こんばんは、はるとです。
きょうも、ひとりぶんの転職の話をさせてください。
思い出したのは、40代でタクシー運転手になった男性のこと。
前の会社が倒産して、この仕事に移った人でした。
年齢を問われない。頑張れば収入が伸びる。運転そのものも苦ではない。
最初は不安だらけでも、道は少しずつ体に入っていったそうです。
通院する高齢の方。終電を逃した会社員。旅行中のご家族。
「助かりました」の一言が、この仕事の意味を教えてくれたといいます。
ただ、勤務時間は長いものでした。
早朝から翌朝までの隔日勤務。制度としての休憩は、ちゃんとあります。
でも、売上目標に届かせようとすると、休んでいる余裕がありません。
会社は毎月、運転手ごとの売上ランキングを壁に貼り出していました。
下のほうにいる人は、営業所長に呼ばれます。
「流し方が悪い」
「休憩が長い」
「やる気がない」
収入は、落とせませんでした。
お子さんの学費もあったそうです。
だから休憩を削る。ごはんは車の中で。眩気が来たらコーヒーを流し込む。窓を開ける。顔を洗う。
そうやって、なんとかしのいでいました。
ある冬の夜。
雪で電車が止まって、道路は大渋滞。駅には人があふれていました。
売上は伸びます。けれど、休む隙がない。
日付が変わったころ、強烈な眩気に襲われました。
まぶたが下りてくる。信号の色を認識するのが、ワンテンポ遅れる。
これは危ないと感じて、営業所へ無線を入れます。
「眩気が強いので、一度戻ります」
返ってきたのが、この言葉でした。
「今、駅に客があふれてる」
「あと一往復だけ、できない?」
断ろうとした彼に、続けてこう言ったそうです。
「今日の売上、まだ目標に届いてないよね」
「みんな頑張ってる」
「忙しい日に帰ると、印象が悪いよ」
評価が下がれば、収入にも響きます。
そう考えたら、断れなかったといいます。
駅で乗せたのは、若いご夫婦と、小さなお子さんでした。
自宅までは30分ほど。お子さんは後ろの席で眠っていたそうです。
彼は、あくびを何度もかみ殺していました。
そして途中で——ほんの一瞬、意識が飛びます。
車体が車線をはみ出し、大きなクラクション。慌ててハンドルを戻しました。
驚いたご夫婦が「大丈夫ですか」と声をかけてきたそうです。
すぐに安全な場所へ停め、会社へ連絡して代車を手配。
お客さんには、何度も頭を下げました。
営業所に戻ると、所長からこう言われます。
「お客様を途中で降ろすなんて、プロとしてどうなの?」
居眠りしかけたことを説明しても、返事はこうでした。
「自分の体調は自分で管理しないと」
「無理なら最初から勤務へ出るべきじゃない」
——ここが、いちばんの分かれ目でした。
あとで、ドライブレコーダーを見返したそうです。
車線を割った瞬間が、そのまま記録されていました。
あと少しずれていたら、事故です。
自分が怖い。会社も怖い。そう話してくれました。
もし本当に事故になっていたら、世の中に出るのは「運転手の居眠り」という見出しです。
配車担当が、あと一往復を頼んだ事実は、どこにも残りません。
面談での第一声は、「ハンドルを握ったのは、自分ですから」。
私は、こう返しました。
「そのとおりです。じゃあ、戻りますと言ったとき、会社は何と答えましたか」
彼は、黙り込みました。
運転を続けた責任は、たしかに本人にあります。彼はそこを一度も逃げませんでした。
ただ、危ないと判断した人が「戻ります」と言える会社だったら。
この夜は、起きていないんです。
安全を個人の踏ん張りだけに背負わせる設計に、そもそも無理があります。
いまは、固定給の割合が高い運送の仕事へ移りました。
売上ランキングの貼り出しは、ありません。眩いと言えば、上長がまず休ませてくれる。
年収は、少し下がったそうです。
一年ほど経って、彼はこう言っていました。
「眩いと言えることが、こんなに楽だとは思いませんでした」
いま、もう無理だと伝えたのに、あと一回だけと言われ続けている、あなたへ。
その一往復で何かが起きたとき、名前が出るのは、あなたのほうです。
頼んだ側ではありません。
引き受ける前に、断れる場所かどうかを確かめてくださいね。
では、また明日。
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【今日のブログのおまけ】
「安全を個人に背負わせない職場の見分け方」は、私が本業で運営しているサイトにまとめています。
元面接官として、転職サービスを実名で辛口レビューしています。
よかったら、のぞいてみてくださいね。
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