7年前、アルツハイマーを患う高齢者の政府高官が、車のブレーキとアクセルを踏み間違えて交通事故を起こした。その事故で夫を亡くした田中良子は、以来女手一つで息子の純平を育てている。賠償金を拒んだ彼女は、コロナ禍の中で経営していたカフェを閉めざるを得ず、昼はホームセンター、夜はファッションヘルスで風俗嬢として働いて生計を立てている。その日その日を懸命に生きる母と子だったが、世間は冷たい。純平は学校でいじめにあい、良子は理不尽な解雇にあう。「なんのために生きているのか」と問われても答えは見つからないが、それでも「頑張りましょ」と健気に生きる良子だった。
石井裕也監督最新作。7月には『アジアの天使』の公開が控えているが、コロナ禍の影響で公開が前後し、撮影はこの作品が後であり、文字通り現時点最新作。
『ハラがコレなんで』 (2011年)、『舟を編む』 (2013年)、『ぼくたちの家族』 (2014年)と優れた作品を作った後、石井裕也監督は新しい境地にチャレンジしてきた。ただ、『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』 (2017年)にしても『町田くんの世界』 (2019年)にしても、石井作品としての目新しさは認めても、「これが石井監督の作りたいもの」だと思わせる説得力には欠けていたように思う。それに対して、この作品はまさに「今これが作りたい、作らなければならない」という石井監督の心の叫びが聞こえるような作品。
東池袋自動車暴走死傷事故をモチーフにした冒頭は少々心がざわついた。誰もが知る実際の事件に近い設定を盛り込み、「上級国民」に代表される、この世の理不尽に対する一般人の怒りを煽るような描き方は、それが狙いだとしてもあまり品がよくないと感じた。東池袋自動車暴走死傷事故の遺族がどうであったかは知らないが、賠償金を「汚れた金」だとして受け取らない主人公の考え方や、新興宗教でも信じているかのような世間からずれたキャラクターは、設定が実際の事件に近いだけに配慮に欠けているのではないかと見ていた。
しかし、物語が展開していくにつれ、田中良子の生きづらいこの世の中をそれでも一生懸命生きていく強さに引き込まれていった。彼女の「ま、頑張りましょ」という言葉は、他人への励ましでもあるとともに、自分を鼓舞する言葉でもあり、そのほんわかとした響きとは裏腹に、それこそ傷つき血を流す心の叫びなのではないだろうか。
良子や同僚の風俗嬢のケイといった女性に対する冷酷かつ理不尽な仕打ちは陰鬱であるが、それが現実の一面であり、そうしたクソな社会の中でも健気に生きようとする彼女たちの姿は神々しいとさえ思えた。演じた尾野真千子と片山友希の真剣な演技は賞賛に値する。
これまでの石井作品に比べると荒っぽさが目立つが、それも全く気にならないほどの勢いを感じた。コロナ禍で鬱屈した閉塞感に囚われがちな今でこそ観るべき作品。是非。
★★★★★★★ (7/10)
