北デヴォン旅行
「朝は8時に出るぞ。」って透は張り切っていたけれど結局9時半にようやく出られた。
香蓮はまずコミコンに出て翌朝1人で列車に乗ってホテルの最寄り駅まで来る予定だ。
まずロンドンを出るのに1時間半かかり途中のサービスエリアのでの休憩45分を除いても
たっぷり6時間のドライブで夕方4時過ぎにようやくバーンスタプルのホテルに到着した。
グーグル・マップは4時間弱で到着すると言ったのに。大した渋滞もなかったのにな~。
途中の休憩はリトル・シェフで。期待はしてなかったが入るのはこれが最初で最期。
夕食もプルミエ・インの隣のファミレス風パブで済ませこれも2度目はないな。
ずっと運転してくれていた透の隣で広がる丘の景色を眺めつつお喋りしたのがハイライト。
BBC Fourでやっていたフランスのドラマシリーズの『The Disappearance』を部屋で見た。
これがなかなか面白くて2エピソード連続で楽しんだ。来週のエピソードが待ちきれない。
宿代は3泊4日で215ポンド(約3万3千300円)と格安だったけれどガソリン代の他
やはり家族4人だと入場料、飲食代がかかり、費用合計は750ポンド(11万6千円)に。
でもまるで外国に行ったかのような好天が旅行の間中続いてその価値はあった。
小学校で洗車募金とハーン・ヒル散歩
子ども達はボランティアとして水遊び車洗いをして
客は最低5ポンド(約800円)を支払うというシステムだ。
私達も洗車して貰ったり出店でおやつを買ったりして募金に協力。
子ども達はスポンジを投げ合っても良いと言われていたが、
実際に始めたら保護者や客にも飛沫がかかりストップがかかった。
それでも響ばかりか付き添いで行った香蓮も楽しそうに働いていた。
洗車希望の車はひっきりなしに来ていたから募金は大成功だったろう。
このイベントの後は響はクラスメートの誕生日会へ直行した。
着替えは用意していたが靴までびしょ濡れだったのは計算外だった。
替えの靴を取りに行く時間はないので仕方なくそのままで行かせた。
プロの手品師さんを雇ってのショーの後にピザとケーキでお祝いするそう。
響をハーン・ヒル(Hern Hill)駅近くの会場まで送り届けた後は
透と香蓮と一緒にどこかで昼ご飯を食べようと付近をうろうろした。
SE24はこの辺りの郵便番号の前半の部分だ。
毎週日曜日は駅前の通りでマーケットが開かれている。
淡い彩度の低いモスグリーンのペンキの色が素敵な古本屋さん。
結局香蓮が1番喜ぶピッツァ・エキスプレスへ。
響のお迎えの時間まで駅の南にあるブロックウエル(Brockwell)公園を散歩した。
この公園には屋外スイミングプールがある。香蓮はお友達と夏に何回か行った。
今にも雨が降りそうな天気だ。
大きな木の中に昔のガス灯のが隠れている。根元だけ2人の人物の間に見える。
これこれ。
Henry Edie & Co
The Bow Foundry
Bow E3
これをググってみるとGrace's Guide to British Industrial Historyというページがヒットする。
この中のHenry Edie & Coのページによると・・・
1)1843年に設立。
2)1914年の時点ではガス供給会社の為に鉄と真鍮の鋳物製造を行っていた。海軍本部の出入り業者。
他に情報が上がってこない。でもこれはガス燈の柱でHenry Edie & Co社製だという事だろう。
Bowは東ロンドンの地名でこの会社のオフィスがあった。E3も郵便番号の前半だ。
出窓の感じからビクトリア朝時代のものと思われる建物。
列車の高架。たぶんビクトリア朝時代のもの。
鉄の柱でも柵でもただの直線ではなくいちいち装飾度が高い。
これはコンクリート打ちっ放しの外壁とその高さから60年代建設の公営集合住宅。
家の値段はもう相当高いはずなのにまだ手入れの行き届いていない家も多い。
あ、この写真は手入れの行き届いている方の例だ。
日本大使館まで教科書を受け取りに
ずっと廃墟になっていたバタシー・パワーステーションの再開発がとうとう始まった!
4本ある煙突が1本だけになっていた。これは多分1度取り外してまた同じ見かけに戻すはず。
表通りから1本入ったところにあるミューズ・ハウス(Mews House)。
背面は表通りの建物と接していて横は長屋式に繋がっており裏通り側にしか窓がない。
その為改装して天窓を入れたりしていない限り内部は暗めなのだそう。
前面の大きな扉は車のガレージじゃなくて馬小屋のドア、そう元馬小屋なのだ。
表通りのお屋敷の住人が出かける時にここから馬の引く馬車を出してきた。
ここはグリーン・パークの北のエリア。裏道を通って日本大使館を目指した。
紙袋をいくつも下げた買い物客と記念撮影している観光客の像があった。
The Begging Bowl(ベギング・ボウル)
このタイ料理屋はPeckham Rye(ペッカム・ライ)駅から徒歩数分の場所にある。
ペッカム・ライの駅前通りはアフロカリビアン系住民の御用達の店が立ち並んでいる。
そこから一歩西の横道に入ると駅前通りの喧噪は消えて驚くほど静かな住宅街になる。
この住宅街の中を通るBellendan Road(ベレンダン・ロード)の中央部分100m程には
レストラン、カフェ、古着屋などの店が100m程度にコンパクトに立ち並んでいる。
The Begging Bowl(ベッギング・ボウル)はその中の一軒でレビューもなかなか良い。
メニューは割と短め、その中からの3品が今日の定食になっていたのでそれを注文した。
まず出て来たのがメインの豚肉の炒め物とご飯。

しいたけとセルリアックのスープ。
最初は八角の風味が効いていると思ったらYさんがセルリアックではと。
確かに!白い野菜はセルリアックだった。
材料は新鮮で味も良かったけれど塩味がきつ過ぎるのが惜しい。
ブラックヒース(Blackheath)
グレーター・ロンドン内では一番大きいという共有地である原っぱがあり、
その南端からブラックヒース駅を繋ぐ道沿いには主に飲食店の商店街がある。
これはジョージアン様式の集合住宅だと思う。
ブラックヒースの原っぱの北はグリニッチの丘に繋がり
そこからは下り坂でテムズ河に至り対岸はカナリー・ワーフだ。
カナリー・ワーフの高層ビル群が写真の右に写っている。
この辺りは丘というか台地の上なので高層ビルの中階と同じ高さだ。
気温はそんなに高くないけれど日差しは明るくて気持ちが良い。
絵になる教会。ちゃんと今も教会。アパートに改装されていたりはしない。
アイスクリームの移動販売車からソフトクリームを買った。
古本屋さんのショーウィンドー。
これがブラック・ヒース駅の建物。
駅の南側にも行ってみた。パステルカラーの家が並んでいてかわいい。
下は商店、上は集合住宅になっている。公営か民営かはちょっと分からなかった。
音楽学校?各種レッスンの広告が表の掲示板に貼られていた。
角の青いのは旅行代理店。今時街中に旅行代理店って珍しい。
肉屋と牧畜業者、と書いてある看板は駅の建物の横に。
昔はここに店があったのだろう。
やはり駅の建物についている線路またぐ橋の通行車両の重量制限情報。
こんなにたくさん書いてあるもの車から一瞬で読めるもんじゃない!
飲食店がいっぱいあるけれどチェーン店が多い印象。これも。
紳士服の店のショーウィンドー。取っ手が骸骨のデザインの杖だ。メメント・モリ。
ヒースに面した商店。
近くの民家。
ヒースのポンドの側にあるパブに入ってチップスをつまみながら飲み物で休憩。
響のフリスビーの色とガーベラ、花瓶、の色が一致。
これがパブの向こう側の池。飲み物をプラスチックのカップに入れて持ち出し可能。
でもさ~、それはイギリスで蚊がいないからこそ出来るんだよね。
これが入ったパブ。The Hare & Billetだ。
これは新しい。60年代風の床から天井までのガラス窓が印象的な集合住宅。
そろそろ香蓮が2泊3日のカデット合宿から戻る時間だ。
この日も25km歩いたそうで疲れた顔の香蓮。
今が盛りの白い花。これはなんだろう。
セイヨウカジカエデ(シカモア)
学術名:Acer pseudoplatanus(偽のプラタナス(スズカケノキ)という意味。葉形が似ている。)
実の形:翼果
葉序:対生
原産地:中央ヨーロッパからアジア南西部
前回取り合げたセイヨウトチノキ(ホースチェスナッツ、コンカー・ツリー)と同様に
イギリスでは本当に良く見かける木がセイヨウカジカエデ(シカモア)である。
スズカケノキ(プラタナス)も合わせてこの三種をイギリスの三大街路樹と呼びたい。
私は長いことセイヨウカジカエデとスズカケノキを混同していた。葉の形が似ているから。
カナダの国旗の葉っぱと同じ形。こちらはサトウカエデの葉っぱだそうだが。
でもしばら~くして一方は丸いボールみたいな実がぶら下がっていて幹もまだら模様、
もう一方はくるくる飛びながら落ちるのが特徴の実(翼果)が下に沢山落ちていて
幹にはまだら模様がなくしかも葉っぱはやや小ぶりで瑞々しく柔らかい感じだと気がついた。
前者がスズカケノキで後者がセイヨウカジカエデのについての観察だ。
セイヨウカジカエデの学術名の意味がが偽のスズカケノキだと知って納得した。
これはまだ若い木。
葉が日に透ける様子から薄めで瑞々しいのが分かる。翼果がついている。
5月中旬の今既に実がついているという事は花が咲くのは3月位か。
実は花を見た覚えはなくググってみたらセイヨウトチノキの様に上に向いて咲くのではなく
下に向いて咲くごく目立たない緑色の小さな花だという事が分かった。
幹はこんな感じ。
英語版のウィキペディアのAcer pseudoplatanusの項目より。
セイヨウトチノキ(ホースチェスナッツ、コンカー・ツリー)
新たに『身近な植物の名前』というテーマ作って後から検索出来るようにする。
1回調べた位では右から左へすぐ情報が抜けてしまうので自分用の備忘録代わりだ。
セイヨウトチノキ(英語名はHorse-chestnut, Conker treeフランス語名はMarronnier)
学術名:Aesculus hippocastanum
実の形:堅果
葉序:対生
原産地:バルカン半島
この木は近所の公園にもわんさか植えられていてロンドンの街中どこでも良く見かける。
3月半ば頃に出て来る新芽がふわっと開く直前の形がかまきりにそっくりなのが印象的。
5月半ばの現在は白やピンクの花が咲き誇っているのにほぼ今年初めて気がついた。
いや、視界には入っていたが好みの花形ではなくあまり注目していなかったのである。
夏は葉が生い茂り日陰を作ってくれ冬には落葉して日を通してくれる位は思っていた。
あ、そしてこの木は枝を落としても木の幹から直接、枝からも新しい枝が出るな~とも。
フランスではマロニエと呼ばれているのね。確かにフランスでもたくさん植わっていた。
この木も下のハイブリッドの木も小さい方。大きいのは10m位の高さはあるのではないか。
花は香りは特にしない。
白とピンクの両方の花が咲いている木。
イギリス名の由来はHorse-chestnutは秋に出来る実が栗に似ている所からと
実際は馬には毒なのに馬に食べさせると肺の病気が治ったという観察から来ているそう。
Conker treeの方は子供達がその実を使ってするゲームがConkersと呼ばれる所から。
2人のプレーヤーがそれぞれ実に紐を通してそれをぶつけ合う。先に実が壊れた方が負け。

英語版ウィキペディアのAesculus hippocastanumの項目より。
セイヨウトチノキの近縁種である日本のトチノキになる実を材料の1つとして
モチを作ったりするのは知っていた。トチモチ、日本昔話にも出てきた。
食用にするには手間がかかるが救荒作物として利用されていたそう。どんな味かな。
関連記事に興味のある方はこちらをどうぞ。
2016年6月8日 『セイヨウトチノキ(ホースチェスナッツ、コンカー・ツリー) の実
』
響が学校で手首を捻挫
響に「今日学校で怪我した。左手が痛い。」と言い出した。
学童の前、まだ学校の管理下の休み時間に舞台から落ちたそう。
お友達と押し合いしていて1人の子にぎゅっと強く押されたそう。
教員補佐の人や教頭先生のような立場の学校の関係者が来て
怪我の様子を確認してくれたそうだが特にこちらに連絡は無かった。
身近な人が指や手首の骨にヒビが入った時は痛みと腫れがあった。
それに比べると響は手首と二の腕の一部に青あざがあるものの
指も手首も動かせるので一晩様子見をすることにした。
翌朝もまだ痛いというので更に様子見で学校を休ませた。
その連絡をする時に事故の報告はないものですかと確認した。
なんでも頭を打った時は必ず報告するがそれ以外はしないそう。
そうだったっけな。必ず報告が来るのは保育園レベルまでだっけ。
ま、イヤー5(9才から10才)なら自分で親に話せるものね。
かかとにヒビが入ったのに歩いていたなんて話もあるので
念のために救急病院に行ってお医者さんに見せることも考えたが
腫れやあざ が酷くなる様子もないので結局行かなかった。
怪我をした翌々日は金曜日でいつも通りに学校に行き
土曜日の柔術は休みその後はもうすっかり良くなった。

































































