OFFICIAL BOOTLEG!! -593ページ目

本当はね、だけど

僕はRC SUCCESSIONのアナログ盤を1枚も持っていない。PUNKにあけくれるロックンロール・ハイスクール・デイズにおいては、なんとなく聴いてはいけないムードだったRC SUCCESSIONに大阪厚生年金会館のライヴですっかり殺られてしまった僕は、後に僕が生まれて初めて書くことになる詩『BABY SACHIKO』のモデルで、RC SUCCESSIONの大ファンである「さっちゃん」に、よくレコードを貸してもらっていた。『BLUE』や『BEAT POPS』がリリースになってすぐでも、本当は1日中聴いていたいはずなのに、こころよく貸してくれた。ちょっとコソコソしている感じもたまらないものがあった。僕はそれをカセット・テープに録音し、レーベルをきれいに手書きし、正座をして聴いていた。クラブ活動に明け暮れ、アルバイトもせず、お小遣いのほとんどは胃の中に消えていく生活をしている僕は、月に1枚レコードを買うのでいっぱいいっぱいだ。ライブハウスに行ったりしようものなら、2~3か月はお預けなのだ。これでは、ルースターズやコステロのアルバムだけで終わってしまう。そして何より、RC SUCCESSIONを買ってしまったら、「さっちゃん」とコソコソできなくなるのだ。

卒業し、音楽のメディアはCDに急激に取って代わられる。

その後のアルバムは、メンバーのソロを含めて、全部ではないけれど、かなりたくさんCDで持っている。

バンドのフロントマンが飛び入りする、イアン・デューリーのあの伝説のコンサートも観ることができた。


つい最近、中古レコード屋さんで『初期のRC SUCCESSION』と『楽しい夕に』の2枚をかなりコンディションのいい状態でみつけた。あまり見かけないし、この機会にと思ったけれど、さらに何かを失ってしまうような気がしてやっぱりやめた。


「さっちゃん」はいまどこでどんなふうにしているのだろう。

どんな気持ちでいるんだろう。

そして、恋愛関係にあったわけでもない僕のことを、たまには思い出したりするんだろうか。


今の若いこだまたちは、RC SUCCESSIONのメンバーが誰かなんて、逆に知らないかもしれないな。


80’sのころ、ミック・ジャガーがソロで売れていたとき、トモダチが「ミック・ジャガーってローリング・ストーンズなの?」って言ってたな。


ジョン・レノンは息子に「パパってビートルズだったの?」って訊かれたって話だしな。