第二十三話 「鬼」
格闘王・前田日明 対 闘魂・アントニオ猪木
「日本人最強決定戦」1回戦の最後の試合として実現するこの闘い。
試合開始のゴングとともに間合いを詰めてきたのは前田だ。
何をも恐れぬその威圧感を察知したのか、猪木は軽いステップで前田の周りを回りはじめた。
相手を殺しかねないほどの殺気を漂わせる前田に対して、猪木は静かに笑みを浮かべる余裕を見せる。
両雄のはじめの一手を見逃すまいと、6万人超の東京ドームが静寂のときを迎えた。
そこへ、総合ではありえない場面が現れる。
なんと、猪木がお得意のパフォーマンスで拍手しながら観客を煽ったのだ。
一気に湧き上がる東京ドーム。
プロレスの会場では日常茶飯事でも、ここ総合の会場では際立って異彩を放つパフォーマンスだ。
この行動に苛立ちを隠せない前田だが、そこで猪木の“手”にのるほど青くはない。
猪木の“手”には乗らないとばかりに、動きを見せない前田。
しかし次の瞬間、遂に試合が動き出した。
猪木が滑り込みながらアリキックを放ってきたのだ。
あまりのスピードにかわしきれない前田の左足太腿にヒット!
しかし、その威力はまだそれほどのものではなく、グランド状態の猪木にすかさず前田が襲いかかってきた。
マウントポジション!
そして息つく間を与えず、上の状態で前田がパンチを振り下ろしてきた。
ガツン!!
ドーム中に響き渡るにぶい音声。
わずかながら半身の状態で前田のパンチをかわした猪木。
しかし、そこには試合開始直後の余裕の笑みは完全に消えてしまっていた。
まさに、猪木の頭部を破壊せんばかりの鬼の一発目だったからだ。
試合後にわかることだが、前田はこの一発で右拳を複雑骨折している。
それほどまでに鬼気迫る一発だった。
そして続けざまに、前田の渾身の左が飛んできた。
第二十四話 「闘魂魔性」 に続く…
第二十二話 「格闘王」
前田日明を現格闘技界の礎とするならば、異種格闘技戦を全世界的に認知させたアントニオ猪木は、すべての格闘技における源流とさえ言える存在。
ある意味で、現代の格闘技の潮流は、この二人によって方向付けられたといっても過言ではない。
そしていみじくも、両者は師弟関係にある。
格闘技の神は、よくぞ同時代にこの二人の勇者を共生させたものだ。
ただし、わずかな時間のずれが二人の闘いを昇華させずにいたことは周知の事実。
しかし今日この日、「日本人最強決定戦」においてはそれらの障壁がすべて払拭される。
ついに実現しなかった二人の究極の死闘が、今この東京ドームで実現するのだ。
リングス・メガバトルトーナメント王者となった前田日明34歳。
異種格闘技世界一決定戦において幾多の名勝負を繰り広げ、名実共に世界最強の座に位置するアントニオ猪木35歳。
その両者がついにリング上で相対した。
レフェリーからうながされ、ルール注意事項の説明を聞き入る前田と猪木。
その距離、わずか40センチ。
両者共に今が“最強”である自信にみなぎっている。
身長差で1センチ上回る前田が、片時も猪木から視線を外さない。
一方の猪木は弟子に対する余裕なのか、どこか微笑を浮かべているようにも見える。
東京ドーム6万人超の大観衆も、この伝説の闘いの復活にボルテージがマックスに達していた。
そして、遂にレフェリーが二人をわける。
別れ際、右手を差し出した前田に対し、猪木は無視して自コーナーへと戻った。
この勝負、どちらかが勝ち、そしてどちらかが負ける。
当然のことながら、負けた者は2回戦へと進めない。
「日本人最強決定戦」1回戦において、決勝戦級の闘いが今始まろうとしていた。
同じ日本人として同じ時代を生きてきた二人の格闘王。
真の格闘王はどっちだ!
そして今、運命のゴングが鳴り響いた。
第二十三話 「鬼」 に続く…
第二十一話 「16人目の男」
総合格闘技ルールによる史上初の「日本人最強決定戦」も、遂にメインイベントをむかえることとなった。
メインを務めるのは、今大会を軸となって、苦難の末開催にこぎつけた前田日明。
これまでの格闘技人生を振り返ると、この大会の実現こそが、前田の最も望む形であったのかもしれない。
彼は“強さ”に対してただひたすらに純粋であっただけに、様々な反発に遭い、また多くの困難にぶつかってきた人生であった。
しかし、彼が切り開いてきた苦難の道程は、今現在の全世界における格闘技ブームの牽引者の一人であることを考えると、その功績には偉大なものがあることは間違いない。
彼の存在がなければ、今の格闘技ブームはありなかったことは間違いない。
もっともっと成熟した時代に彼が生まれていれば、世界を席巻したことは間違いないだろう。
しかし、今大会の実現によって、前田はついにその足がかりをつかむことになるのだ。
そんな様々な思いが渦巻いているのだろうか。
入場してくる前田日明の眼光は、まさに鬼人そのものだった。
そして、ついに前田日明が運命のリングイン!
これまでの苦難の道のりをマスコミを通じて伝え知っている東京ドームの観衆が大声援で迎える。
そして、ドームは再び暗闇に包まれる。
「前田の相手は一体誰なのか?」
観衆の誰もが、「16人目の男」の登場に集中している。
悲鳴に近いざわめきがドームを包み込んでいく。
そして、反対コーナーにスポットライトが当たり、十数発の花火がきらめき鳴り響く。
そして、次の瞬間、入場口に近くで「16人目の男」の正体を目の当たりにした数万の観衆が地響きに似た歓声を発した。
その歓声にかき消されて、聞きにくいが、たしかに入場曲が流れている。
その曲は…
「イノキ ボンバイエ」だ!
第二十二話 「格闘王」 に続く…