こんばんは、はるとです。
きょうも、ひとりぶんの転職の話をさせてください。
思い出したのは、27歳の男性のこと。
彼が私のところへ来たのは、会社を辞めたあとでした。
辞め方は、退職代行です。
自分の口で上司に伝えることは、できなかったと言いました。
実家に報告した瞬間、お父さんから返ってきた言葉が、これだったそうです。
「情けない」
たった四文字です。
でも、その四文字を彼は、何か月も持ち歩くことになりました。
お父さんは、40年間ひとつの会社に勤めた人でした。
理不尽な上司にも耐えた。
長い残業にも耐えた。
家族のために、定年まで勤め上げた。
その人から見れば、退職を自分の口で言えない息子は、根性がないように映ったんだと思います。
彼が勤めていたのは、営業の会社です。
数字が届かないと、フロアで立たされる。
同僚の前で、頭を下げさせられたこともある。
電話をかけるあいだは、スマートフォンを机の上に出しておくよう言われたそうです。
上司が、通話の様子を見ているためです。
「断られてからが営業だ」
相手が迷惑そうな声を出しても、通話を終わらせてもらえなかったと言います。
そのうち彼は、発信ボタンに指を伸ばすだけで手が震えるようになりました。
夜は眠れない。
食事の味も、しない。
それでも彼は、会社へ行き続けました。
頭の中に、お父さんの言葉があったからです。
男なら耐えろ。
仕事はつらくて当たり前。
家族を持ったら、逃げられない。
ある朝、通勤の電車で息ができなくなりました。
心臓が速く打って、視界が暗くなる。
このまま死ぬのかと思った、と彼は言いました。
搬送先の病院では、体に大きな異常はないと言われたそうです。
医師からは、休むように勧められました。
会社に連絡を入れると、上司はこう言いました。
「救急車で運ばれたくらいで、休むの?」
その日の夜、彼は退職代行に申し込みました。
……申し込みのボタンを押すまでに、2時間かかったそうです。
部屋の電気もつけずに、スマートフォンを持ったまま座っていた。
明日もう一度だけ、自分で言ってみようか。
何度も、そう考えたと言います。
でも、上司の名前を思い浮かべた瞬間に、手が震えた。
もう一度あの声を聞いたら、戻れなくなる。
そう思ったからでした。
だから「情けない」と言われたとき、彼は何も言い返せませんでした。
自分でも、そう思っていたからです。
面談での第一声は、質問でした。
「僕は、逃げたんですよね」
私は、こう答えました。
「逃げ方に、立派も情けないもありませんよ」
——ここが、いちばんの山でした。
彼はずっと、辞め方に点数をつけていたんです。
自分の口で伝えたなら、合格。
代行を使ったなら、不合格。
でも私が見てきた限り、その線に意味はありません。
「あなたは、向き合わなかったんじゃない。
向き合い続けた結果、もう一度あの声を聞けば壊れるところまで来ていた。
だから手段を使った。それだけです」
彼は、少しだけ肩の力を抜いたように見えました。
この話には、続きがあります。
退職後、彼はしばらく実家に帰りませんでした。
数か月して、お母さんから連絡が来たそうです。
お父さんが、入院したと。
病室で、お父さんは窓の外を見たまま、ぽつりと言いました。
「お前の会社の話、母さんから詳しく聞いた」
彼は、黙っていました。
お父さんは、続けたそうです。
「俺は、耐えることしか知らなかった」
「耐えた自分を正しいと思わないと、やってきたことが全部むなしくなる気がしたんだ」
「だから、お前にも耐えろと言った」
しばらく、沈黙があったと言います。
そして、彼のほうを見ないまま、こう言いました。
「すまなかった」
彼は、その場で泣きました。
認めてもらえたから、ではありません。
お父さんもまた、長いあいだ、自分のつらさを正しいことにしなければ生きてこられなかった。
それが分かったからだ、と彼は言いました。
彼はそのあと、しばらく何もしませんでした。
すぐに次を決めなかった、ということです。
昼過ぎに起きる日が、何日も続いたと言います。
焦りが消えたわけではありません。
ただ、手が震えなくなるまでには、時間が必要でした。
休んだ期間は、半年ほど。
そのあとで彼が選んだのは、電話のノルマがない会社でした。
年収は、少し下がったそうです。
いまは、実家にも帰るようになったと聞いています。
お父さんとは、仕事の話はしないそうです。
話すのは、もっぱら野球のこと。それだけ話して帰ってくるんだそうです。
いま、辞め方を誰かに責められている、あなたへ。
「逃げるな」と言う人は、あなたを憎んでいるわけじゃないことがあります。
その人自身が、逃げずに耐えてきたからです。
あなたの選択を認めることが、自分の40年を否定するように感じられてしまう。
だからその言葉は、あなたの評価ではありません。
その人が、自分を守るために握りしめてきた言葉なんです。
根性とは、壊れるまで耐えることではありません。
限界を認めて、人生を組み直せることも、じゅうぶんに強さですよ。
では、また明日。
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【今日のブログのおまけ】
「辞め方で消耗しない」ための実務は、私が本業で運営しているサイトにまとめています。
元面接官として、転職サービスを実名で辛口レビューしています。
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