『ザ・ホエール』 (2022) ダーレン・アロノフスキー監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

ダーレン・アロノフスキー監督最新作。日本で公開が予定されていた前作『マザー!』(2017)が公開中止になったため(宗教的コノテーションが非常に多く、そうした「補助線」を持たない日本人には到底理解されないであろうと配給元=パラマウント映画が判断したためと思われる)、日本で劇場公開されるのは『ノア 約束の舟』(2014)以来の作品となる。

 

アロノフスキーは、『レスラー』(2008)と『ブラック・スワン』(2010)を姉妹編と呼んでいるが、この作品はもう一つの姉妹編と言ってもいい作品であり、その2作を越える秀作。但し、感動作と言っても、そこはアロノフスキー。露悪的であったり宗教を揶揄するかのような描写もあり、観る人を選ぶだろう。少なくとも「美しいものを見たい、きれいなものが好き」という人には不向きだろう。しかし、これほど人間の内面の美しさを謳った作品はないように感じた。


教え子の男性と恋愛に落ちたことで家族を捨てた男チャーリーが、疎遠になっていた娘エリーと絆を取り戻そうとする死ぬ直前の5日間を描いた作品。作家サミュエル・D・ハンターが発表した同名舞台劇を映画化したもので、脚本はハンター自身が書いている。舞台劇がオリジナルらしく、シーンは全てチャーリーの家の中(その9割がリビングルーム)。彼が動けないほど体重が増えたのは、恋人を失った喪失感から過食症になったためであり、死ぬまで病院に行くことを拒むのは、体をいたわることを諦めていることと医療に掛かるであろうお金を全て娘に残すため。

 

ハッピーエンドとは到底言いにくいものだが、娘を慈しむことがチャーリーがしてきたことでただ一つだけいいことだと信じたいという強い親の愛情には心を打たれた。死を覚悟して初めて再会することになるまで彼がどれほど会いたかったかの辛さや、娘を全肯定する優しさには感じ入るものがあった。16歳のエリ―は難しい年頃であり、一緒に住む母親には邪悪(「evil」)とすら感じさせる存在だったが、その母親に「決して諦めるな」という後を託すしかない者の強いメッセージには、子育ての難しさに対する監督の考えが反映されているようにも感じた。

 

主役のチャーリーを演じたブレンダン・フレイザーの素晴らしい演技は、彼の現実の辛い経験に裏打ちされていることは明らか(結婚生活の破綻やハリウッド外国人映画記者協会元会長によるセクハラから鬱状態になりしばらくスクリーンを離れていた)。それはアカデミー主演男優賞で報いられた。受賞も納得の演技。

 

今年のアカデミー賞は、各部門で『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が過大評価された年だったように感じるが、この作品が、作品賞にノミネートすらされなかったというのは納得いかない。そしてチャーリーの恋人の妹でありチャーリーを看護する友人リズを演じたホン・チャウは助演女優賞受賞に値する素晴らしい演技だった(ノミネートのみ)。

 

ダーレン・アロノフスキー監督作品の中では『レクイエム・フォー・ドリーム』(2000)に次ぐ優れた作品であり、A24配給リストにまた一つ秀作が加わった。誰もが感動する作品ではないかもしれないが、誰もが感動する作品とは所詮浅い作品に過ぎないだろうと思わせる作品だった。

 

★★★★★★★ (7/10)

 

『ザ・ホエール』予告編