2018年9月16日(日)

 

今回は夏季限定ダイヤでアルプス越えをする。トップランナーが新宿8時ちょうどのスーパーあずさに連絡しているから一本前の普通列車で現地入りした。今は夏山シーズンと紅葉シーズンの間で中途半端。そして天気も不安定な季節。三連休の中日とはいえ、登山客もまびらだ。

1. JRバス関東(中央道支店)
南アルプスジオライナー
高遠駅経由仙流荘行
松本200あ5503
茅野駅→高遠駅(1390円)
10時15分〜11時05分

飯田線の伊那市駅から高遠までの高遠線、そしてその高遠から東へ向かい伊那藤沢、そのさらに東側の古屋敷までの路線があるが、桜シーズンの臨時便と夏季限定の南アルプスジオライナーが山を越えて茅野まで足を伸ばして来ている。普通列車で現地入りした関係でバスの時刻までに3本の特急が入る。だから早くから並んでおいたけれど結局登山客はたったの5人と三連休としては寂しい。ほとんどの特急下車客はアルピコバスの麦草峠や美濃口方面へ向かっていった。発車前に運転手さんから仙流荘の入浴割引券とアンケート用紙が配られた。

バスは市街地を出ると段々と高度を上げて行く。アナウンスの観光案内によると日本でも有数の急勾配だそうだ。杖突峠、守屋登山口で乗降はなく、伊那方面からの定期路線の終点古屋敷を過ぎると初めて集落が現れる。二つ目の大きな集落が伊那藤沢だ。そこから断続的に集落が続く。道路ギリギリに家が面した道をバスはスピードを上げて突っ走る。通過するのがもったいない気がするが、この区間は一日たったの2往復であり、その程度の需要しかないのであろう。これまで進んで来た国道を右折すると一際大きな町に入る。歴史的な街並みの途中に高遠駅はあった。バスは先程の国道に戻るため、転回して乗り場に到着した。

 


高遠駅-Takato Station-(長野県伊那市)
高遠藩の城下町に位置する、旧高遠町の交通の要衝。国鉄時代から続く自動車駅で現在でも発券業務を行い、中央道支店(伊那北駅近く)の車両待機場としての機能も持つ。

駅のすぐ裏にある旧池上家
見学には駅でチケットを買う必要があるようだ。今日は駅が休みだから近くの博物館に電話して来てもらわないといけないらしい。30分しか時間がないので残念ながらパス。


鉾持神社
長い石階段を登ってお参りさせていただきました。石段の途中でカラフルな蛇に遭遇。神社で蛇は縁起がいい。この先の旅の安全を祈願しよう。

 


建福寺
お地蔵様が何層も並んでいる姿は荘厳。


2.伊那市
長谷循環 岩入行
松本230あ8001
高遠駅→仙流荘(310円)
11時40分〜12時07分

杉島方面からやってきた折り返し便がドアを開けて待っていたので急いで乗り込む。バスは高遠の学校などを経由してぐるりと回る。駅を出てすぐ乗ってきたおばあさんはスーパーマーケットの最寄りで降りていった。そしてもう一人短距離の乗降がある。ジオライナーとの経路の違いは診療所に入らないくらいだろう。小道に入ることなく本道を走る。花畑の中を過ぎると突然山岳地帯になる。

狭い道だけど小さい車体だし、対向車も来ないので難なく進む。道が開けてくるとセンターラインの道をまっすぐひた走る。その直線の先が仙流荘だった。林道バスの発車時刻は過ぎていたがきちんと連絡をとっているようで待っていてくれた。車内には自分しかいないから山も登らない自分を待っていてくれたと考えると少し申し訳なくなる。

仙流荘-Senryuso-(長野県伊那市)
南アルプスの伊那側の玄関。通常ここに車を乗せてバスに乗り換えて山に入る。また、林道バスの営業所があるため、ここできっぷを買うことになる。

3.伊那市
南アルプス林道バス 北沢峠行
松本200あ354
仙流荘→北沢峠(1130円(荷物料込み))
12時10分〜13時05分

もともと発車時刻は過ぎていたのですぐに発車する。全員登山客で気持ち的にはアウェイだけど身軽だから簡単に車内中程の席までたどり着くことができた。先程のバスで来た直線を過ぎるとすぐに道が狭くなる。そこで観光案内をしようと運転手さんがマイクをいれると、突然対向車が道を塞いでしまい「うっそ〜」っと放送されてしまう。車内が笑いに包まれて明るい雰囲気で観光案内が始まる。







ここから走る道はかつての森林鉄道の路盤を使用した道だという。その遺構が残る戸台大橋からマイカー規制区間に入る。バスが近づくとゲートが開いてバスと徒歩でしか入れない区間に走る。運転手さんの熊の注意喚起を聞きながらバスはどんどん高度を上げていく。道が狭いから対向車とは無線で連絡を取り合っているようで途中の歌宿で下山する便とすれ違う。



向こうは2台運行。どちらも満員の大盛況だ。途中で霧に包まれるが、よくあることなのだろう、バスは構うことなく進む。国立公園内に入ると道の舗装も終わって砂利道になる。これも自然保護の一環だという。森の中で突然終点がコールされる。バスが何台も停まっているのが見えてくるとそこが甲斐駒ケ岳、仙丈ケ岳等の登山口、北沢峠だった。









北沢峠-Kitazawa Pass-(長野県伊那市・山梨県南アルプス市)
標高2032メートル
林道沿いに伊那側の林道バス2台と、芦安側の南アルプス市営バスが3台停まっている。写真を撮っていると南アルプス市営バスのおじさんに「どこ登って来たの?」と訊かれる。「この格好では無理ですよ」と答えると奥のバスのナンバーが希望ナンバーで仙丈ケ岳の標高になってるから撮ればいい、と教えてくれた。
休憩所は一段高いところになったが登山客ではないのでそこにはお邪魔せずに南アルプス市営バスの待合室へ直行し、きっぷを買う。そうすると番号順に長椅子に座るように言われたので14番の席に座る。バスは24人乗りのようで、24番を超えてしまうと続行便を出すようだ。



次のバスは16時。みんなこのバスを逃すまいとぞろぞろと集まってきてたちまち続行便の運行が決まった。



2018年9月14日(金)

 

竜飛岬までのバス旅から2年の歳月が経ちました。各地で路線の改廃が進み、盛んに旅をしていた頃に調べた乗り継ぎができないケースが増えてきてしまいました。
今ある路線もいつ途切れてしまうかわからない。個人的にも新生活に慣れてきたこの時期に、路線バスの旅、再開です!

今回のトップバッターは始発のスーパーあずさ1号でもギリギリ間に合わない。アルピコ交通交通バスの新宿松本線で深夜の松本へ前乗りした。

朝の松本城。朝9時にもかかわらず外国人ツアー客が列をなしている。堀の外周の松本城公園ではビールフェスの準備が進められていた。


松本バスターミナル-Matsumoto Bus Terminal-(長野県松本市)
駅の向かいにあるアルピコ交通のターミナル。2018年に移転開業。高速バス、特急バスを含む、ほとんどのバスが発着する。

1.アルピコ交通(松本)
鹿教湯温泉線
追分経由鹿教湯温泉上行
松本200か643
松本バスターミナル→鹿教湯温泉(1200円)
9時30分〜10時19分


バスターミナル後方の5番のりばから発車する。このバスは1日2往復、しかも土休日は全便運休だ。しかし、入線直前にのりばに行くと10人くらい待っていてそのほとんどがこのバスに乗り込んだ。旅行客と思われるのは半分くらい。
バスは信州大学までは市街地を走り、20分ほどで市街地を抜ける。そこからはしばらくは田園地帯だ。稲倉停留所はトイレと商店があって折り返せるような造り。

稲倉を抜けるとどんどん高度を上げていき、一番高くなったところで有料道路の三才山トンネルに入る。トンネルを数分走り、三才山トンネルを抜けた先にある料金所を回数券で抜ける。するとすぐ脇の駐車場が鹿教湯三才山病院バス停だった。ここで約半数が降りる。降りたおじいちゃんおばあちゃんは病院の送迎車だろうか、すぐ横に停まっていたワゴン車に吸い込まれていった。そこから左手にダムを見ながら坂を下り、寂れた松本電鉄鹿教湯車庫を抜けると左折して温泉街に入った。温泉街の中心に近い鹿教湯病院前で自分以外の客は全て降りてしまった。そろそろかと思い準備していると数十メートル先が鹿教湯温泉停留所だった。

鹿教湯温泉-Kakeyu-(長野県上田市)

温泉街の路上停留所である。平日朝だからか、観光客の姿はほとんどなく、温泉病院の患者さんがリハビリの散歩をしていた。

2.千曲バス(上田)
鹿教湯線
丸子駅前/上田駅前経由下秋和車庫行
長野200か823
鹿教湯温泉駅→大屋北(500円)
10時31分〜11時23分


千曲バスの乗り場は道路の反対側だった。先ほど乗ってきたバスからの乗り継ぎの人も鹿教湯病院前から歩いてきて2名の乗り継ぎだ。バスは三才山病院が始発のようで2分ほど遅れてやってきた。バスは温泉街を出ると先程バスと同じ道を上田方面へ向かう。鹿教湯から上田へは平井寺経由と丸子・大屋経由の2種類があるが、これは後者のバスである。平井寺トンネルとの別れ道を過ぎてからも少しずつ客をひろっていく。

丸子町の中心部では一度丸子駅前まで走って元来た道を戻る。丸子駅前は旧丸子線の鉄道駅を起源とするバスターミナルだ。しかしここでの乗降はなかった(後者の写真が丸子町駅)。
丸子から大屋へは集落が途切れることがなく、大屋駅に到着すると半分くらいの乗客が降りてしまった。自分は乗り継ぎの関係上、しなの鉄道をオーバーパスした先にある大屋北で降りた。
ここまでの区間は全てが上田市内。市が実施している期間限定の運賃低減制度で安く乗ることができた。


3.千曲バス(小諸)
佐久上田線
小諸駅前/佐久平駅経由勝間行
長野200か1005
大屋北→岩村田(1060円)
12時02分〜12時56分


バスは5分ほど遅れてやってきた。上田からしなの鉄道に沿って小諸へ、そこから小海線に沿って臼田方面へ向かう路線。かつては千曲バスを代表する幹線だったが現在では平日のみの5往復。乗った時点で乗客は1人しかおらず、その客もすぐに降りてしまった。東御市に入ると低減運賃区間が終了するので運賃が跳ね上がる。

小諸駅からは乗車なし、その後小諸市内では2人が乗ってきた。佐久市内に入る頃には小諸駅を通過したおかげで遅れはなくなっていた。先に2人が降りてしまい、岩村田で自分も降りるとバスは空で走っていった。



岩村田-Iwamurada-(長野県佐久市)
佐久市の中心地。路上の停留所だが東京方面の高速バスも発着する。

4.千曲バス(小諸)
中仙道線
望月バスターミナル経由立科町役場前行
長野200か152
岩村田→立科町役場前(890円)
13時10分〜13時59分


脇道からバスが突然現れた。このバスも佐久平駅を通るが先程のバスとは異なる経路で病院や岩村田駅で乗客を拾う。中仙道線というだけあってしばらく国道を走るとマイナーな旧道の方を走って行く。望月宿に入ると道が狭くなり、街中の望月バスターミナルに乗り入れるが乗降はなかった。

茂田井宿からは立科町に入る。茂田井とは町続きで芦田地区となる。宿場の雰囲気を残す芦田バス停の次が立科町役場だった。


立科町役場前-Tateshina Town Office-(長野県北佐久郡立科町)
千曲バスの廃止代替路線である立科スマイル交通、東信観光の大屋、丸子方面のバスが発着する。かつてスマイル交通の停留所名は芦田バスステーションという呼び名(東白樺湖は白樺湖バスステーション)だったが、民営バスとの乗り継ぎのわかりやすさを重視したのか、最近になって改称され、統一された。

5.立科町
たてしなスマイル交通
シラカバ線 東白樺湖行
長野200さ1217
立科町役場前→東白樺湖(500円)
14時10分〜14時46分


スーパーマーケットのツルヤを始発とするバスは前の方に買い物帰りのおばあさん、一番後ろに体育着の小学生を3人乗せてやってきた。おばあさんの荷物で通路が塞がっていたので一番前の席に座る。このバスは定期便としては本日最終便だ。この後の2便はスクール対応便となるため、一般客の利用はできるものの学休日運休となる。Webページには記載があるけれど、バス停の時刻表には書かれていないのだ。
さて、自分ともう一人の乗り継ぎ客を乗せてバスは発車する。立科町は砂時計のような形をしていてくびれの部分は横幅数十メートルにもなる。シラカバ線はそのくびれ部分を南へひた走る。天気があまり良くないが、低く山にかかった雲が神秘的だ。はじめて下車があったのは別荘地のつつじヶ丘だ。

そして女神沼で小学生が降りる。この辺りまで来ると砂時計の下の部分。山道が終わり急に開けるとそこが白樺湖畔だ。ロープウェイや休憩所が見えてくると、その裏が東白樺湖停留所だった。



東白樺湖-Higashi Shirakabako-(長野県北佐久郡立科町)
白樺湖の観光拠点。展望台へのリフトや土産、食事処と充実している。気温の高い休日には観光客で混み合うのだろう。


6.アルピコ交通(諏訪バス/茅野)
白樺湖・車山高原・霧ヶ峰線
柏原経由茅野駅行
松本200か552
東白樺湖→茅野駅(1000円)
15時04分〜15時49分


中央線の上諏訪と茅野を白樺湖経由で大回りするバス。バス停ポールが道に面して置いてあったので右側から来ると思っていたが予想に反して左側からやってきてバスターミナル内に入ってドアを開けた。前後ドアだが、前ドアで乗降を兼ねているようだ。松本(前後ドアだった)に比べて冬季に雪深い証拠だろう。

バスが発車すると運転手さんから白樺湖畔は道が悪いので揺れます、とアナウンスがかかる。見た目ではあまり悪い道には見えないのに確かによく揺れる。湖畔の最後の停留所、南白樺湖も東白樺湖のように転回場になっていたが周りに何もなさそうで、乗降はなかった。白樺湖を出るとヘアピンカーブで山道を下る。ところどころに松茸の看板を見かける。そろそろ松茸が美味しい季節だ。そういえば佐久平のデイリーヤマザキでマツタケ酒入りました、という貼り紙があったのを思い出す。

急な山道が終わり、田んぼの中を下るようになると遠くに茅野の街並みが見えてくる。北国を目指す旅で乗った小野新町から郡山へ向かうバスを思い出す、そんな景色だ。今回の運転手さん、時間調整中にわざわざバスから降りて車両を見回ったり、前の車が感応式信号に反応しないと降りてボタンを押しに行ったり、なかなかマメな方。道路状態に合わせて、揺れなどの注意喚起をしてくれる。

茅野の市街近づくとセンターラインのない自分好みのいい感じの道。少しずつ乗ってくる。整理券を取らない大学生は「理科大生?」と聞かれている。諏訪東京理科大学の学生は無料の契約でもあるのだろうか。特急あずさの白い車両が見えると線路をアンダーパスする。駅を回り込んでバスターミナルに到着した。

駅ビルには高速バスの切符売り場と待合室が整備されていてちょうど京都大阪行きが乗車扱いをしていた。アルピコ交通より駅に近い南アルプスジオライナーの乗り場を確認して今日は茅野駅を後にした。

 

 

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2016年9月18日(日)

 

宿では7時からの朝食をご厚意により6時に出してくれた。これでお腹いっぱいで旅を再開できる。弘前から五能線の列車で五所川原へ向かう。列車は3両だったが後ろの2両は五所川原止まりだ。自分は五所川原で降りるから真ん中の車両に乗っていく。五所川原では3分の連絡。遅れるはずはないと思いつつも少し焦る。


11.弘南バス(五所川原)
金木/中里経由小泊行
青森200あ125
五所川原駅前→中里駅前(820円)
7時20分~8時04分

今日のトップランナーはこれまた3年前に乗ったことのある路線。実はこの路線津軽鉄道を乗り潰すには結構便利な路線なのだ。簡単に解説すると7:08に津軽五所川原を出る津軽鉄道に乗ると終点の津軽中里には7:44に着く。しかし、この列車は折り返し金木止の列車となる。つまり、この時間に津軽中里へ行くとこの列車が金木に行って帰ってきて8:30に再び津軽五所川原行になるまで五所川原へは帰れない。この場合の五所川原着は9時07分。一方、津軽中里駅からこのバスに乗ると8時7分発で8時52分に五所川原駅に着く。たった15分だが9時00分発の青森・矢田前行きのバスに間に合うというのがミソ。最速で青森駅に着くことができるのだ。
だいぶ脱線したが、バスはぎりぎりの乗り継ぎ。五能線から乗り継いだのは自分と旅行者風のもう一人だけだった。前回は中型車だったが、今回はまたしてもマイクロバスだ。五所川原市内を回ってから同時に発車した青森行きと別れて北上する。途中金木では住宅街の道を走るもののほとんど幹線道路だった。中泊町に入るとまもなく中里駅前だった。バスは駅舎の前まで乗り入れた。


12.弘南バス(五所川原)
奥津軽いまべつ駅前
青森200あ201
中里駅前→奥津軽いまべつ駅前(1200円)
8時45分~9時55分

新幹線のステッカーが貼られた専属のマイクロバスがやってきた。このバスは北海道新幹線開業を期に新設された路線で、中泊町などから新幹線へのアクセスを担う。新幹線連絡バスのため、途中バス停の降車はできない。しばらくは小泊行きのバスの経路を進む。中里駅を出ると集落のセンターラインがないような道を進む。たまに大通りに出るが、わざわざ集落の横道に入り、そのバス停で乗車扱いをする。しかし乗客はなく、バスはそのまま山道へ。
まもなく津軽線の線路が見えてきて踏切を渡る。あまり大きな集落もなく、茂みと田んぼの真ん中に突然立派な駅舎が現れた。ここが今年開業した奥津軽いまべつ駅だ。

降りたところで駅舎に感動していたところ東奥日報さんに取材を受けました。なんでも中里奥津軽連絡バスが新幹線と共に開業半年を迎えるということで取材中とのことでした。地元の方でなくて恐縮ですが、マニアなりに答えさせていただきましたよ。最後の方は奥津軽いまべつ駅の悪口ですけどね(すみません(^_^;))



奥津軽いまべつ駅-Okutsugaru Imabetsu Station-(青森県今別町)
津軽線の普通列車で何度か通ったことのある駅だが見違える姿になっていた。道の駅も併設されていて無料駐車場も整備されている。


13.今別町巡回バス
浜名経由三厩駅行
青森200さ539
奥津軽いまべつ駅前→三廏駅前(200円)
10時42分~11時04分

ここから三廏までは今別町営バスに乗る。奥津軽いまべつと同じところにある津軽二股から上りに乗っても下りに乗っても隣が外ヶ浜町。平成の大合併で今別町は外ヶ浜町に挟まれた町になってしまったのだ。

バスは今別町の中心地の今別駅の近くを走る。ここがメインストリートだと運転手さんに教えてもらう。休日だから全て閉まっているけれど。バスはバイパスではなく集落を縫うように走る。最後は海沿いの道だ。
三廏駅は海沿いから少し内陸に入ったところにあった。
 
津軽半島最北端の三厩駅。本州最北端の大湊線下北駅は途中駅で市の中心駅のためこの駅の方が最果て感がある。ふたつめの写真は帰りに撮影。
 
津軽半島のバスはかつては青森市交通部が市営バスとして運行していた。青森~蟹田、蟹田~三厩、三厩~龍飛などの路線があったという。青森市から遠く離れた場所を運行していたことは驚きだ。現在では今回利用したように外ヶ浜町や今別町が運行を引き継いでいる。
 
写真の看板は風車の羽を利用しているらしい。


14.外ヶ浜町(三厩地区)
三厩支所経由龍飛灯台行
青森200は210
三廏駅前→龍飛灯台(100円)
12時34分~13時06分

バスは津軽線が着く30分くらい前にやってきた。乗ってても良いと言われたので車内で待つ。津軽線が到着するとほとんどは観光客でこのバスに乗り継いできた。

バスは海沿いのバイパスではなく集落の旧道を走る。漁師町が途切れることなく続いている。この厳しい地形でも海にせり出すように町が広がっているのだ。龍飛が近づいてくるとトンネルが多くなってくる。このあたりは大正期まで道はなく、岩場を歩いて三厩へ出るか、舟で青森や函館に渡るしか移動手段がなかったという(後述)。

龍飛漁港の転回場でUターンすると急な坂道をのぼっていく。中腹までのぼって少し下るとまもなく青函トンネル記念館。そこからまたのぼっていくとまもなく龍飛崎灯台だった。灯台の麓の駐車場が降り場だった。

津軽半島北端到達です!
 


まずは龍飛崎からの景色を。今日は天気がよくて北海道をはっきりと望むことができた。
階段を降りて駐車場に戻ると、そこから龍飛漁港へ降りる階段国道が見える。近くで切手を売ってる郵便局の人に聞くと、ここを降りると旧奥谷旅館へ行けるという。では先に青函トンネル記念館へ行こう。


青函トンネル記念館は青函トンネルの龍飛側の坑道口に建っている。記念館では作業用先導坑や新幹線の第三軌条の線路などわかりやすく展示されている。
14時になると体験坑道に入坑する。体験坑道へのケーブルカーは青函トンネル竜飛斜坑線という私鉄路線となっていて日本一短い私鉄とされている。青函トンネル建設中は作業員や機材の輸送に使われていた線路である。

気圧調節のための風通門が開くと、サイレンの警戒音が響く中ゆっくりと下っていく。坑道内では実際の工事で使われた作業坑を見ることができた。
この風通門の先は400メートル先、龍飛定点に通じている。
この線路の横にある階段は避難用だ。唯一使われたのは青函トンネルの在来線時代にスーパー白鳥の発煙事故が発生した時だという。

灯台まで戻って階段国道を下る。下まで行くと民家の軒下を抜けて龍飛漁港近くの道に出た。バスまでの時間で旧奥谷旅館を見学しよう。

中に入るとおばあさんが出迎えてくれてお茶をだしてくれるなど至れり尽くせり。「津軽」の取材中に太宰治が泊まった部屋などじっくり見学することができた。龍飛へのアクセス道路ができたのは大正期とのことで、その際尽力された牧野逸蔵氏の話など興味深いものだった。前述の通り、岩場を歩くか、舟を出すしか移動手段がなかった龍飛だが、三厩がナマコ漁で得た収益で山をトンネルで貫き、三厩までの道を整備したのだった。その道は青函トンネル工事の際にトラックが通れる新道に置き換えられたというが、それまでの間、龍飛の生命線として力を発揮したのだという。なるほど、来るまでの間に使われていないトンネルが車窓に見えたのだが謎が解決した。

帰り道は龍飛郵便局から外ヶ浜町のバスで三厩で戻る。今別町営バスの運転手さんに道を教えてもらっていたので、教えてもらった通り駅の一つ手前の駅前通りバス停でバスを降りる。

バイパス沿いに歩いて目的地に向かう。
その目的地は…

ここ。


青函トンネルの本州側の入口です。写真の腕は無いからご覧のような有様だけれど個人的には満足。ここで一緒に新幹線を撮影したご夫婦に三厩駅まで車で送っていただいた。キャンピングカーで日本一周されているようで、こんな老後っていいなって思う。
 

帰りは津軽線で津軽二股、そして歩いてすぐの奥津軽いまべつへ。そこから東京行き最終のはやぶさで帰りました。いやぁ、この駅死ぬまで自分には縁がないと思ってましたが、津軽海峡に魅力されてしまいました。
また来るかもね。

追記:バスに乗り慣れてしまったので新幹線のシートピッチに感動。


現段階では日本横断紀行はこれ以上北上する予定はありません。渋川→越後湯沢の穴埋めや、甲府以西はまだ計画段階です。行ったらマイペースに更新しますね。