第二話 「ジェロム・レバンナの挑発」
決して交わることのない二人の衝撃的な“出会い”に沸いたNOAH日本武道館大会から一夜明けた7月8日。
ほとんど全ての格闘技系及びプロレスマスコミが、事件の主役である三沢からのコメントを得ようと、NOAH事務所に押し寄せていた。
しかし、事務所入り口にはNOAHの若手選手と警備員がしっかりとガードしており、立ち入る隙がない。
公式記者会見の予定もアナウンスされていない。
そのことが、昨日の出来事の“事件性”を物語っていた。
全てに前打ち合わせがあるわけではないが、興行スポーツとして、常にファンの興味を惹きつけるためには、ある程度のサプライズが必要となる。
そのサプライズが別な会社同士で行われる場合、事前の話し合いは極秘のうちにすすめられる。
しかし、NOAHマットへの前田日明の登場は、そういった事前準備を感じさせなかった。
マスコミ・関係者の誰もがノーマークであったし、NOAH事務所の対応の遅れがそのことを如実に物語っていた。
どうやら、前田の行動は真のサプライズであり、突発的な出来事であったのだろう。
…同時に、マスコミ関係者たちは、前田のもとにも大挙して押し寄せていた。
仕掛けた側の前田に黙秘する必要性はない。
マスコミたちの質問に、前田は言葉を選びながら答えていった。
「前田さん、昨日の行動の真意は何ですか? 目的を教えてください!」
「目的は昨日言っただろう。観客の目の前で…」
「三沢さんとの対戦ということですね。それは理解できますが、これまで何の関連性もない三沢さんを選んだのはなぜですか?」
「三沢選手が強いから…かな?」
かすかな笑みを浮かべながら答える前田。
「強い…だけですか?もっと他にこう…」
もっと前田の“真意”の部分を聞き出そうとするマスコミ。
しかし、必要以上に言葉を発しようとしない前田。
すると、マスコミは一気に突っ込んできた。
「これは一般には公表しませんが、事前の下打ち合わせはあったのでしょうか?」
下打ち合わせの有無で、ここから先の実現性を計ろうという考えに、前田が口を開いた。
「下打ち合わせは、 …みなさんのご想像におまかせしますよ。 ただ…」
「ただ… 何ですか?」
マスコミたちが一斉にマイクを近づける。
「ただ、三沢さんは出てきますよ。きっと…。 三沢さんが…男ならね」
推し量ることができないほど、そこに隠された意味の深い言葉を残して前田は車に乗り込んだ。
7月8日(日本時間) K-1 ラスベガス大会。
無冠の帝王ジェロム・レバンナの強さは、その日も際立っていた。
今現在、立ち技において“最強”の称号にふさわしい強さ。
この日も、スーパーマッチをわずか1ラウンド1分24秒で終わらせ、息高々と記者会見席に戻ってきた。
「快勝ですね、おめでとうございます」
汗を拭いながらレバンナが答える。
「当然の結果だ。予定よりも24秒長かった」
ジョークを交えたレバンナの回答に、和やかな雰囲気に包まれる記者会見場。
「もう既に、立ち技ではあなたの右に出る者はいないのでは?」
「立ち技…?」
記者の何気ない一言にレバンナは眉をしかめた。
記者会見場の空気が一変した。
「K-1イコール立ち技ですよね?その中で敵なしですね、と言っただけです。気にさわったのであれば、謝ります」
アメリカの記者は、日本人のそれと違い強気だ。
「K-1最強イコール立ち技最強ではない。K-1最強イコール世界最強だ。よく覚えておけ、若造!」
そう言って、目の前のミネラルウォーターを若い記者に投げかけるレバンナ。
「………」
ざわめく会見場。
「よくわかりました。あなたは全ての格闘技のなかで最強の格闘家であるということですね、ミスター・レバンナ」
水びだしになりながら、それを拭おうともせずに質問を続ける若い記者。
会見場から控え室に戻ろうとしたレバンナが振り返る。
「君はいい根性してるな」
果敢な記者魂に、思わず笑みを浮かべるレバンナ。
ようやく額の水滴を取り払いながら、その若い記者も返す。
「サンクス」
「そうだ。全ての格闘技の中で最強。PRIDE、UFC、ボクシング、プロレス、キック…全てだ」
「OK!わかりました」
その若い記者に対して親指を突き立てて、レバンナは控え室に消えていった。
『そうだ。全ての格闘技の中で最強。PRIDE、UFC、ボクシング、プロレス、キック…全てだ』
同じアメリカ、テキサス州にて、ビール片手にK-1ラスベガス大会を観戦していたひとりの男が、テレビのなかのその言葉に反応した。
「K-1が世界最強…?」
右手のビールを一気に飲み干し、その男は立ち上がった。
「お前ごときが世界最強とは笑わせるぜ!」
そこには怒りに打ち震えるスタン・ハンセンの姿があった。
第三話 「三沢の回答」 に続く…
第一話 「決して交わることのない2人のチャンピオン」
世界中の全ての格闘技ファンたちが夢見た「歴史上最強格闘家決定戦」。
大会開催に至るまでには様々な困難が待ち受けていた。
あらゆる困難を乗り越え、ようやく実現に至ったその大会までの道のり。
物語は、約10ヶ月ほど時間を遡らなければならない。
…その瞬間、日本武道館が沸き返った。
GHCヘビー級チャンピオン・三沢光晴が激闘の末、三度目のベルト防衛に成功したのだ。
相手は新日本プロレスからの刺客・中西学。
試合は、序盤から中西ペースで進んだ。
得意のスピアーとアルゼンチンバックブリーカンを連発する若き挑戦者。
試合の組み立て以上に“勝つ”ことへのこだわりがひしひしと伝わってくる。
久しぶりに見る中西の真剣のような表情。
そして中盤、三沢のエルボー連発からのローリングエルボーで、一時中西は半失神状態に追い込まれた。
ピクリとも動かない挑戦者。
しかし、新日本では敵対関係にあるセコンドの永田裕志が飛ばす激とファンの大声援により蘇生。
そこからラッシュが始まる。
中西が大反撃に転じ、十分以上試合のペースを握る。
年齢的にも、体力面でも、三沢の劣勢はいかんともしがたい。
ここが勝負!と、フィニッシュを狙う中西。
余計なジェスチュアは一切ない。
中西が、トップロープに駆け上がり…と、その瞬間、三沢の王者としての執念が奇跡を起こす。
中西は、トップロープからのスピアーを狙い、勢いよく飛んだ。
と同時に、三沢も回転しながらジャンプ!
ジャンプ式スーパーローリングエルボーが中西の顔面をとらえた。
自らの体重も負荷となり、中西は白目を向いてダウン。
勝負はついた。
三十分を越す大激闘を制したのは三沢光晴だった。
久しぶりに見る大激闘の余韻に、いまだざわめく日本武道館の観客たち。
チャンピオンベルトを腰に巻く三沢。
セレモニー終了後、テレビアナウンサーが、勝者・三沢光晴にマイクを向けた。
「三沢さん、三度目の防衛おめでとうございます!激闘でしたね!?」
アナウンサーからのマイクを受け取った三沢がコメントを始めようとした、その瞬間…。
会場隅の一部のファンが大きくざわめく。
何が起きたのか!?
チャンピオン三沢も、何が起こったのかわからない様子で、ざわめくファンの方向に視線をおくる。
ファンのざわめきは次第に大きくなる。
そこには、プロレスラーらしき大柄の人影が。
名勝負の後の余韻にひたる間もなく、ある一人の男に観客たちの視線は集中していた。
「一体何が起こっているのでしょうか?」
困惑のアナウンスを続けるリングアナウンサー。
やがて、その男は颯爽とリングに近づいてくる。
NOAH若手選手もその男の威圧感に制止することさえできない。
ざわめきが少しずつ歓声に変わっていく。
そして、遂にその男がNOAHリングサイドに立った。
ベージュのスーツを着たその男はマイクを握るなり、三沢に対してメッセージを投げかけた。
「三沢さん、いい試合でしたね。おめでとうございます。」
一挙に静まり返る日本武道館。
険しい表情で、その大柄の男を見つめる三沢。
しかし、マイクを手にしているものの、三沢からの返答はない。
男は続ける。
「三沢さん、来月のうちの横浜アリーナ大会。私の対戦相手として、出場してもらえませんか?」
ドドーッ!と津波のように沸き返る日本武道館。
そして、遂にオーロラビジョンにその男の真摯な表情が映し出された。
なんと、その男は、リングス・前田日明!
これまで決して交わることのない二人の出会いが、その後「歴史上最強格闘家決定戦」へと発展していくこいとになろうとは、日本武道館にいた観客の誰一人として知る由もなかった…。
第二話 「ジェロム・レバンナの挑発」 に続く…
プロローグ
それはまるでスローモーションのようでもあり、眩い光を放つ流れ星のようでもあり…。
国を越え、民族を越え、集まった10万人を超える観衆のなかで、誰もがその“時”を待ちわびていたかのように、会場を大きな静寂が包み込む。
その“時”は、22時18分を刻んでいた。
そして、次の瞬間、そこに集まった10万人… いや会場外には世界的プレミアチケットを入手できなかった観衆、生中継のPPVを視聴している全世界の視聴者たちの視線が集まるなか、その中央に位置するリングには、あふれるばかりの光が飛び交い、やがてひとつになった。
この時、この瞬間をどれほど待ちわびたことか…。
誰もが息を飲んだその瞬間、リング中央の男が力強くアナウンスした。
「ただいまより、歴史上最強格闘家決定戦・決勝戦を行ないます!」
大きな「ため」となったそれまでの静寂がまるで津波のように、会場全体が歓喜の声で埋めつくされる。
会場外を含め20万人以上の観衆の歓喜の声。
ようやく来たこの瞬間。
遂に、遂に、時代を超えた最強格闘家が決定する。
いよいよ始まる「歴史上最強格闘家決定戦」決勝戦。
快晴の夜空には、北斗七星を中心に、満天の星たちがその舞台を祝福するかのようにきらめいていた。