけて解決策を探ることにした。そして、真理江から詳しく話を聞き出していくうちに、不倫相手の俊彦とは同じ配属先の先輩後輩で、職場の野球サークルを通じてそうした関係になったこと、根本的な原因の背景に俊彦の家庭の不和があるこまで突き止めた。

 

若菜が調査を進めていた頃、歩美と俊彦の関係は続いていた。

 

俊彦の家庭では、ちょうど一人娘の幸恵が小学3年生の難しい時期に入っていた。そして、それが原因で夫婦仲も冷え込み、喧嘩も絶えなくなっていた。いや、不倫が始まってからはむしろ会話すら無くなってきていた。

 

若菜が歩美との集中対応を始めて最初の金曜日、歩美はいつものように俊彦と勤務をこなしていた。そこへ、電話を切った課長が俊彦を呼び出した。

 

「杉山君、ちょっといいかね?部長がお呼びだ。」

 

何かあったことが、歩美にも感じ取れた。俊彦は渋い顔をしながら課長と部長室に向かった。

 

その日の夜、二人は時間をずらして退社し、少し離れたレストランで落ち合った。ワインで乾杯した後、今日の出来事を尋ねた。

 

「青山課長に呼び出されていたけど、大丈夫だった、俊彦さん?」

 

俊彦は歩美の問いかけに淡々と答えた。

 

「ああ、得意先から注文と違う品が届いたってクレームが来てね。自分のミスじゃないかって疑われたのさ。結局、原因は相手方の注文間違いだったよ。まったく、新しく本社から出向してきた部長と腰ぎんちゃくの課長は何かあるとすぐに俺を疑うし、家では娘が『パパはダメ!』なんて言うし。君とのこうした時間が、数少ない安らぎの一時だよ。」

 

そうグチをこぼした俊彦の気持ちを汲むように、歩美も話し始めた。

 

「それは災難だったわね、俊彦さん。いつも真面目にお仕事頑張っているのにね。それにしても、娘さんがそんな反抗的になるなんて、奥様は一体どういう子育てをされているのかしらね。私だったら、お仕事で疲れて帰ってくる俊彦さんを家ではリラックスしてもらえるようにして、子どもも親の言うことはきちんと聞くように育てるのに。」

 

そう話す歩美に同意するように俊彦も続けた。

 

「ありがとう、そう言ってもらえると気が楽になるよ。」

 

そんな会話をしているうちに、夜も大分更けてきた。歩美は俊彦に確かめるように問いかけた。確信は持てていた。

 

「もう結構遅いけど、帰らなくても大丈夫なの?」

 

そんな歩美に対して、俊彦は期待通りの言葉を出した。

 

「ああ、今日は仕事で帰れないって伝えてあるからな。」

 

歩美は勝ち誇った笑みを浮かべて俊彦に話した。

 

「それじゃ、今夜はずっと一緒にいられるのね。」

 

会計を済ませると、二人は腕を組み、夜の東京の街に消えていった。

 

その頃、若菜の歩美への集中対応は続けられた。だが、歩美の考えは変わらず、ますます頑なになっていった。

若菜の集中対応が、まるで2人にとってちょうど燃えるための燃料になってしまっているようであった。

 

ある日、今までは文字資料でしかなかった俊彦の写真が手元に入ってきた。写真をまじまじと見ると、若菜は思わずつぶやいた。

 

「へぇ、結構イケメンじゃない…。」

 

そして、1つの考えが頭をよぎった。