テムズ河の潮汐を眺めつつ -86ページ目

ジャム・サーカス

ロンドン・ブリッジ駅から南へ向かいゾーン3のクロフトン・パーク(Crofton Park)駅の
すぐ近くにあるパブ兼カフェのジャム・サーカス(Jam Circus)へ行った。
以前に車で通りがかった時にその個性的な感じや前面ガラス張りの開放的な雰囲気が気になっていた。





中古の家具やインテリア装飾に味があって良い。元パブだったのをあまりお金をかけずに改装したよう。



平日の昼食時も過ぎ去った時間だったので店内はコーヒーを飲みに来る人がちらほらいるだけ。



かわいい。新品でもビンテージでも今度こういうの売っているのを見つけたら自宅用に買いたい。






奥のキッチンに隣り合った部屋はカーペット敷きで落ち着いた感じ。




その隣にはこんな誰かの家の居間に入り込んだ錯覚を覚える部屋もある。



他に客がいないのを良い事に注文の品が車でソファーで寝転がってゲームをする響。



私のBLTサンドイッチ約7ポンド(約970円)。ここのサンドイッチは全てフォッカチオが使われている。
このフォッカチオもベーコンもドライ。特にベーコンは硬いし乾いているしでおいしくない。
付け合わせのトマトはともかくレタスも一枚ペロッと入っているだけでマヨネーズとかもなし。



透のバーガーもフォッカチオが使われていて同じくバーガーはパサパサで味気なかったそう。
約10ポンド(約1390円)。相場よりも5ポンド位安いけど10ポンドの価値はない!



響は既に昼を食べていたのでポテトフライだけ、香蓮はパンとこの鳥の手羽先を注文した。
この手羽先がまた・・・。メニューには一言も書いてないのに激辛の味付け。
透も味見をしたら大人でも厳しい辛さでやはりおいしくない。


席に着いたら頼まずともレモンの輪切り入りの水道水入りのジャグとグラスが出てきたし、
ビールはおいしく、店員さん達はとても感じが良く、内装も変わった感じで面白い。
食べ物も好きになりたかったのにいかにも作り置きを温めただけで素材も味付けもダメ。え〜ん。

もしまた来る事があるとしたら飲み物とポテトフライだけに限ると思う。
デザートは試していないけど試そうという気も起こらない程メインの食事のレベルが低かった。残念。



トイレの壁紙。これも全体のインテリアと同様結構好き。


レーザー・タグ

男児の誕生日パーティーでレーザー・タグ(Laser tag)をするのが流行っている。
響自身の誕生日パーティーも銃での打ち合いを楽しむペイント・ボールをやったし。
ペイント・ボールは銃から実際に当たると衝撃がありペイントの付く弾が出て
レーザー・タグの方は光線銃からレーザーが出て当たるとセンサーが反応して負け。
ついこの間は学童で知り合ったGくんの11才の誕生日パーティーで
バンカー51(Bunker 51)というノース・グリニッチにあるのに行った。


今日はクラスメートのMくんとCくんの10才の誕生日パーティーで
クエーサー・エリート(Quasar Elite)というブロムリー(Bromley)にある会場を訪ねた。
シェル石油のガソリンスタンドの隣の筈だがそこには中古車ディーラーがあり
建物にはまるでもう営業していないみたいに劣化したQuasarのサインはあるものの
入り口はどこか分からずにしばらくうろうろしてしまった。入り口は奥の方だった。
11時20分に送り届けて迎えは13時45分だったので私達はブロムリーで買い物をしていた。


「僕のレーザー銃、途中からおかしくなった。」とそうだけど楽しかったよう。
お昼はマクドナルドからの出前、イギリスでは恒例のグディ・バッグを頂いて帰路に着いた。
グディ・バッグ(Goody bag)の中には駄菓子とかちょっとしたおもちゃが入っている。

「バンカー51とクエーサー・エリートのどっちが良かった?」と聞いたら答えは前者だった。
Gくんの時は会場まで行かなかったので様子は不明。
後者も私達はゲーム会場には立ち入らなかったので建物入り口と飲食エリア限定の感想だが
なんだか設備が古いしスタッフの人が仏頂面であまり良い印象はなかった。



昨日よりも更に暑い日



ロンドンでは昨日より更に暑くなり香蓮はOちゃんとまた1日中プール遊びをした。
ちゃんと風呂水ワンダーを入れておいたので2日でも水質はまずまず。
4時頃に下校してきた響も入っていて私もどうしようかなと心が動いたが止めておいた。

Oちゃんも一緒に庭のテーブルで夕ご飯を食べていたら誰かがドアをノックした。
そこに立っていたのはこの大きなスイカを抱えたOちゃんのお父さんだった。お裾分け。🎶


夏日に庭で夕ご飯



いつもの夕ご飯も庭で食べるとまるでホリデー気分でおいしい。
イギリスの夏は蚊はいないし蛾も少ない。さすがに蝿はいるけど。


ほぼ満月の月が出てソーラーパワーのフェアリーライトも灯った。

香蓮、イヤー10の終わり

香蓮の中学校は響の小学校より一足先に15日の金曜日で学期末となった。
良いタイミングでイギリスは今年初の夏らしい30度を超える天気になり
近所の1才年上の仲良しのOちゃんと一緒に家の庭にプールを出して
一日中ビキニ姿で出たり入ったりパティオで寛いだり居間でテレビを見たり。

6月に受けていた来年の義務教育終了試験の模擬試験の結果も出た。
科目は英語、数学、科学、美術、地理、歴史、ICT、音楽の8科目で
ちなみにICTはInformation Communications Technologyの略である。

科学、地理、歴史、ICTでは現時点で既に到達度目標かそれ以上を達成!
英語、数学、音楽はこのまま行けば実試験では目標のレベルに届く予想。
残る美術も目標がAの所をB+までは行けそうという事でよくやっている。
それにしても普段の数学が難しいついて行けないのグチは一体なんなのか
本当について行けなくて苦労した私からしたら理解できない。

香蓮としてははスクール・プリフェクト(School prefect)に立候補して面接を受け
90人の応募の中から選ばれた25人の中に入ったのが1番嬉しかったそう。
香蓮の学年は120人だから4分の3の生徒がやりたがったという事だ。

疑問:「名誉な事だけど面倒そうでもあるのになんで皆やりたがる?」。
答え:「履歴書(CV)」に書くと企業側からの受けが良いから。」。

香蓮は元々面倒見が良い方なので純粋に役に立ちたいという気持ちもあるが
もちろん履歴書に書けるというのも立候補の動機にある。
アーミー・カデット(Army Cadet)を続けているのも同様の理由がある。
両方とも例え始める時の動機は不純(?)でも実際に続けるには本人の努力が必要、
務め上げたら自信にもなるし企業から評価されるというのも理解できる。

スクール・プリフェクトは最終学年の生徒の中からだけ選ばれ、
役割の主な内容は以下の通りである。

1 オープン・デー等で学校見学に来る訪問者の案内。
2 学校主催のイベントの手伝い。
3 昼休み中に下の学年の生徒向けの課外活動の組織。
各プリフェクトは得意科目の大使になるそうで香蓮はICTの大使だ。
コンピューター・ルームで下の学年の生徒の勉強や宿題を見てあげるそう。

スクール・プリフェクトとは日本では何と呼ぶのか。学年委員?生徒会?
ネットで検索するとPrefetは頻繁に監督生と訳されている。

眠り猫



タマは私と透の部屋の床で寝てる。
丸にぴよっと右前足だけ出てる。



丸が開いてU字型に。


その時タマの相棒は階段の手前で寝てた。
クラシックなスフィンクス座りの寝姿より
こんな風に足を投げ出す寝姿がかわいい。

ピカデリー・サーカスからテート・モダン新館



ピカデリー・サーカス(Piccadilly Circus)からパル・マル(Pall Mall)に向かって
ユニオン・ジャックが飾られているリージェント・ストリート(Regent Street)を南下した。
この旗もEU脱退後にもし更にスコットランドが連邦脱退となったら廃止になるのかな。



トラファルガー・スクエア(Trafalgar Squre)近くの信号は青信号が普通と違っている。
いつからなのか期間限定かは不明。これは♀と♀、他には♂と♂、♀と♂とバリエーションがあった。
誰が背後にいるのか知らないけれどメッセージは性的志向の多様性尊重だろう。


通りがかったホテルかレストランの窓際のプランター。



テムズ河にかかるハンガーフォード・ブリッジ(Hungerford Bridge)を渡った。
国会議事堂の側に見える緑色の橋はウエスト・ミンスター・ブリッジ(Westminster Bridge)だ。



南岸にあるロンドン・アイ。四角いビルが殆どの街並みに円が映える。



橋のコンクリートの割れ目に溜まった僅かな土に木が生えていた。
その根性は凄いけどこれを放置しておくと橋の強度が下がってしまうのでは。



サウス・バンク(South Bank)の建物。いかにも60年代の建物ですという感じ。



テート・モダンに到着。これが最近開館したばかりの増築部分。



中はこんな打ちっ放しのコンクリート。



まずは展望台に登って東の方を見る。大きなとんがり三角形はシャード(The Shard)、
その右のコンクリートの高層ビルが香蓮の出産時にお世話になったガイズ病院(Guy's Hospital)だ。
奥の高層ビル群はカナリー・ワーフ(Canary Wharf)。



北東方向。



北。シティーの高層ビルと丸屋根のセント・ポール寺院(St Paul Cathedral)が見える。
橋はミレニウム・ブリッジ(Millennium Bridge)で歩行者専用だ。



南。左はオフィスビル、右はマンション、両方中の様子が丸見え。
オフィスはともかくマンションの方はこの展望台の真ん前という立地はきつい。
これは普通の人は住む気になれない。オフィスとして使うかホリデー短期貸し専用かな。



微妙なテクスチャーは感じられるが、パッと見あまり変わっているように見えないレンガの外壁。



でもなんと内側から見るとこんな風にスカスカと空気と光を通すようになっている。
ごく控えめな模様はこの組み方のせいで生まれていた。


70年代に旧ソ連で撮影された写真。赤がアクセントになったものが集められている。
もちろんコミュニストの象徴の色としての赤なのだろう。
それにしてもどこの国でも70年代の写真って洋服とか髪型とか見るとすぐ分かる。
写真の色合いもなんだか懐かしいような独特の雰囲気がある。
昔はお婆さんは外出する時にスカーフを被っていた。透によるとイギリスでもそうだったって。
日本はその点は違う気がする。それとも私が覚えていないだけ?

新館では現在私の大好きなジョージア・オキーフの特別展を開催中、でももうエネルギー切れ。
画集でしか見た事がないので開催中に必ず観に戻ろうと思いつつ
ミュージアム・ショップから複製画を1枚だけおみやげに買ってから家に戻った。

ホークスモア、エア・ストリート支店

結婚18周年記念のお祝いのディナーの為に夫婦2人で有給休暇を取ってデート、
ランチはホークスモア(Hawkesmoor)というステーキで有名なレストランの
ピカデリー・サーカス近くのエア・ストリート 支店に出かけた。



まずは食前カクテルで乾杯!私のはイチゴベースのカクテル。おいしかった。



透の前菜。



私の前菜はタルタルステーキ。


ステンドグラスの向こう側はリージェント・ストリートだ。


透のメインはレアのサーロイン・ステーキ400gで私のはミディアムレアのランプ・ステーキ300g。
付け合せは3種類をシェアした。あ、飲み物は一番安い赤ワインのボトルを1本。

2コースですっかりおなかが一杯になったのでデザートやコーヒーは無しで出た。
これで会計がサービス料も込みで150ポンドちょっと(約2万千円。)
どれも文句ないおいしさだったがこれまで食べた中で一番おいしいという訳ではなく。

サービスも最初に注文を聞きに来た人は新人らしくその人に先輩がアドバイスしていて
それが私たちのテーブルのすぐ側で内容が丸聴こえだった。
別に酷い言葉で叱責しているとかではないのだがどうせなら奥でやれば良いのに。


2階のレストランを出て1階に至る階段室の写真。


この1階には受付があって透が去り際にさようならと係りの人に言ったのだが無視。
ドアを開けながらだったので車の音にかき消されたのか。悪意を持って無視された感はない。
単にぼーっとしてたかコンピューターの画面に釘付けになっていたか。
それにしてその係りの人のメインの仕事は出入りする客に対する挨拶だと思うのだが。


正直絶対にまた戻ってきて他のメニューも試してみたいとまでは思わなかった。



キングス・クロスの再開発エリア散歩

キングス・クロス(King's Cross)駅とセント・パンクラス(St Pancras)駅の北の
使われなくなった貨物倉庫、運河、ガスタンクがある地域が再開発されている。
既に計画と建築が始まってから15年程は経っており大分形を成してきたと聞いていた。
前々からその様子を見に行きたいと思っていてとうとう今日それが叶った!



セント・パンクラス駅近くの建物。これは元々ある建物だろう。ちょっとヨーロッパ大陸風な感じ。


キングス・クロス駅とセント・パンクラス駅の間の道を北に向かって歩いた。
これは南を振り返って写した。時計塔はセント・パンクラス駅のもの。


新しい建物の1階には既にワイン屋やレストラン、カフェが入っていて営業していた。
ここに無料の展望台があったので登ってまた南を振り返って撮影したのがこの写真。
並んでいる車は屋台で昼の開業に向けてどこも仕込み作業中で良い匂いが漂って来た。


同じ展望台から北東を向いて撮影。


同じ展望台から北を向いて撮影。


展望台から降りて運河の橋の上から東を向いて撮影。
運河沿いの段々には人工芝が敷いてある。昼休みには屋台から買った軽食を食べる人で賑わうのだろう。


ザ・グラナリーThe Granaryという1845年竣工ルイス・キュビット(Lewis Cubitt)設計の穀物倉庫。
リンカンシャー(Lincolnshire)の小麦を貯蔵するのに使われていた。
透は2005年頃にとあるイベントで来た事がありその頃は周りは廃墟で怖い感じだったそう。
2011年からはロンドン芸術大学(University of Arts London)のセントラル・セント・マーチン・カレッジ
(Central St Martin College)が入居している。


運河沿いの人工芝の段々の近くに公衆トイレがある。偉い!珍しい!使ってないので清潔度は不明。


ガスタンクのビクトリア朝時代の装飾のある鉄製の支柱が保存されている!
アパートメントの周りにグレーにペイントされているのが見えるだろうか。
私が美術大学に通っていた頃このガスタンクの写真を撮りに来たのだが
もう20年も昔の事なので周りの様子もあまり覚えていない。
ガスタンクの支柱は白と赤のペンキで塗られていたような気がするけれど
その時撮った写真は確か白黒だったので確認もできない。


小さな博物館巡りも好きだったので近隣にある運河博物館(Canal Museum)にも行った。
調べたら今もある!また行ってみたいな。


更に北に向かうと見えてきたのがこの特徴的な赤いタイルの地下鉄の駅の建物。
廃止地下鉄駅の本に出てた旧York Road駅の建物だ!ここにあったのか〜。感激。


素敵な私立の学校のレンガの建物。


またグラナリー広場の方に戻って来た所で通りがかったギリシャ料理のレストランの店先。
業務用オリーブオイルの缶かしらね、色合いやイラスト、額の模様も良い感じ。


写真に撮らなかったけれどこの後高級スーパーマーケットのウエイト・ローズ(Waitrose)や
ハウス・オブ・イラストレーション(House of Illustration)というギャラリーもあった。



これは貨物を倉庫、列車、運河の貨物船の間で移動させる為の貨車のターンテーブルの跡だと思う。


その線路が先ほど見たザ・グラナリーの前を通っていく。
こういう過去の産業の記憶もちゃんと残してあるのが面白い。


これはたぶん電話の配線板のケース。だまし絵でブレーカーと計器が描いてある。


また運河に戻って来た。西を見て撮影。



東を見て撮影。

向こうから来るボートが右手の人工芝の段々の前を通り過ぎる時、
そこに母親といた5才と3才位の女の子が声を枯らしてボートに呼びかけ
ちぎれる程に手を振っているのにボートの操縦をする男性は全く反応しなかった。
河岸に立っている男性と会話をしていたから耳が聞こえない訳ではない。
ま、仕事中なんだね。その見事な無視っぷりは笑ってしまうほど。
袖なしの寒色系の夏のワンピースを着たかわいらしい姉妹だったんだけど。


この建物も保存転用されているのだろう。


背の高い壁全面に植物を這わせているのがあった。印象が監獄から植物園に変わる!


看板を詳しく見ると異様に営業時間の短いアンティーク屋さんに行き当たる。



ショーウィンドー。


この時間に誰が置いて行ったのか。近くにパブもないのに。
ショーウィンドーの人形が飲みたがっているみたい。



セント・パンクラス駅の西側に出た。



駅に入り2階に上がりユーロスターのプラットフォームに出る。
ウォータール駅にあった頃と違ってすぐ目の前。あまり特別感がない。
2007年からこの駅発着になってからユーロスターで旅行してない!



セント・パンクラス駅の正面に向かう。


セント・パンクラス駅の時計塔。



セント・パンクラス駅正面。


すぐ隣のキングス・クロス駅正面。
昔は駅前に切符売り場などのスペースの為にプレハブの建増しがしてあって醜かった。
それがきれいさっぱり取り払われて建物の美しさがまた味わえるようになった。


全面から取り払われたスペースは横や後ろの方に新しく建増しされて確保されている。

ナンシー

イギリスの国民投票でEU脱退が決まった後、国内政治は与党も野党も波乱続きだ。
秋までかかると思われていた保守党の首相交代も急展開で決まりキャメロン氏は去った。
その時の映像をテレビで見ていたら3人いるお子さんの名前にひっかかった。
12才のナンシー(Nancy)ちゃんだ。日本で少女漫画などで触れた最初の英語の名前。
それなのに英語圏に来てみたら実際に直接の知り合いでも街中でも有名人でも
ナンシーと呼ばれている人に行き当たった事がないので幻の名前だなと思っていた。

NancyはAnneの短縮形の名前だそう。短縮ってAnneからNancyって長くなっているけど。
戸籍上の名前はAnneだけど愛称はNancyという場合も愛称も戸籍名も同じという場合もある。
改めて調べてみるとこれはnameberryというアメリカのサイトからの情報では
1931年から1962年にかけてはナンシーはずっと上位20位に入っており、
その内の数年間は上位10位に入っていたという第二次世界大戦頃に人気の名前と判明した。

最近日本でも和風、古風な名前に人気が出ているとか。しわしわネームと呼ばれているとか。
でも懐古趣味とは言っても実際にランキングを見ると第二次世界大戦の頃の名前ではない。
それを飛び越して江戸、明治、大正風の漢字を取り入れつつも昔はなかった新しい名前だ。

イギリスでも年寄りっぽいと敬遠されていた昔風の名前がまた選ばれだしている。
芸能人とか一部の強い信条を持つ人を除いてイギリスでは日本より保守的に名付けをする。
奇抜でなくそれでも少しは個性も感じられる名前を付けたいと願っている人は多いので
時代を遡ってアンティークとは行かぬまでもビンテージな名前を選んでいるのだ。
昔からの名前でもあえて綴りだけは新しくなどという事はしない場合が殆どだ。
ステレオタイプで見てしまって悪いがやはりイギリスは古い物を尊ぶ伝統があるので
背後に伝統と歴史がある古風な名前は堂々と付けられる名前として人気なのだろう。
ところでこの話、前にもした事があるような気がする。繰り返しだったらゴメンなさい。

ナンシーは私にとっては漫画に出てきた他に思い出深いのは高校時の部活でのものだ。
バレーボール部の女子部員はお互いに英語の愛称で呼び合っておりその1人がナンシーだった。
今思えば英語討論部なら分かる気がするが運動部でなぜ愛称が英語名だったのだろう。
な〜んとなく70年代にしそうな事かなと思った。別に根拠はないのだが。
当時はもう1980年代の後半になっていたけれど部の伝統でそれを続けていた?