スパイク・リーの後、現代的なブラック・ムービーを牽引している監督と言えばバリー・ジェンキンスとライアン・クーグラーだろう。そのライアン・クーグラー最新作。
ライアン・クーグラーの長編デビュー作が『フルートベール駅で』(2013)。2009年、地下鉄の駅でケンカをしていた丸腰の黒人青年が、地面に押さえつけられた状態で警官に撃たれ死亡した実際の事件を基にした作品。サンダンス映画祭でプレミア上映された、社会的メッセージの強いいかにもサンダンスらしい作品。そこで評価されたクーグラーの次作が『クリード チャンプを継ぐ者』 (2015)。ロッキー・シリーズのスピンオフ作品でありながら、映画史の金字塔的作品『ロッキー』に優るとも劣らない秀作。シルヴェスター・スタローンは、トム・クルーズと並んでオスカー未受賞のハリウッドAリスト俳優だが(トム・クルーズは今年11月に「名誉賞」を授与されたので、その列から抜けたのだが)、スタローンは『クリード』で助演男優賞を受賞すべきだったと思っている(受賞は、『ブリッジ・オブ・スパイ』のマーク・ライアンス)。その二作で主演を務めたのがマイケル・B・ジョーダン。そして、商業的成功としては更にレベルアップしたのがマーベル作品『ブラックパンサー』 (2018)。いかにも「アフロ・フューチャリズム」を体現したような大ヒットだったが、個人的評価は低調。「スーパーヒーローが輝くためにはヴィランが邪悪かつ強大であることが絶対条件」と考えているだけに、マイケル・B・ジョーダンがヴィランを演じている時点で、自分のスーパーヒーロー物「勝利の方程式」から外れていると予想すべきだった。
自分の中での期待値が下がっていたクーグラー監督だが、結論から言えば、本作はクーグラーの最高作であり、ヴァンパイア映画のジャンルでも秀逸な作品と言える。
主演は言うまでもなく、クーグラー組のマイケル・B・ジョーダン。その彼が双子の一人二役と言うのだから、まさにクーグラー節全開といったところだろう。
物語は、ジム・クロウ法時代の南部の黒人のドラマで始まる。シカゴでアル・カポネと働き一旗揚げて故郷のミシシッピ州に戻った双子の兄弟スモーク&スタックが、ブルース音楽と違法の酒を提供するダンスホール「ジューク・ジョイント」を開こうとするストーリー。この作品がヴァンパイア物のホラーであることは事前に知っていたが、作品中盤までは全くそうした要素がないのが特徴。
それが中盤唐突に、一人の白人の男がネイティブ・インディアンに襲われたといって、白人夫婦の家に逃げ込んでくるシーンに切り替わる。その男がヴァンパイアであり、白人夫婦はKKKの一員という伏線。彼らが「ジューク・ジョイント」を襲う後半は怒涛の展開。思い出されるのがロバート・ロドリゲス監督『フロム・ダスク・ティル・ドーン』 (1996)。タランティーノ脚本で、主演はジョージ・クルーニーとタランティーノ本人。スプラッター・ホラー&アクション物として振り切った感のあるエンターテイメント作品として秀逸だった。
この作品は一口に言えば、ジャンル映画としてのエンターテイメント性に加え、音楽映画、そして人種問題という社会的要素を盛り込んだテンコ盛りの作品であり、それぞれが高いレベルで共存しているという稀有な作品と言える。
まず音楽映画的要素。観る人によっては、この作品はヴァンパイア映画というより音楽映画として観るべきだと思うであろうほど、ブルース音楽が重要な役割を果たしている。スモーク&スタックのいとこが、ブルース・ミュージシャンのサミー。黒人労働歌をルーツにしたブルース音楽は「悪魔の音楽」とされ、この作品でも牧師であるサミーの父親はサミーにブルースを演奏することを禁じている。ロバート・ジョンソンが十字路で悪魔と契約し、魂と引き換えに超人的なギターテクニックを得たという「クロスロード伝説」はあまりに有名だろう。「ジューク・ジョイント」でのサミーの演奏が、時空を超えた魂を呼び寄せるという展開はSFチックでもあり、ヴァンパイア映画との絶妙な橋渡しだった。そしてエピローグで現代のサミーを演じているのが、伝説的ブルース・ミュージシャンのバディ・ガイ。ジェフ・ベック、エリック・クラプトン、ローリング・ストーンズといったビッグ・アーティストからリスペクトされているミュージシャンの起用は、この作品の音楽映画としての本気度を示している。
そして人種問題に関して。ヴァンパイアのレミックがアイルランド系である設定の意味は、アメリカ史に詳しくないとピンと来ないところ。アイルランド系の移民もアメリカ建国当初は差別されていたが、その後徐々にメインストリームに合流し、ジョン・F・ケネディの誕生(彼はアイルランドからの移民4世)で完全にマジョリティとなったという歴史が思い出される。アメリカ史の限定的な知識で想像するに、かつてはマイノリティの立場でありながら黒人を迫害するという事象をヴァンパイアという形で比喩したのではないだろうか。そのレミックを追っていたのが、ネイティブ・インディアンのチョクトー族。建国以前のアメリカの姿を投影したかったのかもしれない。そして強烈なのが、KKKに対する復讐。スモーク&スタックが「ジューク・ジョイント」を開くために買った製材所は、KKKが黒人を殺害する処刑場だったというのは強烈な設定(「床を洗ったのか?」という伏線あり)。黒人がヴァンパイアに襲われその後KKKに襲われるという展開は、黒人が繰り返し迫害にあうという苛酷な歴史を表象しているのだろう。
単なるジャンル映画のような印象を与える予告編は残念。全米で熱狂的に受け入れられている作品。アメリカ史に勘所があれば味わい深さも異なるだろうし、何よりブルースが好きであれば更に興味は増すだろう。そのいずれでもない自分でも存分に楽しめた、今年観た映画の中でも上位に位置する作品。観逃すべからず。
★★★★★★★ (7/10)
