ロイヤル・バレエ「ジゼル」@東京文化会館 | 明日もシアター日和

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観たもの読んだものについて、心に感じたことや考えたことなど、感想を綴ってみます。

振付 マリウス・プティパ(ジャン・コラーリ、ジュール・ペローに基づく)

演出・追加振付 ピーター・ライト

音楽 アドルフ・アダン

台本 テオフィル・ゴーティエ(ハインリヒ・ハイネに基づく)

ローレン・カスバートソン/フェデリコ・ボネッリ/ベネット・ガートサイド/小林ひかる/(パ・ド・シス)ヘレン・クロフォード/ヴァレンティノ・ズッケッティ/フランチェスカ・ヘイワード/マルセリーノ・サンベ/ヤスミン・ナグディ/アクリ瑠嘉

 

 感動!「ジゼル」~。予定が連日で入っていたので「ジゼル」はこの日しか選べなかったんだけど、メインキャストに不満はなく、東京公演の千秋楽とあってカーテンコールは華やか&賑やかだったし、出待ちも最後まで粘って居残り、今回のロイヤル・シーズンの余韻にどっぷり浸りました。

 

 もはや多国籍バレエ団と化しているロイヤルの中にあって、数少ない純正イギリス人プリンシパルであるローレン・カスバートソンを、ロイヤルはポスト・ダーシー・バッセルとして全面的に押しているようです。ローレンは、ダーシーのような大輪の花を思わせる艶やかさはなく、少し小ぶりの花。でも、イギリス人好みの、大仰すぎないテクニックと細やかな演劇的表現、それらを見せびらかさない抑えたダンスには上品さや奥ゆかしさがあり、そこから醸し出される清らかな美しさが魅力。

 そんなローレンのジゼルには、物語を生きる女性&精霊としての説得力がありました。美人さんだけど華やかさは控えめなので、村娘の雰囲気はある。若々しさや明るさ以上に、どことなく品が感じられ、それが、母親が貴族と恋に落ちて産まれた娘なのかもと思わせるのね。アルブレヒトの押せ押せ攻撃を恥じらう様子は純真可憐で、2人で踊るときも、控えめにアルブレヒトにそっと寄り添う風でした。真相を知ってからも大げさな狂乱ぶりは見せなくて、ジワジワと狂気に蝕まれていく感じ。その中に儚げな美しさがあり、胸が詰まる思いでした。

 ウィリになったローレンは、透明感の中にも慈愛が感じられる。息絶え絶えのアルブレヒトの前に立ちはだかり、両手を広げて、顎をクッと上げてミルタに向かう姿が、強く美しく崇高だったー。自分の命に代えても(って、もう死んでいますが)この人を私は守るっという覚悟の表情は、1幕のジゼルからは想像もつかないものでした。

 テクニックも申し分ない。着地のときに音が全くしなくて、クッション付きのシューズを履いているかのよう。リフトされて宙を舞うときのフワフワ感も十分でした。夜明けをつげる鐘の音に、これで愛する人は救われると思ったときの表情が、ほんとうに幸福そうで、観ていて込み上げてくるものが……。もう大丈夫とそっとアルブレヒトに触れる仕草、静かに森の奥に去っていく姿に神聖なものを感じました。

 

 アルブレヒトのフェデリコ・ボネッリはダンスも立ち振る舞いもノーブルで、貴公子の香りプンプン。そこに甘さと軽さがあって、愛していない人との結婚を控え、ブルーな気持ちを紛らわすために宮廷から抜け出して村にきてみたら、可愛くて純真でおとなしい、自分を癒してくれそうなジゼルと会っちゃった、気軽に逢瀬を楽しんでいるうちに愛情が湧いてきて……という、世間知らずのおぼっちゃま。ジゼルと遊ぶダンスは軽やかで柔らかく、見せ場でもオレ様風の押し付けがましさがなくて素敵です。

 2幕のフェデリコは、マントを羽織って登場したときから、深い後悔の念とジゼルへの愛を感じさせるメランコリックな姿です。ジゼルの気配を感じて幻を追いかける姿がきれいです。ジゼルをリフトしてふわりと移動するところも全く力みを感じさせず、完璧なサポート。アントルシャシスもきっちり綺麗に決まり、踊り疲れてバタッと地に倒れる姿も自然な流れになっていました。夜明けを迎え、あれは夢だったのかと宙を泳ぐ目に、墓を立ち去る時に白い花1輪を見つけて手に取り、やっぱりジゼルはいたんだと幸福感と安堵に包まれる表情に、強いドラマ性を感じました。

 

 ヒラリオンはベネット・ガートサイド。メイクのせいでかなり荒っぽい男になっていたけど、ダンスは力強さより、ソフトで優雅さが感じられる、ロイヤル仕込みでした。ピーター・ライト版のヒラリオンは、自分が仕留めた収穫物をあげたり桶を運んだりと、ジゼルの母親に優しい、結構いいやつじゃんと思っていたんだけど、今回観てわかった。好きなジゼルに無視されているので、母親に気に入られることで結婚を承諾してもらおうという魂胆なんだー。やっぱりヤなやつか。

 でも、ジゼルの気が触れ、アルブレヒトが怒りに任せてヒラリオンに剣の切っ先を向けた時、潔くその前に胸を差し出していました。自分のしでかしたことの大きさに早くも後悔の念を抱いたわけで、アルブレヒトより立派。そのヒラリオンがウィリたちに殺されてしまうのはやっぱり哀れです。

 

 バチルドのオリヴィア・カウリーは、美しくて高慢で、わがままに育てられた貴族の令嬢そのもの。ジゼルが手渡した白い花をフッ(冷笑)って感じで後ろの侍女に渡しちゃうとか、これくらいクリアにキャラづけしてあると、アルブレヒトが愛のない結婚を強いられていることに納得いきます。キャスト表でわかったけど(遅すぎる?)、アルブレヒトは伯爵、バチルドは公爵の娘。バチルドの方が貴族としては格上だから、こりゃ完全に政略結婚で、アルブレヒトは断れないんですね。

 パ・ド・シスでは、ヴァレンティノ・ズッケッティのソロがとても綺麗でした。女性陣3人は押し並べて良かったです。

 ミルタは小林ひかるさん。ジゼル&アルブレヒトの愛の力に拮抗するくらいの強くて非情なオーラ、夜の森を支配するある種の神々しさは薄味だったけど、後半から落ち着いてきたのか、硬質な冷たさが出ていました。着地はドタッバタッ系でした……。小林さんをこの回のミルタに配したのは、フェデリコの奥さまだからで、ロイヤルなりに気を利かせたのかな。アルブレヒトに意地悪をするところはどんな気持ちなのかしらと思っちゃいました。そうそう、出待ちしていたら、フェデリコが1歳になるお子さんをずーっと抱っこしていて、メロメロみたいでした。パパ似ですっごくカワイイの~。

 ウィリたちは、幽玄の世界に漂う精霊というより、森に入り込んだ男達を餌食にする、何か邪悪な存在にも思える、ザラザラした感触がありました(ギザギザ裾の衣装のせいかもね)。フォーメーションを変えてのダンスには、透明感のある冷たく刃物のような残酷さは感じられず、男を死に追いやってやるゾみたいな力強さがあったかも。

 というわけで、あー、ロイヤル・シーズンが終わってしまった。今回もよいプログラムで楽しめました。