『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』(2023) ジェームズ・ホーズ監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

ユダヤ人をホロコーストから救った人物としてはオスカー・シンドラーがあまりにも有名。それはスティーヴン・スピルバーグ監督作品『シンドラーのリスト』(1993)によるところが大きいことは言うまでもない。『シンドラーのリスト』はスピルバーグ作品で(意外かもしれないが)唯一のアカデミー作品賞受賞作であり、彼の最高傑作という評価もあるだろう。個人的にはスピルバーグ作品はエンターテイメント系の方が好きであり、『シンドラーのリスト』は好きな作品とは言い難い。

 

オスカー・シンドラーが救ったユダヤ人の数は1100人とも1200人とも言われるが、「東洋のシンドラー」リトアニア大使杉原千畝がユダヤ人に発行した「命のビザ」は約1500枚。ビザは1家族に1枚でよかったため、彼が救ったユダヤ人の数は6000人に上ると言われている。杉原は、「世界を変える」という大志を抱いて満州に移り、ロシア人の妻をめとった快男児であり、戦争を有利に展開するには情報戦が必要と考えていた策士でもあった。しかし彼を描いた『杉原千畝 スギハラチウネ』(2015)は、そうした実務家、戦略家という側面よりも、人道家として「難民にビザを発行した人」と矮小化している印象だった(それが遺族の意向だったとも聞く)。

 

この作品でアンソニー・ホプキンスが演じる「イギリスのシンドラー」(という呼称も鼻白まないでもないが)ニコラス・ウィントンは、第二次大戦勃発前夜、ナチスから逃れてプラハに避難するユダヤ人家族が悲惨な状況下で生活しているのを知り、子供たちだけでもと救おうと同志と共に活動して、669人の子供をプラハからイギリスに避難させた人物。株式ブローカーだった彼は、クリスマス休暇にスイスにスキーに行くつもりだったが、イギリスのチェコ難民委員会の女性から、ドイツのチェコ進攻の予想とそれに対する難民の救出活動で人手が足らないという連絡を受け、プラハに行ってその惨状を目の当たりにしてから活動にのめりこむようになった。

 

『シンドラーのリスト』も『杉原千畝 スギハラチウネ』も自分にとっては感動的ではなかったが、この作品にはやられてしまった。その理由を鑑賞後考えると、両作品と比べて本作の方が感動を呼ぶ映画としてよく出来ていたからと言わざるを得ない。時代はナチスのポーランド侵攻直前であり、ひたひたと迫りくるナチスの脅威は空気感としてあるものの、直接的な戦争やナチスの蛮行といった描写は作品の中には皆無。そして、アンソニー・ホプキンスは年老いた現代のニコラス・ウィントンを演じており、その現代パートが半分近くを占めていた。つまり、戦争のヒリヒリした感じは『シンドラーのリスト』と比較すると随分と大人しく、観る人によってはそれが不満にもなるだろう。

 

しかし、アンソニー・ホプキンス演じるニコラスが、戦後から現代に至るまで「救えたはずの命を救えなかった」悔恨の中に生きる人物として描かれ、自分を全く英雄視していないところに大きく共感した。また彼の動機は「子供だけでも救いたい」というシンプルなものだったが、その子供たちと彼の距離感が実に心温まる描かれ方だった。そうした人物像が、自分にとってはオスカー・シンドラーや杉原千畝よりも感動を呼んだということ。

 

邦題の「6000」という数字は、ニコラスが助けたかった子供の総数であると共に、救った669人の子供たちがそれぞれ子供や孫を生んで多くの新しい命につながっているという意味だろうが、オスカー・シンドラーや杉原千畝と数でも張り合おうとした少々浅はかな印象。原題は『ONE LIFE』であり、「一人の命を救うことは世界を救うこと」という小さな一歩でも大きな価値があるという作品の精神を軽んじるものだろう。センスがない邦題は少なくないが、この邦題もその一つ。

 

そしてこの作品を素晴らしい出来にしているのは、サー・アンソニー・ホプキンスの演技であることは強調してもし過ぎることはない。彼の演技では『日の名残り』 (1993)と双璧をなすものだろう。彼の演技だけでも観る価値は大きい。

 

★★★★★★ (6/10) 

 

『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』予告編