こんばんは、はるとです。
きょうも、ひとりぶんの転職の話をさせてください。
思い出したのは、出版社で編集者をしていた男性のこと。
きっかけは、本が好きだったから。
誰かの考えや物語を形にして、世の中へ送り出す。そんな仕事に憧れていたそうです。
先輩の手伝いから始まって、やがて自分の企画を任されるように。
著者と何度も話す。原稿を読み込む。タイトルや構成を練る。
自分が担当した本が書店に並んだときの感覚は、いまも忘れられないといいます。
空気が変わったのは、編集長が交代してからでした。
売れそうな著者。話題になりそうなテーマ。SNSに数字を持っている人。
企画の良し悪しは、中身ではなくフォロワー数で決まるようになったそうです。
売上の見込みが低い企画を会議に出せば、笑い声が返ってきます。
「それ、誰が買うの?」
「自己満足で本を作らないで」
企画が通っても、待っているのは無理な日程です。
著者には1か月で書かせる。編集者は何冊も掛け持ちする。校正の期間は削る。
なのに、発売日だけは絶対に動きません。
ある年、彼は有名な経営者の本を担当することになります。
会社としても、大きく売りたい一冊。発売日は最初から決まっていました。
ところが著者は多忙で、原稿は届きません。
編集長の指示は、こうでした。
「毎日連絡して、書かせて」
「深夜でも朝でも関係ない」
メール、電話、秘書さん経由。何度も催促したそうです。
著者からは「少し待ってください」。
それを報告すると、こう返されました。
「著者に嫌われることを恐れていたら、編集者は務まらない」
ようやく原稿が届くと、今度は中身への注文が始まります。
刺激的な表現を足す。成功談を大きく見せる。売れそうなタイトルに合わせて、話のほうを寄せる。
著者は、はっきり断りました。
「自分が伝えたい内容と違う」
彼は、真ん中で挟まれました。
毎晚、著者に頭を下げていたそうです。
「会社の方針で」
「私もできる限り調整します」
「もう少しだけ、お願いします」
そんなある日、著者から静かに聞かれます。
「あなたは、この本をどうしたいんですか」
言葉が出てこなかったそうです。
——ここが、いちばんの分かれ目でした。
本は無事に発売され、刺激的なタイトルが話題を呼んで、よく売れました。
増刷も決定。社内では成功事例あつかいです。編集長は役員会で表彰されました。
彼にも、こんな言葉がかけられます。
「よく著者をコントロールした」
けれど、その後に届いた著者からのメールには、こう書かれていました。
「売れたことはうれしいですが、自分の本だと思えません」
何度も読み返したそうです。
やがて、体が言うことを聞かなくなりました。
原稿を開くと吐き気がする。著者のメールを見ると、謝らなきゃと反射的に思う。編集長の足音で呼吸が浅くなる。
診断名は、適応障害でした。
休職を伝えたときの返事が、これです。
「ベストセラーを出した直後に休むなんて、プレッシャーに弱いね」
彼は、何も言い返さなかったそうです。
面談での第一声は、「僕は、著者を売り物にしたんだと思います」。
私は、こう聞きました。
「答えられなかったのは、考えがなかったから? それとも、言えない場所にいたから?」
少し黙ってから、後者だと答えてくれました。
意見のある人でも、それを口にできない場所に長くいると、意見そのものが薄れていきます。
彼が失っていたのは、判断力ではありません。
判断していい立場のほうでした。
その後に移ったのは、小さな編集プロダクションでした。
大きなヒットを狙う案件は多くありません。でも、著者と方向性を相談できる。日程が無理なら、発売日のほうを動かす。
売るための工夫はする。ただ、著者が言っていないことを、言ったことにはしない。
一年ほど経って、彼はこう言っていました。
「また、本を読めるようになりました」
いま、他人の言葉を、自分の考えとは無関係に加工させられている、あなたへ。
売上の数字だけでは、拾いきれないものがあります。
その本が誰のものとして読まれるのか。その一点に責任を持てない場所で、無理に働き続けなくていいんですよ。
では、また明日。
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【今日のブログのおまけ】
「自分の判断を持てる職場の見分け方」は、私が本業で運営しているサイトにまとめています。
元面接官として、転職サービスを実名で辛口レビューしています。
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