たまちゃん、おめでとう!
私は通勤途中によく日本のラジオのポッドキャストを聞いている。その中でもお気に入りがTBSの『たまむすび』だ。2012年の春からのパーソナリティー、赤江珠緒さんがこの3月30日に産休で番組を去った。42才での高齢出産という事で戻るかどうかは出産後になってみないと分からないそう。
確か去年の秋まで朝の情報番組の司会も務めていた。3年間も平日はほぼ毎日朝と昼の帯番組を担当なんて常人じゃできない。フルマラソンも走ったそうだし努力の人なのはもちろんだろうけど体力も備わっているのだろう。甥っ子さんや姪御さんのお話からも子ども好きなのは分かるしきっと良いお母さんになる。
親しみ易い人柄、お茶目なエピソードを毎回楽しみにしていた。ポンコツと呼ばれようと、思いやりのあるとてつもなく賢い人だというのも滲み出ていて安心して聴く事ができた。番組名はそのままで彼女の代わりは局アナのみなさんが務めているので産休感はある。産後落ち着いたら是非戻ってきて欲しいな〜。
でもこれまでで既に人の2倍は働いていらっしゃるから、もう仕事は減らしておこさんの成長を側で見守りたいとなったらもう誰も何も言えない。ファンとしてはまたたまちゃんのおしゃべりを聴きたいけれど、もう聴けなくてもどうかお子さんと旦那様と末長くお幸せにと思う。
ところで最後の1週間、たまちゃんから各曜日のパートナーにプレゼントを渡していた。木曜日の瀧さんに選んだ薄い財布、多分私が愛用しているのと同じ!女性向けの華やかな色もあったけど私はこげ茶を選んだのでひょっとしたら色も重なっているかも。瀧さんも好きだからお揃いだったら嬉しい。
ザ・プラウ(The Plough)
イギリスでは母の日だったが子ども達にはすっかり忘れ去られていた。
大きくなると学校で母の日のカードの工作とかないからがその言い訳。
でもテレビでは各種店やサービスの「母の日にどうぞ。」風宣伝はやってるけど?!
「え〜、母の日なんだし朝ごはん作って!」とせがんで作って貰ったのがホットケーキ。
人に作って貰うとおいしいな〜。牛乳が半分以上のコーヒーと一緒にね。
その後天気が良いので外出、The Ploughの庭のテーブルでお昼ごはんを食べた。
エールのグラスを通って赤っぽいオレンジの光が手に落ちる。
響はいつでもどこでもバーガーを頼む。
私のホタテとチョリソーの一皿。あまりおなかが空いていなかったので少なめが丁度良い。
透のローストディナーは凄いボリューム。だけど実際は骨も多いので思った程の量はなかった。
味見させて貰った。まあ、普通のおいしさ。
響は店内に去年まで同じ学校に通っていたお友達のKくんを見つけた。
Kくんもデザートから私達のテーブルに移動して一緒にブラウニーを食べた。
その後Kくんを預かって一緒にダリッジ・パークに移動した。
ダリッジ・パーク(Dulwich Park)
響とお友達をダリッジ・パーク(Dulwich Park)内にある児童公園に連れて行き
そこから外に出ないように言い聞かせた後私達は周りの散歩に出た。
急に曇ってきて児童公園内のベンチで座って話すのは寒すぎたからだ。
この秋からセカンダリー・スクールに行く10才だしこれ位は大丈夫なはず。
ダリッジ・パーク内には桜の木がポツンポツンとある。並木どころか固まって2本っていうのもない。
児童公園に戻って響とKくんがブランコで遊んでいるのを見つけた。
桜の木の枝にこんな飾りがあった。誰が何の為につけたかは不明。
The Seven Principles for Making Marriage Work
引き続き家の片付け祭り中で処分する本をまとめている。その中の一つがThe Seven Principles for Making Marriage Workでこれは既に日本語訳もあり『愛する二人別れる二人』という題名だ。
過去記事(注1)でも一度取り上げているけれど手放す前に一番心に残っている部分だけ書き写しておこう。英語版では「第8章、原則5、解決できる問題は解決しよう」158ページのこの部分だ。
1 Soften your startup(穏やかに話を切り出す)
2 Learn to make and receive repair attempts(仲直りの意向を受ける事を学ぶ)
3 Soothe yourself and each other(お互いを落ち着かせる)
4 Compromise(妥協する)
5 Be tolerant of each other's faults(お互いの欠点に寛容になる)
我が家で夫婦喧嘩になっても割とすぐ仲直りできるのはこの5つができているからだと思う。ひとえに透がこういう機微に通じているせい。それと私達の間に愛があるから。惚気て失礼。
愛しているのに喧嘩の多い夫婦はこの5点に気をつけたらもっと穏やかに暮らせる。元々愛がなかったらこの5点に気をつけても意味がない。それぞれ別のパートナーを探した方が良い。
これまで透が「あのお2人は・・・。」と感じたカップルやご夫婦は大抵その後別れる。的中率が高い。霊感とか超能力とかではなく単に2人のやりとりの印象から分かるらしい。
こんな事ブログで書く前にさっさと片付けを続けるべきなのだが、これがパートナーとの間の不穏な関係に悩んでいる人の目に触れて役に立ったら嬉しいなと思う。良書、お薦め。
注1: 2008年06月18日『喧嘩、口論そして仲直り』
京王自動車学校の思い出
京王線が明大前駅での駅メロに明治大学校歌を
使う事になったという新聞記事を読み、
明大前駅前の京王自動車学校を思い出した。
私が1990年前後に通って免許を取得した学校だ。
通学路線の乗り換え駅のすぐ前で通い易かったし、
路上教習では家の近所の道も走ったし丁度良かった。
今もあるのかと思って調べたらもうない!
跡地にはファミール明大前というマンションがある。
2000年3月竣工という事なので自動車教習所は
その少なくとも1、2年前には閉鎖されていたはず。
私が渡英した95年にはまだあったと思うが、
その後里帰りした98年の夏あったかは不確かだ。
インターネットに情報が少ない事からしても
きっと1990年代半ば過ぎに閉校になったのだろう。
当時は友人達も個人のEメールアドレスは持たず
漸く大学や会社でアドレスを持ち始めた位だった。
会社のホームページも今ほど整っていなかった。
ウィキペディアの京王グループのページの下の方、
廃止された主な事業欄にも全く名前が出てこない。
日本学園梅総会という明大前駅に近い学校の
同窓会のブログで以下の記事があり興味深く読んだ。
京王自動車学校は2階建てで1階で受付、車に乗り込み、
急坂を登って2階が教習コースになっていた。
あの頃はオートマチック車オンリーの免許はなく
私も一応マニュアル車で試験を通ったんだよな〜。
現在?イギリスの免許に切り替えてはあるけれど
怖くて一度も運転せずペーパードライバー歴20年以上だ。
田舎に引っ越すとか必要に迫られたらいつか復帰する・・・。
響の担任の先生と面談
学校の勉強は取り敢えずは授業については行けていても積極性のなさは相変わらず。
家で作文の宿題をやるにも1行書くのにも「できない。」とまずはソファーや床を転げ回るのに忙しい。
算数では一緒に簡単なのを解いて同レベルのを解かせようとしても自分で考えようとしない。
それでほとほと困って本人の反対を押し切ってこの面談の前にも担任の先生に相談しに行った。
その時には先生と透だけではなく響も同席してそれ以降、少〜しだけ態度は改善したよう。
先生のお話で意外だったのは、朝の読書の時間に響は本ではなくて新聞を読むというもの。
その新聞を見せて貰った。First Newsという児童生徒向けの新聞なのだそう。
そう言えば響と話していて思いがけず時事ニュースについて知っていて驚く事がある。
Youtubeでは大体ゲーム好きYoutuberのビデオやおふざけビデオを中心にみているけれど、
一般知識羅列みたいのも好きだからそのせいかと思ってたのにFirst Newsのお陰だったんだ。
『震える岩』宮部みゆき
知らない表現や単語を読み流さず辞書で引いていたら結構なリストになりまるで英語の本を読んでいる時みたい。調べている途中で面白いブログやホームページに行きついたので以下自分用の覚え書きを残しておく。
ろうそくの流れ買い
溶けたろうそくを回収して魚油や鯨油を加えて外使い用のろうそくに再生する仕事。
『灯りも「もったいない(Mottainai)」とした江戸文明』
江戸時代の灯り事情の説明が面白かった。ろうそくの他に菜種油、魚油を照明用に使っていたそう。
こちらではろうそくの流れ買い以外の江戸時代のリサイクル業の紹介がある。
差配
持ち主の代わりに,貸し家や貸し地を管理すること。また,その人。(三省堂 大辞林)
数寄屋橋門
江戸城の内曲輪13門の中の一つ。
大江戸歴史散歩を楽しむ会というブログ。昔の写真が載っている。
与力
江戸における与力は、同心とともに配属され、上官の補佐にあたった。そのなかで有名なものは町奉行配下の町方与力で、町奉行を補佐し、江戸市中の行政・司法・警察の任にあたった。南町・北町奉行所にそれぞれ25騎の与力が配置されていた。与力は馬上が許されたため馬も合わせて単位は「騎」だった。
(ウィキペディアより続きはこちら)
同心
同心(どうしん)は、江戸幕府の下級役人のひとつ。諸奉行・京都所司代・城代・大番頭・書院番頭・火付盗賊改方などの配下で、与力の下にあって庶務・見回などの警備に就いた。
(ウィキペディアより続きはこちら)
岡っ引
岡っ引(おかっぴき)は、江戸時代の町奉行所や火付盗賊改方などの警察機能の末端を担った非公認の協力者。
(ウィキペディアより続きはこちら)
たたらを踏む
勢いよく向かっていった的が外れて、から足を踏む。
(デジタル大辞泉より続きはこちら)
中橋広小路
現在の八重洲通り
(tokyoekimae.orgより続きはこちら)
たぼ
日本髪で、襟足にそって背中の方に張り出した部分。
(goo辞書より続きはこちら)
新内節(しんないぶし)
18世紀中頃に豊後節の系統から派生した浄瑠璃の一流派。
(ブリタニカ国際大百科事典より続きはこちら)
朱引
朱引(しゅびき)とは、江戸幕府が江戸の範囲を示すために使った用語であり、地図上に朱線で囲った地域として示されたことに由来する。 一般に「大江戸」として認識されているのが、この朱引の範囲であり、現在の山手線の周辺と隅田川東岸の下町地域(墨田区および江東区)を合わせた地域にほぼ一致する。「朱引」は1818年に初めて定められ、その呼称は明治時代に至るまで使われた。
(ウィキペディアより続きはこちら)
八掛見(はっけみ)
占いを職業とする人。占い師。易者。八卦置き。
(goo辞書より続きはこちら)
商家の手代(しょうかのてだい)
船場商家の役職の一。 旦那、番頭、手代、丁稚の順で位が低くなる。現代の会社組織でいうと、係長や主任に相当。丁稚が力仕事や雑用が主な業務であるのに対し、手代は接客などが主要な業務であった。つまり、直接商いに関わる仕事は手代になって初めて携われるのであった。手代になると丁稚と違い給与が支払われる場合が一般的だった。
(ウィキペディアより続きはこちら)
掛札場
行倒れや身元不明の死者の素性を知りたい奉行所が、八代将軍徳川吉宗の提案で新橋に建てた掲示板が芝口掛札場である。迷子の情報にも使う事ができた。他に無期限で掲示できる迷子専用の石標も建てられた。(これは要旨で元文通りではない。)
(『お江戸の名所の意外なウラ事情』より続きはこちら)
定斎屋(じょうさいや)
「じょさいや」ともいう。江戸時代から行われた売薬行商人の一つ。夏期に和中散など暑気払いの薬 (定斎) を天秤棒の前後の薬箱に入れてかつぎ,薬箱のたくさんの引出しの鐶を小刻みに鳴らしながら売歩いた。
(ブリタニカ国際大百科事典より続きはこちら)
猪牙舟(ちょきぶね)
猪牙舟・猪牙船(ちょきぶね)は、猪の牙のように、舳先が細長く尖った屋根なしの小さい舟。江戸市中の河川で使われたが、浅草山谷にあった吉原遊郭に通う遊客がよく使ったため山谷舟とも呼ばれた。長さが約30尺、幅4尺6寸と細長く、また船底をしぼってあるため左右に揺れやすい。そのため櫓でこぐ際の推進力が十分に発揮されて速度が速く、狭い河川でも動きやすかった。
(ウィキペディアより続きはこちら)
佳庵(けいあん)
縁談や訴訟の仲立ちをする人。また、雇い人・奉公人の斡旋 (あっせん) を職業とする人。口入れ屋。
(goo辞書より続きはこちら)
柝(つけ)
歌舞伎の演出では柝を用いる事があり、芝居の開始時の合図として打ったり幕切れで打ったりし、これらの時には2本を打ち合わせる。 また役者の足取りに合わせて打たれたる等動作や物音を強調する為にも用いられ(ツケという)、この場合には床に置いた板(ツケ板)に打ちつける。
(ウィキペディアより続きはこちら)
鎧の渡し
日本橋川に通されていた東岸の小網町と西岸の茅場町とを結ぶ舟渡し。歌川広重の『名所江戸百景』の『鎧の渡し小網町』にその様子が見られる。鎧の由来は源の頼家が悪天候時に龍神を沈める為に鎧を水に投じた事から来ている。現在は鎧橋がある。
時代小説と江戸切地図
今では電子本もあるけれども海外に住んでいるとやはり日本の本は貴重だ。
読み終わってもできることなら捨てないで次の読みたい人に貰って欲しい。
最近友人からごそっと譲って貰った小説類の中の一冊がこの『震える岩』だ。
『深川は三間町の十間長屋で死人憑きの騒ぎが起こったのは、
享和二年(一八〇二)の六月末のころのことだった。』で始まる時代小説だ。
霊感のあるお初という主人公やそれを囲む個性的な登場人物、
江戸の庶民の暮らしの描写に惹かれてぐいぐい読み進み始めた。
例えば死んで生き返ったやもめの吉さんの生業は「ろうそくの流れ買い」。
流しのギターという言葉があるし、街中の飲食店を回りろうそくを売る仕事?
でもそれなら「ろうそくの流し売り」じゃないか。流れしかも買いってなんで?
調べてみるとすぐに当時ろうそくは貴重だったのでお屋敷や店などから
溶けて流れたろうそくを買い取って再生してそれをまた売る仕事だった。
更にふと思いついて最近日本から取り寄せた『もち歩き江戸東京散歩』
を開いてみたら96ページの本所深川切り絵図に三間町が載っている!
『三間町の十間長屋は、細い路地をはさんで北森下町に面し、
背中に五間堀を背負った町屋の一角の、そのまたいちばんおくまったところにあった。』
という描写もぴったり江戸切り絵図の上で辿れてとても楽しい!
作者の宮部みゆきさんも同じ切り絵図を参照しながら書かれたのだろうか。
江戸の職業名、役職名、日用品の名前など知らないのも多いし、
これは出先でさらっと読んでしまうのではなく家で調べつつじっくり読もうと思う。
地図の細かい表記までをじっくり読み込むためにルーペまで購入した。わくわく!
2003年の発行なのに今調べたら現在在庫切れのよう。もう増版されないのだろう。
中古本でなら手に入るようだ。2015年の里帰り時に買っておいて良かった〜。
全体は倍率2倍の手持ちルーペは下の方に2.5cmの倍率3.5倍のレンズもあって便利だ。
家の居間に手持ちルーペがある光景、一気に年を取った気がするけど仕方がない。
読み終わっての感想。伏線が後から生きてちゃんと納得の行く筋書きになっている。
これまで大して興味がなかった忠臣蔵の話も新しい解釈をしていてとても面白かった。
東京の定宿の隣町、八丁堀はマルエツ・プチというスーパーマーケット位しか訪ねてないけど、
次回は中心的な脇役の吉崎右京之介の所属していた八丁堀の与力同心組屋敷跡を見たい。
そして鎧の渡しのあった場所、隅田川東岸の東京にもあったという三十三間堂の跡、
ちょっと北に向かって赤穂浪士遺跡吉良邸跡も見に行きたい。
問題はどうやってこの面白さを家族と共有するかだな〜。『震える岩』は英訳はない・・・。
地域の診療所の受付機の画面
地域の診療所では診察予約をしてある患者は到着した旨をこの機械に入力する。
聞かれるのは名前と生年月日だけだが、こんな風に複数の言語が選択可能だ。
こういうの、いつもどの国のどの言葉が選ばれてるのか気になる。
右の矢印、下向きのを押してもこれ以上の選択肢は出てこなかった。
クイズ。「9つの国名を挙げよ。」
答えは以下の通り。私はバングラディシュ以外はすらすらとわかった。
最後の一国はヒントである国旗の色を見ても分からず。
イギリスのインド亜大陸系の移民の多さを考えてインドとパキスタン
があるならきっとバングラディシュだろうと推理したら当たった!
イギリス、スペイン、フランス
アラブ首長国連邦、インド、イタリア
ポーランド、パキスタン、バングラディシュ
マナー・ハウス・ガーデンズ(Manor House Gardens)
Manor House Gardensはロンドン南東部のルイシャム区にある公営の公園だ。
ロンドン中心部チャリング・クロス駅かキャノン・ストリート駅からの路線があり
ゾーン3にある最寄り駅のHither Green駅までの所要時間は30分である。
最寄り駅からこの公園までは徒歩で数分で辿り着ける。
桜の木を見つけたらやっぱり近づいてしまう。
ミステリーサークル。子どもの遊具だったのだろうか。歯抜けのように大分欠けている。
この木にはリスが群がっていた。周りにも一杯で人が来ると餌を貰いに近寄ってくる。
池もある。噴水付きでちゃんと動いているのは珍しい気がする。
それなりのサイズの児童公園もある。
公園に行きたいとは決して言い出さない響だけど来て見れば結構たっぷり遊んでた。但し1人で。
これが元マナーハウスかな。
利用はしなかったけれど温かい食べ物や飲み物を出してくれる調理場付きのカフェがありトイレもあった。
建物の裏に回ってみたらこの日は開いていなかったけど図書館として使われているようだ。
公園の周辺の民家。これはいつくらいのかな。
これはビクトリア朝時代のテラスハウス。家のより飾りが多い。ドアもかわいらしいな〜。
見えにくいけど番地のタイルや柑橘類のアーチやドアのオリーブグリーン、青いツボ、
テラコッタのタイルなどからなんとなくスペインとか地中海の雰囲気がする玄関先。
このステンドドアの玄関扉も良い。色も落ち着いていて素敵。中からの様子が見たい!













































