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アクセン(ク)トー




NHKのアクセント辞典が18年ぶりに大改訂されるそうだ。


ナレーションをやっているものとしてはとても興味深い。



一般のひとには馴染みがないかもしれないけれど


このアクセント辞典というのは原稿などを読むときには必携なのだ。



特に大阪から「おら東京さ行くだ」と上京してきたカントリー・ボーイにとってはバイブルである。


(*注:ボーイは当時。、、、ん?当時ですらアウト?)



この辞書には単語がひたすらカタカナで書いてあって


その上にどこにアクセントがあるかわかるように直線やカギ線が描かれてある。


そして、そのアクセントで読むとなにを指すかが漢字で書かれてある。


意味は書かれていない。



今度本屋さんにいったらみてみて。




日本語は同音異義語が多いだけじゃなく


同じカタカナ表記でもアクセントの位置によって指しているものが変わる言葉が多い。



例えば「ハシ」のようにアクセントの位置によって「橋」「端」「箸」なんかにわかれるもの。


これが難しい。


さらには「橋が~」「端が~」「箸が~」で「が」のアクセントも変化するのだ。




ネイティヴ東京人は比較的わかりやすいかもしれないけど、(実は標準語と東京弁は違うのだが)


ことアウェイ大阪人にとっては拷問である。


いままで喋ってきたアクセントとはまったく逆だったりするのだ。



何度も練習するほどに


その単語がぐるぐる頭の中を回って記号化してきたり


逆に訛っているように聞こえてしょうがなかったりする。


Confusion will be my epitaph である。



さらに傷口に塩をまくのが


無声音と鼻濁音である。



無声音は単語によって「シ」とか「ク」などの音を


「シィ」とか「クゥ」と読む(有声音)のではなく


母音をカットして、子音だけで英語っぽく「s」「k」と読む。



「キツツキ(啄木鳥)」は「キ(無声音)ツ(有声音)ツ(無声音)キ(有声音)」である。


無理無理 !



カントリー・シルバー(あっ、成長した!)にとっては


なに気取ってんだよー、恥ずかしいったらありゃしねえー、だ。



鼻濁音は例えば「タマガワ(多摩川)」を


「タマングワァワ」みたいに発音する。


うわー ! いま「ンガ」っていったよー !


もうプププッとわらっちゃう。



それを大真面目でやらなきゃなのだ。





日本語が多様化しアクセントの位置も変化しているそうだ。


いつの時代もいわれることなのだろう。


アナウンサーですら崩壊しているようだ。




外来語は英語なら最初は本来のアクセントの位置にあるものが


定着するに伴って平板化するそうだ。



平板化というのはアクセントがないもの。



この前収録したものでも


「ヘモグロビン」


本来は「グ」にアクセントがあるからそう読んだら


ディレクターに平板で読んでくれといわれた。



現場でも統一されていない。




またあえて差別化するためにアクセントの位置が変わったものもある。



「クラブ」


「ク」にアクセントがあるものは学校のクラブとか、銀座のクラブとか。


アクセントがなく平板なものは、若者(本物の「ボーイ」たち)が踊ったりするところ。


あ、「ボーイ」もアクセントによって違うね。




大先輩のナレーターさんに聞くと


昔はそれはそれはアクセントに厳しかったそうだ。


収録の時も時間かけて徹底的にやられたという。



今はわりと緩やか、というよりディレクターもわかっていなかったりする。


ちなみに「万里の長城」を一般的なアクセントで読むと


「万里の頂上」という意味になる。


「長城」は本当は平板。



「万里の~」とくれば「長城」しかないじゃん。


アクセントの位置なんか別に、、、わかるからいいじゃんと思うけれど、そうもいかない。




地名は地元のひとの発音と標準語が違っていたりすることが多い。


駅名のアナウンスで、これ変じゃないって思うことよくあるよね。




地名もそうだけど


昔、FM802で働いていたころ


野茂投手が大リーグで活躍していて


「ノモ」のアクセントの位置が議論になった。


「ノ」にアクセントがあるのか、標準語となっているアクセントのない平板なのか。



結局結論が出ず本人に聞きに行った。



「どっちでもいいけど、うちはずっと『ノ』にアクセントがある野茂だったかなあ。」



「ケンユウ」なのか「ケニュー」なのか。


「どっちでもいいけど、うちはずっと『ケンユウ』だったなあ。」



………



えっ?なんですか?




目の不自由なひとにとってアクセントの位置は重要度が高く


音訳(読んで聞かせる)をしているひといわく、


きっちり統一されることが望ましいという。



(じゃあ、「ケニュー」で、、、)



………



えっ?なんですか?





ところが、番組に出ていたアクセント辞典の編集委員自らが


あくまでこれはひとつのガイドラインであって


参考程度にして(この前のブログのタイトルだぜ)


これに縛られず、幅を持たせて考えてほしいと発言したのだ。




バイブルがバイブルでなくなってしまったのだ。





前置きばっかりになってしまった、、、、






続きはまた書きます。