ダイヤと学ぶエジプト史~アラブ人の時代~ | あき@旅するトリコニコ会

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旅行と歴史が趣味です。ねそべりのにこと善子を連れて色々な所を旅する会、旅するよしにこ会主宰。

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642年、エジプトはアラブ人の手によって征服されイスラム化が行われました。その後もアラブ人は北アフリカを西に進みはるかイベリア半島にまで進出しました。
661年、4代カリフのアリーが暗殺されたことで正統カリフ時代が終焉。シリア総督のムアーウィヤがカリフとなり(彼は正統カリフ達と同じクライシュ族の出身)ウマイヤ朝が成立しました。なおこの成立過程でムアーウィヤのカリフ就任を認める一派を「スンナ派」、アリーの血統こそカリフ就任の資格があると考える一派を「シーア派」とよばれました(なおムアーウィヤはカリフ就任を選挙制から世襲制に変更している)。現在のイスラム教二大宗派ですね。

750年、同じくクライシュ族の出身であるアブー=アルアッバースがウマイヤ朝を滅ぼしアッバース朝を建国。エジプトもその支配に与しましたがウマイヤ朝の皇族の1人アブド・アッラフマーンはイベリア半島にのがれ後ウマイヤ朝を建国しました。
アッバース朝は首都バグダードを中心に発展を遂げウマイヤ朝滅亡の原因となったアラブ人優遇は廃止(征服の過程でペルシア人などが多くイスラム教に改宗したがウマイヤ朝では元々のイスラム教徒であるアラブ人が優遇され非征服民族のイスラム教徒は不満を持っていた)されイスラム教徒は民族関係なく皆平等の方針をもってペルシア人などが多数登用されました。