映画「哀れなるものたち」 | 明日もシアター日和

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観たもの読んだものについて、心に感じたことや考えたことなど、感想を綴ってみます。

監督 ヨルゴス・ランティモス

エマ・ストーン/マーク・ラファロ/ウィレム・デフォー/ラミー・ユセフ

 

 ゴールデングローブ賞ミュージカル/コメディー部門で作品賞と主演女優賞(エマ・ストーン)を受賞。BAFTA(授賞式2月18日)では作品賞や主演女優賞ほか多くのカテゴリーで、アカデミー賞(授賞式3月11日)でも作品賞や監督賞や主演女優賞や助演男優賞(マーク・ファラロ)ほか多くのカテゴリーでノミネートと、話題の作品です。原作はスコットランドの作家アラスダー・グレイの同名小説(1992年刊)ですが、結末は変えてある。超独創的でSFっぽく、ちょっとグロテスクだけどダークコメディー味もたっぷり、絵画的美しさ溢れる映像と深い示唆に富んだ映画でした。

 

 ネタバレあらすじ(長い💦)→ヴィクトリア朝時代のロンドン。出産間近の女性(エマ・ストーン)が自殺する。遺体を引き取った外科医ゴドウィン(ウィレム・デフォー)は彼女に、その胎児の脳を移植して蘇生させベラと名づける。医師は彼女の成長過程を観察・記録してもらうため医学生マックス(ラミー・ユセフ)を助手にする。マックスはベラに惹かれていき、医師は彼にベラとの婚約→結婚を提案、ベラは承諾する。婚約の契約書作成に訪れた放蕩者の弁護士ダンカン(マーク・ラファロ)も彼女に魅力を覚え、幼児レベルの知性から急速に発達し外の世界に興味を抱き出したベラは、ダンカンと出奔する。

 2人でリスボン→豪華客船→アレクサンドリアと旅を続ける過程で、子ども程度の言葉や振る舞いしか知らなかったベラは、ダンカンから大人の贅沢や社会的作法やセックスを教えられ、旅先で知り合った人から人生の哲学や世の中の真理や貧困の現実を学ぶ。さまざまなものを吸収し自我に目覚めていくベラをダンカンは持て余しはじめ、彼女の精神的成長を阻止し支配しようとするが上手くいかない。パリに着いたとき2人は無一文に。ベラは娼館のマダムに誘われて何も知らずに娼婦として働き始め、親しくなった娼婦から社会主義思想を知る。ダンカンは神経衰弱に陥ってロンドンに帰る。

 一方、末期癌を患うゴドウィン医師はマックスにベラを探し出させ、戻ってきたベラは自分の秘密を知る。ベラはマックスと結婚することにするが、結婚式当日、自殺する前のベラの夫アルフィーが現れる。ベラは自分の過去を知りたくてアルフィーと共に去るが、彼は暴力的で独裁的な夫だとわかり、自分は囚人だった、彼から逃れるために自分は自殺したのだと理解する。自分に従うようベラに強要するアルフィーは誤って自分の足を銃で撃ち失神。ベラはマックスの助けを借りてアルフィーをゴドウィン医師の家に運ぶ。やがて医師は息を引き取る。ベラはゴドウィン医師の仕事を引き継ぐことを決め解剖学を学び、アルフィーにヤギの脳を移植してペットとして飼う😅 終わり。

 

 過去の体験を持たない幼児期の知能状態のベラが外の世界と接することで成長し意識を覚醒させていく。最初は日々の喜楽を知り、次には世の中の残酷さや痛みを知り、そこから「世界を知りそれを改善したい」という自分の進むべき道を見出します。既存の価値観や表面的な道徳観や決まりごとに囚われず、素直に自由に、自分がしたいと思うままに突き進んでいくベラ。恥ずかしいという感覚、人に良く思われたいという欲のない彼女の、そんなこと言っちゃうの!? そんなことしちゃうの!? そんなふうに対応するの!? という予測不能な言動が痛快です。

 娼館に来る男たちは一列に並んだ娼婦たちを品定めし気に入った1人を選ぶんだけど、ベラは「私たちが男を選んじゃいけないの?」と娼館のマダムに純粋な疑問を投げかける👍 娼婦になったベラに激怒するダンカンには「でも、私は自分で働いてお金を稼いでいるわよ」とサラリと言ってのける👍 貧しさの中で死んでいく子どもたちを目にして哀れを覚え、ダンカンがカジノで勝ち取ったお金を全部与えてしまう👍(それを託された客船の船員が全部自分のものにしちゃうんだけど😑)。

 

 世のありようを吸収し咀嚼する過程で、特に彼女に突き刺さるのは、女性は男性の従属物であるという社会的規範=家父長制的男女格差です。ゴドウィン医師もダンカンも前夫アルフィーもベラを自分の檻の中で飼い慣らそうとする。その彼女が自分の道を見つけるのは他者との交流と読書によって。ベラが読んでいる本をダンカンが次々と投げ捨てるのは象徴的です。

 主体性を持って行動するベラが自分の思い通りの女にならず独占・支配できないことにイラつき怒る男たちや、娼婦への身勝手で馬鹿げた欲求を一方的に満たして勝手に満足しそそくさと帰っていく男たちは、滑稽だし哀れにも見えてくる。最終的にベラは自分からマックスに「私と結婚してくれる?」と言うんだけど、そのマックスは彼女に「あなたの身体はあなたが自由にしていいんだよ」と言ってくれる男なんですね。最後、ベラが庭でシャンパンを飲みながら本を読む光景がとても素敵だった👏

 

 あらゆるものに対して純粋かつ強い好奇心を示し、知識と経験をスポンジのように吸収していく、その成長の過程を見せるエマ・ストーンの演技が素晴らしい🎊 冒頭の、手足の指でピアノの鍵盤をデタラメに叩いているシーンからもうびっくりです。幼児の脳の段階でのヨチヨチした歩き方、危なっかしい身体の動き、稚拙な言葉遣い、感情を隠さないその表情……。児童レベルに成長しても精神年齢と肉体とがまだ一致していない様子、そこから徐々に人格形成されていく見せ方も見事です。終盤、成熟した大人になってロンドンに戻ったベラの、自信に満ちた表情、真っ直ぐに伸びた背中が美しかった✨

 

 映画の技術面では、ベラが外の世界に飛び出してからの、色彩に溢れた、時にエキセントリックな映像がもはやアート。彼女の内面を表現する不協和音の音楽も効果的だった。カメラアングルもユニークで、例えば魚眼レンズを使った映像による不自然な誇張が、歪んだ社会のイメージを印象づけるなど、趣向を凝らしたシーンが次々と展開し、それがリアルな、あるいは超現実的な質感で迫ってきます。奇妙なお話と映像とが見事にマッチした映画、ある種の壮大な夢を見せられているようでした。

 

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